3-14 終わりの宴|エレーナ
今夜の砦は賑やかだ。
母様を捕らえていた古竜ドリーマーを討伐した祝いの宴。ネームドが討伐されたのは約200年振り。ここにいる誰もが人生初の体験に高揚し、お酒も入れば賑やかになるのも仕方がないと誰もが言う。
仕方ない、か。
この賑やかさが落ち着かないと言ったら我が儘になるのだろうか。でもここは母様と二人で暮らしていた我が家。母様を見つけたい一心で国を巻き込み社会的責任のある人たちに無理を言って来てもらっておきながら、唯一無二の場所を土足で荒らされるような感覚が許容できない。
「エレーナ」
「イヴァン」
「どうしたの?」
「……竜を見てた」
居場所がない気がして一人でいたなんて言ったら変に気を使われそうだから誤魔化す。実際にこの崖の下には首を落とされて討伐された古竜が見える。
「大きいよね」
私の言うことをどこまで信じたかは分からないけど、イヴァンは「竜を見てた」で話を続けてくれるみたいだ。気を使われていると思う。だけどひとりぼっちだと感じて卑屈になりかける私も仲間が欲しい。
仲間、か。
危ないからと言われて後方で竜の討伐を見ているだけの私たちには、大変さを分け合うあの人たちの仲間にはなれない。母様はあの人たちの仲間だ。母様に置いていかれた感じ、変なの。
母様は宴の始まりから小父様たちとずっと話している。謝ったりしているんだと思う。私が入れる話じゃない。
これが疎外感?
母様しかいなかった。でも母様がずっと傍にいてくれたから、こうやって母様との間に見えない線があるのは初めて。
別に母様が私を気に掛けてくれないわけではない。ほら、いまも目が合って大丈夫かと心配してくれた。
「あの4人、楽しそうだね」
「うん」
共通の思い出は15年という時間を飛び越えるのかな。私の目にもあの4人がワンセットに見える。私はあの4人が飛び越した15年間にいる存在。あのワンセットのお邪魔虫みたいに感じるのはそのせいか。
「エレーナは、寂しそう」
寂しい、か。そうか、こういう感覚か。
「イヴァンは寂しくないの?」
「寂しくはないけど、疎外感は感じてるかな」
「寂しさと疎外感は違う?」
「いまのぼくの場合は。いまのエレーナがどうかは分からないよ」
自分で考えろってことか。見た目優し気なのに、結構厳しい。ちょっと母様に似ている。
「ゆっくり考えたら? 僕はここで古竜を見てるから」
母様も、自分で考えなさいっていうけれど突き放さない。いつでも応えるよって、傍にいることで安心させてくれる。
「死体だよ? 動かないのに、飽きない?」
「全然。 ネームドはもちろん古竜なんて一生に一度でも見れたらすごいんだよ」
「そうなの?」
首を傾げるとイヴァンは笑う。
「エレーナの当たり前は僕の当たり前と違うんだね」
「そうなの?」
「そうだよ。でもエレーナに遭えたおかげで僕の世界が広がったよ」
世界が、拡がる。
「それは、嬉しいこと?」
「僕にとっては。エレーナがどうかは分からないよ」
それは当たり前が違うから?
「イヴァンと話すのは楽しい」
「ありがとう。僕もエレーナと話すのが楽しいよ」
「もっと話したい」
「え?」
……あれ?
「イヴァン?」
「ああ、うん」
「顔が赤い?」
「焚火のせいじゃない? アイグナルドたちが遊んでいるから」
そういうもの?
「話、だけどさ。エレーナも学校に通えば? 僕の通っている学校、あの4人が卒業したところ」
「学校、かあ」
考えたことがなかった。でも……学校かあ。
「いいんじゃないか?」
「お爺様」
いつの間に?
「エリーも世界を広げていい頃だろう、アイシャもな」
「母様も?」
4人のほうを見てしまう。
「俺が言っていいことではないが、いままで2人にはお互いしかいなかっただろう? 仲がいいですめばいいが、依存し合うのはよくない。アイシャとエレーナの世界とは別に、エレーナの世界とアイシャの世界があったほうがいいのさ」
それにな、とお爺様が優しく微笑む。そのままイヴァンを見て……あれ?
イヴァンの顔が今度は少し白く見える?
「いまのままではエレーナが誰かに恋をすることがない気がして心配なんだ。恋するのも心配ではあるのだが、恋をするのはいいことだって思いもあるからなあ」
「お爺様も、恋をしたことがあるの?」
「あるよ」
お爺様は笑う。少し寂しそうな顔、この顔は見たことがある……最近、ずっと見てた。いまもあそこで……。
「南の小父様は、まだ母様に恋しているのね」
「前途多難だがな」
「母様は……」
どうだろう。
恋をしている?
恋をしていない?
私はどっちがいいんだろう。
恋をしていてほしい?
恋をしていてほしくない?
「分からない」
「今のままでは一生分からないだろうな」
「学校で教えてくれるの?」
「まさか、こればっかりは誰も教えてくれない。頭がいいからって上手に恋ができるわけじゃない」
それにな、とお爺様は笑う。
「お前が誰かに恋をしたら、アイシャはお前の一番じゃなくなるかもしれない。でも一番じゃないだけで好きな人であることは変わらない。アイシャだって、お前が一番じゃなくなってもお前が大好きであることは変わらない。ただ世界が広がっただけだ」
それを、いまの私は知っている。
前の私にとって世界はこの砦だけだった。だけど王都に行って王都も素敵だと思った。でもこの砦が好きな気持ちは変わらない。世界が広がることは、好きなものが増えること。
それは素敵なこと。
突然焚火のほうが騒がしくなる。そっちを見ると母様が机に突っ伏していた。
「お爺様!」
「……大丈夫だよ。酔っただけだ」
酔った?
「母様が酔って寝ちゃうの、初めてみた」
「気が抜けたんだろう……大丈夫か?」
お爺様の声を聴きながらも、目は母様から離せない。うん、思ったよりも大丈夫。
「私の世界はとっくに広くなっていたみたい」
「エリーは本当にいい子だ」
「母様は、あの人には甘えられるのね」
あの人が母様を抱え上げる。母様はやっぱり眠っているのかそのままだ。母様に抱っこされたことは数えきれないほどある。でも母様が抱っこされているのを初めて見た。
あのときの私の気持ちを、いまの母様も感じているのかもしれない。
それならいまの母様は幸せだ。
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