4-1 プロローグ|エレーナ・イヴァン
「エレーナ、試験勉強のほうはどう?」
「分からないところは特にないよ」
少し前、母様に王都の学校に行きたいと私は言った。私の自主性を大事にしてくれる人だから反対されることはないと思ったけれど、快く賛成してもらえてホッとした。
―― 意地を張るのはもうおしまい。
古竜との戦いに勝った祝いの宴の次の日、そう言って笑う母様の顔はサッパリしていた。それとは対照的にレオネル小父様は何か言いたげで、それでも何も言わずに小父様はみんなと一緒に北部を去って自分が守る南部に戻っていった。
お爺様は「男のほうが恋を引きずるんだ」と言って苦笑していた。
男性の恋の終わらせ方は階段を一段一段踏みしめながら降りていく感じなのに対して、女性の恋の終わらせ方は窓から一気に飛び降りるような感じらしい。母様は今回のことでようやく窓から飛び降りたんだと思う。
それは良かったと思うんだけど……その後の行動力が我が母ながらすごい。
私の進学希望を聞いた母様はお爺様と私に留守を頼んで竜に乗って王都に向かった。
4日後の夕食前、ミシェルの樹のショートケーキの入った箱と王都と砦を繋ぐ転移ゲートの計画書を持って帰ってきた。ゲートが完成したらぐちゃぐちゃのケーキとはおさらば、いい思い出だったと笑いながら。
転移ゲートの創作は国の叡智を終結させた国立魔法研究所の悲願、だったらしい。それを知ったのは最近。だって今まで普通に使っていた。転移ゲートを母様はとうの昔に完成させていて、何年も前から北部のあちこちに設置して魔物討伐に使っていたし、私も買い物にいくのによく使っていた。
今回のことでゲートは国の管理下に入り北部内のゲートは全て閉鎖されることになった。この権利を母様が王の小父様にそれはもう天文学的な価格で売ったからだ。せっかくの発明なのにいいのかと聞けば、他にも稼ぐネタはあるらしい。
ちなみに王都側のゲートの出口は作ってからの帰宅。転移ゲートの計画書は『こんな感じ』と見せるためだったらしくプロジェクトはすでに発足し、「あとはこっちから延ばすだけ」と母様は帰宅翌日に砦にあるゲートから転移の道みたいのを伸ばして王都と繋いでしまった。プロジェクト終わり、あっけない。
いま砦の玄関ホールにあるゲートは城に急遽作った城の最奥「転移の間」にあるゲートと繋がっている。ゲートに繋ぐのには膨大な魔力が大量にいるけれど、ゲートそのものは魔導具なので魔石があれば誰でも使える。
転移の間の位置には王の小父様と揉めに揉めたらしい。母様の主張は「城のそんなところに作ったらミシュアの樹の店員がうちに配達できないではないか」。王の小父様には「城から自分の足で買いにいけ」と言われてしまったらしい。流石にそれは当然だと思う。
「きりのいいところで休憩しましょう。ミシュアの樹のショートケーキを買ってきたし」
ブツブツ言いつつも家からの距離が小一時間の場所に変わったミシュアの樹。母様は昔通り常連となり、ほぼ連日ケーキを買いに行っている。私の進学が口実で、ゲート製作の本当の目的はミシュアの樹だったのではと疑っている。ケーキが美味しいから、どっちでもいいけれどね。
「住まいだけど、寮に入るの?」
「そのつもり。帰ってくるたびに入城許可をとるのは面倒だから」
「王都に家を買おうか? それともホテルの部屋を借り上げる?」
お金持ちのそれな会話に不安になると母様は自信満々に胸を叩く。ゲートの権利は国に渡したが、王都と辺境のゲートをつなげられる技術者は母様くらいだからで今後母様は製作費と定期的なメンテナンス費用でがっぽり稼ぐらしい。
「母様。私は一生、母様についていくからね」
「嬉しいわ」
◇ イヴァン ◇
「本当に北方砦だ……え、本当に?」
数日後、面接対策のために北部の砦に来た僕は自分の通ってきたゲートを二度見、三度見していた。今回初めての跳躍なのでアイシャ様から念入りな体調確認を受ける。
「長距離は初だし、最初に飛んだヴィクトルが無事だから大丈夫とは思っていたけれどね」
「国王陛下で安全確認しないでください」
転移ゲートについては安全性を保持するために資格制にしたそうだ。
王都ゲートから北部の砦ゲートに飛ぶ場合、両方のゲートの通過資格がないと時空の狭間で迷子になるらしい。誰も助けられないので餓して死ぬのを待つだけ……怖っ!
砦ゲートの資格者は国王陛下と四将軍とその家族。
家族ぐるみの付き合いをしようということで僕たちは「イヴァン」「エレーナ」と継承を付けない呼ばれ方になった。
「母から預かった八種の穀物で作られた東部の名物のパンです」
僕の言葉にアイシャ様が苦笑する。アイシャ様のことだからゲート完成した暁には糖分たっぷりのケーキばかり食べているだろうと心配していた母親の顔を思い出す。
「昔からフウラは栄養はバランスよく摂れと煩くて、ケーキしか食べなかったときは太って魔物の餌になる気かと怒られたわ」
「アイシャ様に太るなんて失礼なこと……」
声が尻つぼみになる。
「やっぱり少し太ったわよね」
「いえ! その、相変わらずお綺麗です!」
慌てて否定して直接的な回答を避けたが、どちらも太ったを肯定している行動だと気づいた。
「私も母様は最近太った気がする」
先日母上がアイシャ様と同じく太ったと呟いたとき、父上と弟たち一緒に全力で聞かなかった振りをしたことを思い出す。対照的に娘は母に遠慮ないらしい。
「古竜の影響で北部の魔物の出現が減ったからかしら」
アイシャ様にとって魔物の狩りはダイエットなのか?
「30歳過ぎると基礎代謝がガクッと落ちるんだって。母様は見た目は20代だけど、その辺りはしっかり30代半ばなんだよ」
……娘の遠慮のなさが怖い。
「ア、アイシャ様。マクシミリアン様から野菜スープを預かっています。理由はうちの両親と同じで、ただ保存性はないので温かいうちに召し上がってほしいそうです」
僕が差し出した紙袋からアイシャ様が可愛らしい陶器のカップを取り出す。
「マックス小父様のこういう気配りってステキよね。母様、朝ご飯食べたばかりだけれどいただきましょうよ」
「ふん、子どもたちの前なら私が野菜を食べると思ったのね。おあいにく様!」
突然笑い出したアイシャ様に困惑する。
「放っておいてあげて。母様、昔は大の野菜嫌いだったらしいから」
気配りのできるマクシミリアン様は僕とレーヴェ様の分も用意してくれたらしい。陶器の蓋を開けると野菜の甘い香りが漂う。
「王都の店の料理を温かいまま北部にテイクアウト。夢物語でしかない転移ゲートがこうして目の前にあって、しかも僕が転移を体験できるなんて」
「喜んでくれて嬉しいわ。おかげで私も毎日ミシュア……うっ!」
突然アイシャ様がテーブルから顔を背け、手で口を覆って「ぐうっ」と唸る。
「母様!」
「……ごめん、最近よく吐き気がするのよ。疲れなのかしら、妙に眠たくなるし」
んん? なーんか聞いたことがある、お約束なフレーズ。
……いやいや、転移ゲートの構築で魔力を使って疲れているんだ。吐き気は胃炎とかケーキの食べ過ぎとかに違いない。
いやいや、あれってことはないない……なんでかな、あの夜レオネル様に抱かれて建物に戻っていくアイシャ様の姿が消えないぞ。
「イヴァン、どうしよう。そうだ、お医者様を呼んでくる」
「え?」
「ジッとしてなんていられない! お城のお医者さんを呼んでくる!」
「え、嘘! ちょっと待って!」
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