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3-10 最恐の眠り姫の起こし方|レオネル

「池が!」


誰かの驚いた声に池を見ると、アイシャのいる辺りから真っ赤に染まりはじめていた。ゆらりと吹き上がる魔力。


「全員、池から離れろ! ドリーマーの魔法にやられるぞ!」


父上の声に戸惑っていた俺たちは一斉に岸に向かって走り、池から一定の距離をとる。



「……溶けてはいない?」


池の氷を軍靴で叩いたヒョードルの言葉に詰めていた息を吐いた。氷が解けて古竜が出てきたわけではない。そう安堵した瞬間、異様な風の流れを感じた。その風が向かう先にいるのは――。


「エレーナ!」


俺の声より先に父上が動いて、騒ぎを聞いて天幕から出てきていたらしいエレーナの前に立ち剣を振った。剣圧に負けたのか、父上の周りで雪が舞った。


「な、なに、いまの……」


父上とイヴァンの後ろでエレーナが震える。


「エレーナ、僕の後ろへ。勘だけど、アレは君を狙っている気がするんだ」

「私を、殺すため?」


イヴァンの言葉にエレーナは素直に従ったが、エレーナの問い掛けに対する答えをイヴァンは持っていなかった。困った様子のイヴァンの頭を父上が優しくぽんぽんと叩く。


「エレーナは大丈夫だ」

「なぜです?」

「説明はかなり端折るが、あれはスフィンランがやったことだ。スフィンランはアイシャのために動く、つまりスフィンランがエレーナを殺そうとすることは万が一にもあり得ない」


父上がキッパリとエレーナの不安を否定すると、彼女の体からは力が抜る。その様子に他の者の表情にも安堵が浮かんだが――。


「しかしエレーナ以外は分からない……というか、恐らく攻撃される。全員警戒しろ!」


全員の顔に『はあ?』と驚愕が浮かんだ瞬間、氷の刃が俺たちを襲い始める。さっきの雪のつむじ風はご挨拶か?



「レーヴェ様、スフィンランは何を……いや、アイシャは何をしているのでしょう」

「分からん!」


父上、清々しいな。



「レオ、仮にだがドリーマーがアイシャに絶望を見せようとしたら……」

「流産して、エレーナはいないという夢を見せるだろうな」


それをアイシャが夢を受け入れたら、竜は絶望したアイシャを完全に掌握するためアイシャを操って希望のエレーナを殺す。しかしスフィンランはエレーナを守っている。つまりそれがアイシャの意思、アイシャは抗っている。


「アイシャは悪夢を嘘だと信じ、あの子を探しているんじゃないか?」

「うん……」

「マックス……?」

「そうなるとさ、エレーナ嬢の傍にいる僕たちって子どもを捕らえている悪者ぽく見えない?」


見えな……くもない?


「俺、猛烈にイヤな予感がするんだけど」

「マックス、それ、どう聞いてもフラグだから」


ヒョードルの呆れた声にマックスが青い顔をする。


「俺、立てちゃった?」

「立てちゃったね、あっち見なよ」


ヒョードルの言葉に従って全員が池の真ん中を見る。そこに浮かび上がるのは――。


「アイシャ?」

「いや、あれは氷でできている。エレーナ嬢を探しているから『氷アイシャ』にしよう」

「名前は気になるが、あの殺気……ヤバいだろ」


……あれはめちゃくちゃ怒ってる。


「レオを殺しにきた、とかじゃないよね」

「怒れるアイシャを流れるように俺に押しつけるな。残念ながらそのフラグは不発だ。俺への憎しみなんてエレーナへの情の前では芥子粒同然」


「言っていて悲しくない?」

「悲しいに決まってるだろ」


「そこの3人、来るぞ!」


父上の声と同時に氷の槍が降り注いだ。遠慮ねえな!


そこかしこに何百本もの氷の槍が地面に突き刺さってる光景にゾッとする。しかし、エレーナの周りだけは何もない。父上の仮説が当たったか。


「よし、とりあえず全員エレーナの周囲に集まれ!」

「レーヴェ様、これではエレーナ嬢が人質を取っているように見えますよ」

「火に油を注ぐことになりませんか?」


ヒョードルやマックスがそう言うが他に策はない。バリバリと空気も凍らせそうな『氷アイシャ』にゾッとしながら、エレーナを中心に円になる。



「まず将軍以外の騎士は全員退避、アイシャの攻撃の範囲外に出ろ。文句は受け付けない、正直言ってアレの相手は三将軍でも手こずるだろう」


父上の言葉に思わず全員の顔が不安気になったが、父上は飄々としていた。


「安心するといい、俺ならきっと勝てる。ここ最近でも対戦成績は6対4くらいだ」

「……本当ですか?」

「息子よ、そんな悔しそうな顔をするな。お前やアイシャより狡い戦いができるだけ、年の功だ」

「何も言っていません」


図星を刺されてそっと視線を逸らす。


「但し、長期戦になったら魔力量の差で俺の不利だ。レオ、だからお前はアイシャの本体を起こしにいけ。お前も精神に干渉する魔法のひとつやふたつ使えるだろう」


本当かというヒョードルとマックスの視線に肩を竦める。



「学生時代、くっついてくるカレンデュラをどっかにやるために軽く身につけただけです」

「そうだと思った。分かるぞ、俺もあの女から逃げるために身につけた」


「魔法習得理由の可哀そうが過ぎる」

「同感……今回は現状打破ができるということで喜ぼう」


池はいま溶けている。水に潜れば竜の魔力に干渉してアイシャの精神に入れる……かも。


「ダメで元々、試してこい」


それでも成功確率を上げたい。そもそも起こすってどうやればいい?


「眠り姫を起こすのは王子の口づけだよな」

「それで起きるような女か? 俺を引っ叩いて二度寝しそうだ」

「甘く起こす必要はない。感情を揺さぶればハッとして起きるだろう」


父上の提案は雑だが揺さぶるなら……。


「お前、ちゃんと泳げるよな」

「ちゃんと泳げますよ」


全く……。


「レオ、アイシャの夢に入るどころかお前が夢を見る可能性がある。気張っていけよ」


父上って結構根性論だよな。



ドコオオンッと大きな音がして「もう無理!」とマックスが悲鳴を上げる。頭上を見上げれば大きな氷塊がマックスの張った結界に襲い掛かっている。


「アイシャのやつ、容赦がないな」

「楽しみにとっておいたらしいショートケーキを俺が食べちまったときより怒っているな」


「レオ、お前なあ……」

「気が抜けそうになるけれど、気を付けて」


脱力したマックスと苦笑するヒョードルの目に浮かぶのはどちらも心配。


「安心しろ、俺ほどアイシャを怒らせるのが上手い奴はいない」

「「だからだよ」」


声を揃えて抗議した親友たちに笑うと、ずっと黙っているエレーナの前に立ってその黒髪をポンポンと叩く。


「……小父様」

「大丈夫だ、さっきも言ったけれど俺はアイシャを怒らせるのが上手い」


でも、とエレーナが唇を嚙む。


「母様の寝起きは最悪ですよ」


おお?



「私に言わせれば母様は最恐の眠り姫です」

ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。

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