4-2 腐れ縁も縁のうち|マクシミリアン・アイシャ
「俺はいま猛烈に後悔している」
「そうでしょうね」
ベッドに入ったまま項垂れるアイシャの横、ベッドサイドに立ったまま俺は目元を片手で覆って天を仰ぐ。
「お前は自己責任じゃん」
「マックスだってお相手がこうなったこと10回や20回あるでしょ」
「何回かあるけど全部嘘だったよ!」
「あるはあるんじゃない!」
30歳もとうに過ぎ、女性とそれなりの関係を持てば「子どもができた」と言われる経験くらいある……でもどうしてアイシャの懐胎宣告を俺が聞かなきゃならんのだ。
「俺は今日どうして城なんかに来てしまったんだ」
「そうよ、どうして城にいたのよ」
「転移ゲートができたと聞いたからこっちで温泉を堪能しようかと思って」
「それじゃあ遅かれ早かれ聞くことにはなったじゃない」
「一番手で立ち会うのと、二番手以降で伝え聞くとでは天地の差があるから」
怖い……怒れるアイグナルドが頭に浮かぶ。
「まあ来てしまったものは仕方がないわ。部屋はそのままだから好きに使って」
「お、サンキュー」
「帰るときにシーツの交換と掃除をよろしく。ついでに魔導灯の調子が悪いから直していってくれると嬉しいわ。部屋の中と廊下数か所、あと露天風呂の脱衣所ね」
「こことばかりにこき使うな」
立っている者は何でも使う主義のアイシャらしい。そして頼られたと思えば嬉しい気もする。
「まあ、仲がよろしいですこと」
ふわわわんとした声がしてすっかり忘れていた存在を思い出した。部屋の端でお茶を飲みながらニコニコと笑っている、明らかに善人の雰囲気をした老婆はアイシャの緊急事態にヴィクトルが許可を出して城から来た者の1人だ。
承認者が飛ぶとき一緒に来れば飛べるということで、都合よく城にいた俺が運んできたのだが……城の医療部ってこんな高齢まで働かせていたっけ?
「あんなに医者がぞろぞろこっちに来ちゃって大丈夫なの?」
「大丈夫だろ」
「いま彼らは何をしているの?」
「命の洗濯だと言って温泉を堪能している」
命の洗濯、医者が言うとなんとなく笑ってはいけない気がする。
「先生は温泉に行かなくてよろしいのですか?」
「まあまあ、先生だなんて。医者は私の孫で、私自身は産婆ですよ。孫の忘れ物を届けいったところで、こちらのマリナの将軍様に呼ばれて一緒にこちらに来ました」
将軍お二人が並び立つのを見られるなんて長生きするものだと老婆は感激しているが、産婆が城に勤務していることはないし王族でいま懐妊している方はいない。
「まさかの一般人」
「まずくない?」
城勤めの者ならば医師の守秘義務もあるからゲートのことやアイシャの妊娠の秘密は守れる。でもこの老婆はただ巻き込まれただけの一般人。
「く、口止め! 口止めってどうやるの? 口封じなら分かるんだけど!」
「怖えよ、お前!」
「ちょっとちょっと、俺の婆ちゃんに何を物騒なことを言っているのさ」
「「ヴィクトル!?」」
割り込んできた声に戸口を見ればヴィクトルが苦笑している。あ、いや、ヴィクトルじゃない。
「「陛下!?」」
わざわざ呼び直す俺たちって律儀。
「どうしてここに?」
「喉の調子が悪くて診てもらおう医療部にいったら小児科医しかいなくてさ」
医者を呼べよ、王様なんだから。
「30年前は5歳だったからと言って彼に診てもらったんだけど、よく考えたら彼があそこにいたのは変なんだよね。医療部所属の10人全員に北部にいけと言って、マックス合わせて11人飛んだ記録があるのに1人残っている」
その1人が彼女か、と俺は再び項垂れたい気持ちに陥る。
「状況は分かりました。マックス、1人だけ忘れてくるなんて酷いじゃない。ちゃんと全員連れてこないと」
「そういう問題じゃねえだろ!」
「孤独を知らない坊ちゃんは一人だけハブにされる者の気持ちなんてわからないのよ。あら、陛下が婆ちゃんって呼んだってことは先々代の王妃様⁉ あんた、なんて人を連れてきたのよ!」
診察させちゃったじゃないとアイシャが怒る。
「し、知らなかったんだよ! 先々代王妃陛下は早くに亡くなって肖像画しか……いや、亡くなってるんだからこの婆ちゃんは違うじゃん!」
「ははは、面白いなあ」
「仲のいいご夫婦ですねえ」
のほほんとした老婆の声にヴィクトルの顔が青くなる。恐らく俺の顔も青いだろう。
「婆ちゃん、それは東部が火の海になるなら二度と言わないでね」
◇ アイシャ ◇
ヴィクトルの説明によるとこの老婆は信頼できる人物らしい。彼女は平民だが陛下を3週間も保護していたというのだ……どういうこと?
「母上が王都探検に幼い俺を連れていったんだけど、あの人って目先のことに気が移ろいやすいタイプだったから俺を忘れて城に帰っちゃってね。帰り路も分からなくて途方にくれていたところで助けてくれたのがこの婆ちゃんというわけ」
前国王は目立った問題があったが、前王妃様も中々な御人だ。前国王とは違う離宮にいらっしゃる前王妃様はふわふわっとした雰囲気で常にニコニコしている女性。好き嫌いで言えば嫌いじゃないだけど、ちょっと苦手な人だった。
「俺の母って愚痴も言わずこちらが愚痴っても嫌な顔せず聞き役に徹してくれる人なんだよ。そんな女は男からしてみれば居心地がいいし、悪意がないから悪気にも気づかなくて女たちは毒気を抜かれる」
言葉にすると常にガチンコ勝負をしちゃう私とは真逆な方だな。悪気にも気づかないという高い防御力は流石王妃様と感心させられるが、苦手な理由も察した。
「住んでいるところが違う感じね、先代国王陛下とはまた違った形で」
「そんな両親から生まれた俺が真面に育ったのはこの婆ちゃんのおかげ。保護した僕を他の子どもと同じように扱ってくれてさ、迎えにきた近衛騎士が俺に王子はどこだと聞くくらいやんちゃ坊主になっていたよ」
近衛騎士団にとっては迷惑な王族だ。
「俺、父上と兄上たちに孝行することにする」
「そうしてさしあげて。北部に連れてきてあげなよ、完全なる自給自足だけど」
「原則城勤務で実家通いの近衛騎士の生活力のなさを舐めるなよ。父上たちにこき使われる俺が容易に想像できる……って、俺の父親の話じゃなくて赤ん坊の父親の話だよ」
チッ、覚えていたか。
「アイツでいいんだよな?」
「当り前でしょう。マックスと違ってところ構わず誰とでも寝るわけないでしょ」
「人聞きが悪いこというな。今では場所も相手もきちんと選んでる」
また話を逸らされたとマックスが溜息を吐く。
「言うんだよな?」
「言うわよ。永遠に隠しておけることではないし、聞く義務も話す義務もある状況だったから」
同意して夜を共にした。互いに避妊を忘れていた責任もある。
「だから二人のどっちかがレオに言っておいてよ」
「「嫌だよ」」
「いいじゃない。お礼に夕食をご馳走するし」
「お前の料理なんて罰ゲームだろ」
「安心して、今日はレーヴェ様が来るから彼が作ってくださるわ」
「レーヴェ様が来るならレーヴェ様からレオに言ってもらえよ」
「ああ、それもそうね」
「「は?」」
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