3-12 現実は容赦ない|レオネル
このアイシャは本物だ。
おそらくバカ古竜はアイシャの逆鱗に触れ、ぶち切れたアイシャを持て余して俺に押し付けたんだろう。分かっている。分かっているんだ、俺だけは。
「ちょっと、待て!」
「その顔でバカなことを言うんじゃないわよ!」
「顔は関係ねえだろ! とりあえず待てって!」
俺の抗議は舌打ちで拒絶される。その間もアイシャは絶え間なく氷の槍で攻撃してきて、俺はそれを必死に避ける。いや、これは俺が不利だろう。
「逃げるな」
「逃げるに決まっているだろう」
そもそも本物だと分かっているから俺は攻撃に出れない。このアイシャは精神状態、下手に傷をつけて本体に何かあったらマズイ。しかしアイシャはこんなところに俺がいると思っていないから俺を古竜だと思っている。手加減ない。容赦ない。
「さっきはエレーナで今度は元夫? 流石の私もブチ切れるわよ!」
「流石ってなんだよ! 俺はお前が短気だとしか思ったことねえよ!」
「黙れ、偽物!」
「俺は本物だ!」
「偽物はそういうのが鉄板でしょうが!」
知らねえよ!
俺も精神状態。傷を受けたらどうなるか分からない。
「お前、この状態で気になることはないのかよ」
「ないわ!」
「少しは周りを気にしろよ!」
「相変わらず細かいことに煩い男ね、なんだってこんなところを覚えているのかしら」
細かくねえよ、大事だろ!
「聞けって、俺はマジで本物だって!」
「その顔で何ほざいているのよ」
「この顔は自前だって言っているだろ! とにかく攻撃を止めろ、俺の話を聞け!」
攻撃を避けるために転がったところに、頭上から氷の檻が落ちてくる。怖っ!
初めて見る攻撃に俺は炎の輪を作り出して上半分を落とし外に出る。しかしこれで確信した。こんな攻撃をするアイシャを俺は知らない。確信はするのだが……。
「逃げるな!」
「逃げるに決まっているだろう!」
状況は全く変わらない。
「俺の話を聞けと言っているだろうが!」
「聞いているじゃない、ちゃんと。15年前に短気は損気をたっぷり学びましたからね」
「学習の成果がでてねえよ!」
「分かってよ!」
「分からねえよ!」
俺は防御系の魔法が得意ではない。攻撃は最大の防御と思っていたから、この15年で持ち数が増えていない。どうしたものか―――。
「え?」
容赦なく急所を狙った槍を体を捻って躱した瞬間、頬に冷たいものが触れる。ハッとしてアイシャの顔を見ると泣いていた。思わず足元が乱れ、たたらを踏んで後ろに飛ぶ。
「あなたくらい私のことを知っていてよ」
動きを止めたところにアイシャの槍が飛んでくる。先端が掠めた頬がチリッと熱くなる。痛みはある。この感覚からしたら血が流れているだろう。
拙いのは分かっている。
でも泣いているアイシャから目が離せない。血が弾け、浅くはない頬のキズから血が流れる。でも静かに涙を流すアイシャから目を離せない。
「バカなことを言っているって分かってる。私の記憶でしかないあなたが分かってくれるはずがない」
俺が信じなかったことが悲しかった。
周りの言葉を信じて聞く耳を持たない俺の姿に怒りが沸いた。
「愛していると言ってくれたあなたを、信じて、愛した私が馬鹿だった」
アイシャが何か言うたびに氷の礫が飛んでくる。狙いも定めていない攻撃、逃げようと思えば逃げられる。でも俺は避けなかった。俺の本体に何があろうと構わない。これは俺がアイシャの心に与えた傷だ。
「ごめん」
「やっぱり謝るのね。そうよね、私は答えを持っていない」
どうして信じてくれないの?
アイシャはその答えを知らない。だって俺はただ彼女を責めるだけで、責めるのもつらくて弁護士やほかの者に任せて、彼女の「どうして?」に最後まで応えなかった。
「私の中のあなたはいつも謝るだけ、聞きたいのはそれじゃない」
「ごめん」
「私はあなただけを愛していた。でも証拠はってあなたは言うの。証拠がないから信じないって、他の人の言葉には証拠があるから信じるんだって……私があなたと同じ貴族なら信じてくれた?」
なっ!
「違う! 俺が信じなかったのはそんな理由じゃない」
「そうだよね。私はあなたにそう言ってほしいって思っているもの……馬鹿なことを言ったわ」
違う!
気づかなくてごめん!
孤児であることをそんなに気にしているとは思わなかった。だっていつも孤児だから何かって態度で……自信に溢れていて……馬鹿だ、俺。俺だけは気づかなくちゃいけなかった。アイシャが寂しがりやであることを知っていた。甘えることが好きなことを知っていた。俺の「愛してる」って言葉を大切にしてくれていたことも知っていた。
「アイシャ、俺は君を愛している」
告白への返事は氷の弾丸だった。
「そんな幻なんていらない、自分で自分が嫌になる!」
左の太腿を撃ち抜かれた衝撃に堪らず膝をつく。出血が止まらない。火を出して傷口を焼く。激痛は走るが出血を抑えなければいけないほどの傷だが、心臓を撃ち抜かなかったのはアイシャにも躊躇があるからだろう。
「なんで笑っているのよ」
「さあ……」
「痛くないの?」
「痛いに決まっているだろ」
アイシャの顔が不快そうに歪む。
「記憶のくせに、憎たらしい」
「忘れられるより憎まれていたほうがいい」
「なにそれ、バカみたい」
「バカだよなあ……どうして俺は15年も放っておいたんだろう」
「捨てられた覚えはあっても放っておかれた覚えはないわよ」
「俺を忘れて幸せになっていればいいとまで思ったんだぞ」
「……嘘でしょ。あなたがそんなことを言うはずがない……なんで?」
アイシャがピタリと動きをとめて、怪訝そうに俺を見る。
「あなた……どうしてここにいるの?」
驚くアイシャに満足してにっこりと笑ってみせる。
「さあ、なんでだろう」
「冗談はやめて説明して」
「説明?」
「そうよ、説明……いや、それよりも脚の傷よね。その傷は痛むの?」
「さあ、どうだろう。どうだと思う?」
「ふざけないで」
「ふざけていない」
「ふざけてる! どうしてここにいるのよ、二度と会わないって言ったでしょ?」
「どうしてだと思う?」
「質問に質問で答えないで」
焦れて胸ぐらを掴んできたアイシャの目を覗き込む。
「質問に応えて欲しければ目を覚ますんだな」
「……怒るわよ」
目の前に炎の壁を作って氷の球を防ぐ。
「相変わらず短気だな」
「それを知っているなら早く答えなさいよ」
「さっきから言っているだろ? 答えて欲しかったら早く目を覚ませよ」
……ここまで言えば目を覚ますと思った。
もしかしてアイシャの言う通りこの15年で性格が落ち着いたのか……いや、それはないな。脚、すっげえ痛い。
「どうしてここにいるの? これも夢、夢ならエレーナは……」
ああ、そうか。
アイシャは夢から覚めるのが怖いのか。
「安心しろ、君の娘は無事だ……いまのところは、な」
思うところがあって不穏な言葉をつけ足す。思惑通りアイシャはそこに気づいた。
「いまのところって?」
「古竜が君の姿でエレーナたちを攻撃中なんだ」
色々違うが説明が面倒なので諸悪の根源に全てを押しつけることにした。次の瞬間、アイシャがパッと消えた
「ははは、やっぱり短気は治ってないじゃん」
世界が歪み、すごいスピードで浮上する感覚に俺は笑った。
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