3-6 眠くなるまで散歩をしよう|レオネル
北部にきて1週間、アイシャの手がかりとなる湖が見つからない。
春だというのに溶けない氷のせいで上空からでは地上が確認しづらく、湖が枯れたと仮定して窪地らしきところを発見しては徒歩で周辺を確認するという地道な作業を繰り返している。
北部は未踏の地が多く道が整備されていないことが騎士たちの行動範囲を狭めてしまっている。
氷を溶かそうとアイグナルドと共に火魔法を放ったが、無理やり溶かしたところで土砂が崩れたので危険なのでやめた。マックスの水魔法では氷を厚くしてしまう。ヒョードルの風魔法でも進路を阻む枝を払うくらいしかできなかった。北部ではスフィンランの将軍しか戦えないという意味を実感した気がする。
それぞれ信用できる部下の騎士たちを北の砦に集め、人海戦術でアイシャを探す。考え得る中で最良の方法を採ったから、成果があがらないことに気持ちが滅入る。
「眠れない……散歩にでも行くか」
春になって大分たつというのに北部の空気はキンッと冷たい。夜なのでコートを着て、懐に入っていたアイグナルドたちを湯たんぽ代わりにする。
砦の門を守る騎士と軽い挨拶をして砦を出る。
エレーナの頼みでマックスが直したようだが部品が劣化しているので壊れるのも時間の問題。注文して部品を作ってもらうため時間がかかる、そのため門は開けっ放しにしているがこれだけの騎士がいるのだから安全だろう。
夜も更けているがあちこちに騎士がいる。
若い騎士で非番の者は最寄りの街に飲みに行くらしい。最寄りの街まで馬車だと2時間強、「軍馬に乗ればすぐです」といって笑う若い彼らが酔っぱらって落馬しないことを祈る。
エレーナから聞いてアイシャが掘り起こした温泉に行く騎士も多い。彼らの中には温泉を渡り歩く自称「秘湯マニア」が出てきた。若い騎士は温泉道具のほかに道を切り開くための鎌や鉈、さらに掃除道具を持っていく。そこまでして温泉に入りにいく彼らの根性には脱帽するし、その後に熟練の騎士たちが整えられた道を悠々と歩く姿を見ると軍の厳しい上下関係を実感する。
「ピレーネ村の方角は……あっちか」
月の位置で方角を確認し、淡く発光するアイグナルドたちを篝火代わりにして歩く。
かなりの人数を動員してアイシャを探している。それでも見つからないアイシャを砦の近くを軽く歩く程度で見つかるわけがない。分かっているけれど探してしまう。眠れずベッドの上を転がり続けるよりはいい。
あちこちで感じるスフィンランの気配が心地がいい。
自然を愛する精霊は人の手が入っていない森の中で楽しそうだ。火と氷。スフィンランと対極にあるアイグナルドたちが北部で活動することはない。逆も然り。アイグナルドたちはこの冷たい北部の自然に興味を持っているようだが二の足を踏んで俺の周りから離れない。
「アイシャはこんなところで生活していたんだな」
夫婦だったといっても俺は南、アイシャは北の砦にいることが多かった。他人から見ればあれで夫婦とは言えないと思っていただろう。でも俺もアイシャも時間ができれば王都に戻った。それでも相手がいるとは限らないけれど、いたときの嬉しさはひとしおだった。
冷たい空気をまとっていて帰ってきたアイシャが「帰ってきた気がする」と言って甘えるのが可愛くて、俺は彼女の家になれた気がして嬉しかったんだ。家に戻った俺はいつも汗をかいていたけど「先にお風呂入ってきて」と言いつつも抱きしめる腕を緩めないアイシャの力強さに家に帰ってきた思いを感じていた。
お互いがお互いの唯一の家だった。
それを先に突き放したのは俺のほう。何も知らずに被害者ぶって、アイシャを一人をこの寒い場所に放り出した。この罪深さは一生背負うものだ。
でも北部にきて少しだけ罪悪感が薄れたのは、勝手なことだけどここがアイシャと自分の家だと嬉しそうに自慢するエレーナの姿だった。アイシャはちゃんと幸せだった。いつまでもウジウジとしていないところがアイシャらしい。
だからウジウジと俺を思っていてほしかったというのは俺の我侭。
―― 女でもお金が稼げれば結婚なんてしなくていいと思うの。
将軍は命は保証されないが生活は保障される。だからアイシャの結婚観を変えるのには子どもしかないと思って聞いたのはいつのことだったか。
―― 女だから自分で産めるし、子種だけ提供してもらえれば十分でしょ。
そう言ったアイシャにはしたないとか何とか言った気がするが、経緯はさておき結果はその通りにしてしまった。
「アイグナルド?」
視界がふっと暗くなったとき、篝火代わりにしていたアイグナルドたちが離れていくのに気づいた。何かに招かれるようにふよふよと前方の暗闇に向かう。1匹、また1匹とアイグナルドたちが俺を置いていくが、北部に彼らの気になるものなんて――。
「アイシャ!」
アイグナルドの向かう先に走る。足元は碌に見えないが、勘と運で駆け抜ける。枝が頬をかすり、木の根っこに足をとられる。
「うわっ!」
滑ったと感じた瞬間に浮遊感に襲われる。落ちたと思った瞬間には、俺は暗闇に向かって落ちていた。予期しない浮遊感には驚いたが、落ちていると分かれば驚きはしない。
「アイグナルド」
落ちる俺を放って飛んでいったアイグナルドたちもいるが、俺の傍にいてくれるのもいる。まずは無事に着地することが大事だから、羽織っていた外套を脱いで頭の上で広げてみせる。長年の相棒であるアイグナルドたちは俺の意図をしっかり理解し、広げた外套の中の空気をやや熱めにしてくれた。たちまち落下の速度が緩まる。握力と腕力頼りの熱気球だ。
「ずいぶんと落ちるな、登るのは大変そうだ」
崖の上はもう見えない。下は見えないし、腕力と握力にもまだ余裕があるから飛び降りるのは諦める。のんびりと落下しながら足元を見ていたら、少し先のほうが薄っすらと紅く光っていた。アイグナルドたちか。反動をつけて進路を変えると下が煌めいた。
凍った池か?
足をつけると、カツンッと硬い音がする。やっぱり凍っている。アイグナルドは少し先にみんなで集まっていた。アイシャはいない。
……アイグナルドがアイシャを見つけてくれるなんて、そんな都合のいいことがあるわけないか。
カツン、カツンと氷の上を歩くことを新鮮に思いながらアイグナルドに近づくと―――。
「は?」
氷の中にアイシャがいた。
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