1-5 本気で可愛いと思った|レオネル
あのとき、なんでアイシャを追いかけたのか。
多分あのままアイシャが姿を消してしまうと思ったんだ。
アイシャは本当に優しい。
あのときのことがあっても、15年前のことがあっても、結局はこの国に残り、なりたくないといった将軍となり、この国を守り続けている。
◇
演舞場から出て、城を探し回り、諦めて学院の戻った俺は訓練場でアイシャを見つけた。その日はみんな城に行っていたから、無人の演習場でアイシャは笑い声をあげていた。
アイシャは楽しそうにスフィンランたちと戯れていて、その姿は軽やかで舞いを踊っているようだった。飾り気のないシンプルな生成りのワンピースの姿のアイシャの周りを白い光がいくつも舞っていて、宝石一つ身につけていないのに、俺の目にはアイシャがキラキラして見えた。
彼女の笑顔を、俺はこのとき初めて見た。
「冷たっ!」
頬に冷たいものが突然当たって思わず声を上げた。そちらを見れば数匹のスフィンランが怒った顔をしていて ――。
「ウィンスロープ公子?」
そっちを見れば、先ほどまで楽し気な笑顔が嘘のようにアイシャは嫌そうな顔をしていた。
「何の御用ですか?」
軽やかだった笑い声も硬質なものに変わっていた。
「愛想がないな」
「公子様も人のこと言えませんわ」
顎を上げてアイシャはツンッとそっぽを向いた。
「性格、変わり過ぎじゃないか?」
「馬鹿の振りと愛想笑いに疲れました」
何か文句があるのかと問うアイシャの態度は毛を逆立てた猫のようで、思わず笑いそうになったが探した理由を思い出して頭を下げた。
「すまなかった」
顔をあげると、アイシャはとても驚いていた。
「おい?」
「……公子様って、謝ることができる人だったんですね」
「お前、俺を何だと思っているんだ?」
「謝ったことが一度もない高慢ちきなお坊ちゃま」
遠慮のない言葉だったが表現は的確で、俺が何も言えないでいるとアイシャが声をあげて笑った。
「先に不敬を誤っておきますね」
「今さらだろ、陛下に対してだってああだったんだから」
アイシャがまた笑った。
「謝罪は受け入れます」
「ありがとう」
「でも今後の交流は最低限にしましょう」
「は?」
「公子様は私のことが嫌いじゃないですか」
「いや、そんなことは……」
「気にしないでください、私も公子様のことは嫌いなのでお互い様です」
面と向かって嫌いと言われたことは初めてだった。アイシャな言葉は俺の虚を衝き、新鮮な感動を味わった。
「何を笑っているのです?」
「いや、可笑しくて……嫌いと言われることが今までなかったから」
「幸せな人生ですね」
「幸せ、かな。いつも俺の周りの人間はニコニコ笑っている。何を言っても、何をしても、いつもニコニコ。かなり気持ち悪いぞ」
想像したのか、アイシャがぶるっと震えた。
「ちょっと気の毒」
「だからなのか、いま楽しい」
「変わっていますね」
「そうかもな。ついでだから訂正しておくが、俺は君のことが嫌いではない」
アイシャが驚いた顔をした。
「そうなんですか?」
「可愛い顔に似合わず努力家だし、喧嘩っ早いところも意外性があって可愛いと思う」
アイシャの顔が理解できないというようにキョトンとしたものになって、次に真っ赤になった……ハハッ。うん、あれには俺も驚いた。
「か、可愛いって……」
何か問題か分からなかった。
それまで『可愛い』という言葉は社交の場で慣用句のように使っていた。気にせず使っていたし、可愛いと言われるほうも『当然』という風に受け止めていた。だから――。
「そんなこと初めて言われたから。普通に……その、恥ずかしいから……やめて」
そっぽ向くのはアイシャの照れ隠し。あれが、可愛くて俺は好きだった。いまだって、忘れられないほどに。
でもそれに気づくのは先。このときは分からなかった。だから――。
「ひああああああっ!」
「え? は、な、何を!」
アイグナルドたちがアイシャに飛び掛かった理由が分からず、ただ俺は慌てた。
慌ててアイグナルドを数匹掴んで「やめろ」と言ったのだが、アイグナルドたちは言うことをきかずアイシャに群がり、それに対してスフィンランたちが怒りはじめた。その様相は精霊大戦争。まあ、正確には怒っていたのはスフィンランだけで、アイグナルドたちはそんなこと一切気にせずただ楽しそうにアイシャにひっつこうとしていた。
「公子様!」
「ぶっ」
アイグナルドが俺の顔に投げつけられた。
あり得ないだろう、精霊を投げるなんて。
「ボーッとしていないでこの子たちをどうにか……って、きゃああああっ!! どこを触ってんの!?」
……どこと言われて反射的にそこを見た俺は悪くない。柔らかそうな乳白色の谷間だと思ったのも悪くない。そこにむにゅんと埋まったアイグナルドの姿に――。
「意外と、ある?」
「意外は余計です!」
俺としては男だから仕方ないと言いたい。しかしアイシャからすれば仕方ないですませられなかったのだろう。
「このっ、スケベ公子!!」
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