4-4 歴史は繰り返す|アイシャ
―――父上に呼ばれたから来たようなものなのだが?
へえ、そういうこと。レーヴェ様に言われたから渋々ここにいるというわけ……へえ、そういうこと。
「そんなわけないだろう」
いえ、あなたはそう言ったわ。
「気にしないで。仕方がないわよね、考えてもいなかったんでしょ?」
やればできるんだけどね。学院の保健の授業で何を聞いていたのかしらね。
「まあ、複雑かな」
「お互い様よ」
家族が増えるのは嬉しいけれど、父親が元夫なんて自分でもどうかなって思う。
「どう接していいか悩む」
接してって、ちょっと他人行儀過ぎない? 一応は元妻なんですけれど。そもそもあなた、そんなに私に気を使ったこと無いでしょう?
「突然、ほら、妊婦だから。変に驚かせたら何が起きるか」
「何も起こらないわよ」
臨月じゃあるまいし。いつ抱いたかも忘れたわけ?
「そうかな」
「当然でしょ」
妊婦はそんなに繊細じゃないんだけど……あ、もしかして前回流産しかけたことを気にしているのかな。それならこの気遣いを感謝すべきなのに。気まずさから喧嘩腰になって、悪いことしたな。
「あの、ごめん……悩んだっておかしくないよね」
「気遣ってくれてありがとう」
北部と南部は凍土と砂漠で人の暮らしづらい環境。必然的に人口が少なく、妊婦と接する機会なんてないだろう。砦に妊婦なんていないし。妊娠しているのに砦にいる私のほうがおかしい。
そうか、レーヴェ様に妊婦との接し方を教えてほしかったのね。エレーナかレーヴェ様から前回の妊娠のときにレーヴェ様が傍にいてくれたことを聞いていたのかもしれない。
「部下と飲んで、色々アドバイスは受けたんだけど」
南の砦は砂漠なので、店にいけないから砦内で部下と飲むことが多いと聞いたことがある。公爵と平民という身分差は王都ではありえないけれど、砦では同じ意識を持っているから仲良く飲めるって。でも妊娠とかの話は平民と一緒にはしにくいよね。ヒョードルと話せば……いや、私も今さら感があって相談するのに抵抗あるわ。
「ごめんな。そう言えばどこか行くところだったんじゃないか?」
レオがくると聞いていたのに? 玄関ホールにいるから勘違いされたのかな。
「いいえ、あなたを迎えにきただけよ」
「俺を?」
「ええ、こっちの棟に来るのは初めてでしょう? 案内しないと、間違えてエレーナの部屋に入ったら嫌われるわよ」
先を歩いて案内しようとしたら何故かレオは二の足を踏んでいる。
「いや、俺はここで父上を待たせてもらえば……」
そうか、二人きりで聞きたいのね。
「それじゃあ私は……」
「母様? いつまでホールにいるの?」
「エレーナ、直ぐに行くわ」
「急がなくていいから。もう、そんな冷えそうな格好で、妊婦の自覚がないんじゃない?」
「妊婦?」
レオが固い声を出す。どうしたのかしら?
「小父様、こんにちは。母様、このショールを使って」
エレーナが巻いていたストールを私にかけてくれた。エレーナもこの子みたいにお腹の中にいたのに、大きくなったな。
「何で……そんな……」
「何を驚いているの? 妊婦が体を冷やしちゃいけないのは割と一般的よ?」
南は暑いからそんなことないのかしら。ところかわれば妊婦事情も変わるのね。
「妊娠って、お前が妊娠したのか!?」
「は?」
……何を言っているの、この男は。
「あなた、誰が妊娠したと思ったわけ?」
私以外に誰かと、子どもができるようなことをしたってわけ? いつ? いつって、私が古竜と氷に閉じ込められているときしかないわよね。へえ……。
「どこのどなたかしら?」
「近くの村の誰かだと……そんな、まさか……」
まさか、ですか。そうですか。
「すみませんねえ、妊娠したのが私で。驚かれるとは思っていたけれど、まさかそんな反応をするとは」
そんな青い顔で、絶望までするほど?
「君は俺の元妻なんだぞ?」
「分かっていますけれど、それが何か? 元でしょ、元。倫理的にも法律的にも一切問題ないわ」
なによ、他の女性の子ならいいわけ?
「あなた、喜んでくれないの?」
「喜ぶわけないだろう!」
反射的に平手で大きく振りかぶって、ちょっと待てと止まる。平手打ちじゃ、甘いわ。平手を拳に変えて、大きく一歩踏み込む。
「ぐえっ」
腹のみぞおちに一発……硬っ! 鉄板でも入っているの? 拳が割れるように痛いけれど、やった甲斐があった。いつも高い位置にあるレオの顔が丁度いい位置まで下りてきた。
「子どもがいらないなら去勢しろっ!」
逆の手で思いきり頬を殴り飛ばした。
「だったら拒否しなさいよ!」
「は?」
涙がにじむのは拳が痛いからだ。
「たった一回でもやることやればできるのよ! 避妊もせずに抱いておいて、その言い草はなによ!」
「俺が、抱いた? え、俺が父親!?」
ああ、またこれか。
「なんでこう同じことを繰り返すのかしら?」
私は前世でそんな悪いことをしたの?
「もういいわ、もう帰って。責任とってもらうつもりで呼んだんじゃないし、あなたにも知る権利があるから呼んだだけだし」
もう顔も見たくない。
「ちょっと待て!」
取られた手を取り戻そうと大きくぶんぶんと振るのに離れない。なんなの!?
「離してよ!」
「ごめん、父上に子どもができたと思っていたんだ!」
……は?
「なにそれ?」
「だから、父上が砦にきて、子どもができたから喜べって」
うん?
「だからてっきり異母弟妹ができたんだと思って」
……そういうこと。
「早とちり……」
「ごめん……本当にごめん」
早とちりしたのは、私もだ。
「ごめん、自分で言いにいけば……手紙ででも知らせればよかった」
「うん……そっちのがよかった」
照れ臭かった。違う、どんな反応をするのか怖くて逃げたの。
「子ども……俺の、子ども……想像してもいなかった」
ハッとしてレオが両手をあげる。
「分かってる! やればできる可能性があるくらい、分かっているから拳を下ろせ」
「……それならいいわ」
「アイシャに子ができたとは思わなかった。想像もしていなかった、そんな……」
レオの顔を見れば答えは分かっているけれど、言葉で聞かせて。
「嬉しいと思ってくれる?」
「もちろんだ」
安堵で足の力が抜ける。しゃがみ込みそうになったところをレオの手が支えてくれた。頬が赤い。あとで黒くなるレベルの赤さ。
「ごめん」
「謝るな、俺が悪い」
「ごめん。他の女性を妊娠させるようなクソ野郎って思ったし、好き勝手に散々人を抱いておきながらって恨んだ」
おお、とレオが怯む。
「前半は事実無根だから構わないが後半は訂正しろ。好き勝手したのはお互い様だ」
……淑女ナノデ黙秘シマス。
「酔っていて覚えてないわ」
「おまっ! 本当にそういうところ、卑怯だぞ!」
「しーりーまーせーん。しつこいレオが悪いんです」
「何度も可愛く強請るからだろうが!」
「強請らない! やだって言ってる!」
「へえ」
「何をしている?」
「レーヴェ様」
「父上」
レーヴェ様は呆れた顔をしている。
「エレーナに喧嘩しているから止めてと言われてきてみれば、続きはそこらの空き部屋でしろ。邪魔しないから」
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