3-8 学者による分析結果|レオネル・アイシャ
ヴィクトルが派遣した学者たちが到着し、騎士たちが見守る中で計測や分析が行われた。
「こんなことは初めてです」
「そうか」
「ほとんどが推察です、それでも宜しいですか?」
石橋を叩いて渡るほど慎重なタイプだから信用していいとヴィクトルからの手紙に会ったが、慎重すぎてイライラする。そもそもこれまでに池だ湖だで時間を無駄にしているんだよ!
毎日魔力測定器を壊しながらアイシャの生存確認していた気持ちが分かるか?
仮定でも推測でもいいから、分かることを言え!
……って言いたい。
「レオ、こういうタイプはビビらせたら宥めるのに時間がかかるから」
「とにかく喋らせろ」
ヒョードルとマックスが後ろから忠告してくる。イライラが加速する。
「絶対に、絶対に、間違えても絶対に怒らないでください」
学者は空気を読めないのが才能なのか?
半泣き状態で何度も念を押す男が震えながら直す眼鏡をたたき割りたくなった。隣にいる父上のため息も深い。
「結果は?」
言いたいことの99%は飲み込んで聞いたのに「処罰は?」と見当ちがいなことを。本当にこいつは国推薦の学者か、馬鹿じゃないのか?
「与えないから早く話せ」
「本当の本当ですね」
父上の額に青筋がたっている、恐らく俺もだ。それでもビビらせないため黙って頷くと、ようやく学者男は説明をはじめた。
紙を置いて絵を描きはじめる。
「これを氷の断面図と思ってください。この氷は、このように上と下の2層に分かれています。もしかしたら3層以上あるかもしれませんが現段階では確認できないので省きます」
学者男は断面を2つに割り、上に【スフィンラン】と【アイシャ】と書く。
「上の層は氷です。アイシャ様とスフィンランの魔力、そして池にいたと思われる微小な生物が目視で確認できました。池の水が魔力で凍ってできた氷と考えて間違いありません」
そして学者男は先ほどの断面の下に【竜?】と書く。
「この層には何もありません。正確には採取できる液体がない」
「空気ということか?」
「なにかはあります。これは私の仮定ですが、竜の魔力が可視化されたものでないかと」
「そんなことがあるのか?」
「愛し子の周りにいる精霊は可視化された魔力という説もあります」
学者男はアイシャ側から竜のほうに何本も矢印を書く。
「アイシャ様の魔力は竜に向けて放出され続けています。アイシャ様は竜を抑え込んでいるのかもしれません」
「この巨体からみてこいつは古竜、愛し子とはいえ抑え込めるとは……」
「生命活動に必要な最低限の魔力を残して全てを古竜を抑え込むのに使っていること、あとここは北なので氷の精霊スフィンランの力は強いということ。理論上ですが不可能ではないと思われます」
……なるほど。
「君、その中にあるのは竜の魔力か? 少し触ってみてもいいだろうか」
「もちろんです。必要ならまた採取できるので」
瓶を受け取った父上はマックスに結界を作ってもらい、俺たちが中に入ったところで父上は瓶を開けた……この魔力……精神干渉?
「精神干渉に……この巨体……もしかして『ネームド・ドリーマー』か」
父上の言葉に俺たちは天を向く。文献情報しかない名前持ちの魔物『ネームド』だ。
「ドリーマー。討伐記録はないけれど、ずいぶん昔の記録だからもう死んでいると思った」
「ここにきてネームド……アイシャの引きが強過ぎる」
ヒョードルとマックスに深く同意する。
「確か……夢の終わりで『絶望』を見た者は『希望』を殺すだっけ?」
「アイシャの希望……エレーナ嬢、だよな」
アイシャがエレーナを殺す?
「でもこの記録が残っているのはかつて絶望から目覚めた者がいるからだろう? アイシャも頑張れば……「無理だ」……なんでだよ、レオ!」
俺の否定にマックスが目を吊り上げ、俺の胸ぐらをつかむ。
「忘れたのか? あの子に関しては一度アイシャは絶望しかけている」
「あ……」
「流産しかけたこと、いや流産したことを夢としてみたらアイシャは絶望する。それに打ち勝てというのは期待が過ぎるというものだろう」
「それなら……アイシャにむざむざエレーナ嬢を殺させるってのか?」
「そんなことさせられるわけがないだろう!」
竜に精神を乗っ取られたアイシャを殺す?
アイシャがエレーナを殺すのを見ている?
そんなのどちらも選べるわけがない!
「くそっ‼」
◇ アイシャ ◇
……レオ?
ふと意識が戻った瞬間、直ぐにぐわんと魔力が揺れて頭痛と吐き気に襲われる。目がチカチカする。物は見える、声も出る。でもまたこの部屋。
ずっとこの白しかない部屋にいる。
白い壁、床には白い絨毯。白いベッド、寝具も白い。
「ワンピースも白。全部真っ白、全く誰の趣味よ」
ここまできたら下着が白でも驚かない。
「呆れたらお腹すいた……ショートケーキが食べたい、あ! いやいや、なしなし、あ―……」
目の前にショートケーキがポンと出てきた。真っ白なクリームにイチゴがのった可愛らしいケーキ。白い世界でイチゴの赤がまぶしい。
「よりにもよって『ミシュアの樹』のショートケーキ。当然か、あそこのケーキが一番美味しいもんね」
溜め息が出る。目の前には本物に見紛うケーキがあるけれど実体はない。多分だけど、こうして現れたものを手に取れた試しはないから。
脱力したけれどある程度姿勢を崩したところで動きが止められる。両手をまとめて頭上に上げられて、凍りつかされているから。
「悪趣味すぎる」
両手を包み込む氷を内側から割るような怪力はない。氷を作るのは得意だけど、氷を溶かす魔法は使えない。打開策がなく、唯一できるのは眠ることだけ。そして夢で起こされて、頭痛と吐き気のセットに襲われる。
「レーヴェ様みたいに火魔法が使えればいいのに」
『相変わらず素直じゃないな』
目の前に元夫が立っていた。正確には《元夫の顔をしたもの》。
「出た」
『出たって、幽霊じゃないんだからさ』
「その顔で軽薄な口調はやめて」
『ん?』
「そのニヤニヤ笑いもやめて、似合わない」
《元夫の顔をしたもの》は頬の肉をほぐして見せる。よく知る顔の、見覚えのない表情は虫唾が走る。
「その顔、見飽きたんだけど」
『そんなこと言うなよ、俺の顔が好きだろ?』
「好きよ、娘に似ているもの」
『素直じゃないねえ』
《元夫の顔をしたもの》は首を傾げる。
『娘? どんな子? 可愛い?』
「可愛いに決まって……」
あれ? 思い出せない。娘……私の、娘……私の、子ども。
『そんな子どもは本当にいたのか?』
《元夫の顔をしたもの》の冷たい表情。
「嘘……嘘よ!」
見下ろせばワンピースが裾から赤く染まっていく。イチゴのような赤色。
「嘘よ、そんなはずない! あの子はちゃんと産まれたわ!」
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