3-5 北の砦について|マクシミリアン
北の砦に着き、エレーナ嬢は大きな門の隣にある通用門の鍵を開ける。
「こっちの門は開けないの?」
「普段使わないので錆びついていると思うんです。小父様、扉の修理が得意ですよね?」
「……使えるようにしておくよ」
流石アイシャの娘、人を使うのが上手い。
「ただいま、母様! いるー?」
どこから出ているのか不思議なくらいの大きな声でエレーナ嬢が叫び、俺だけじゃなくレーヴェ様以外が全員驚いて言葉を失くしている。木霊するやまびこ。動じないレーヴェ様、すごい。
「いないですね」
「雑な確認だね」
「いつもこんなものです」
そう言って笑うとエレーナ嬢はパンパンッと威勢よく手を叩いた。
「この砦は中央の尖塔が見張り台、見張り台を中心に4つの棟があります」
エレーナ嬢は両手の人差し指を交差して十字架を作って見せる。
「棟は北東から時計回りにA棟、B棟、C棟、D棟とします。B棟は私と母様が使っているので、C棟を東のみなさん、D棟を南のみなさん、A棟を西のみなさんで掃除したのちに好きにください」
B棟以外は使っていないので埃だらけだという。説明の間にレーヴェ様から渡されたモップとバケツに俺たち3人は複雑な気分を味わう。ここから竜の調査が始まるし、砦について直ぐに戦闘とは思っていなかった。しかし先ずやることが掃除とも思っていなかった。
「父上は俺たちと同じD棟でいいですか?」
「気遣いは感謝するが俺はB棟に自分の部屋があるから大丈夫だ」
「お爺様の部屋はご自分でリフォームされて温泉付きなの。お爺様は器用だから砦のあちこちをリフォームしてくださったのよ」
「老後の趣味だ」
見た目30代、実年齢も50歳くらいのレーヴェ様に『老後』とか言われたくない。似合わない。
「アイシャの子守りを手伝いながら不便に思うところを直しただけだ。アイシャの料理の腕だけは直せなかったからここに来たら俺が料理を担当している」
「お爺様は離乳食から宮廷料理まで作れるのよ」
レーヴェ様は多芸多才だなあ。
「砦内はセルフサービスです。掃除、洗濯、料理、全てご自分たちでやってくださいね」
手がありませんからとエレーナ嬢は宣言する、しっかりしているなあ。
「エレーナ嬢も家事ができるのか」
「当然です、不器用な母を持つ娘の家事力を舐めないでください。家事は母様以上にできます、すぐにお嫁にいけるレベルです」
「俺以下だからまだ嫁にいっては駄目だ。さて、今夜の食事は俺が全員分を用意しよう。食べられないものがあったら先に言ってくれ」
俺たちが何でも食べるというと「それは結構」と笑ってレーヴェ様はB棟の方角に消えた。これから掃除をしてから荷を解き、そのあと料理の仕込みに入るとのこと。 王女に憑りつかれた薄幸の美少年というのが世間一般のレーヴェ様のイメージなのだが。
「活き活きしているな」
「お料理、私も教わろうかしら」
「お爺様の料理は王城の料理人よりも美味しいですよ」
「ずっと気になっていたのだが砦内に漂うのは温泉のにおいかい?」
ヒョードルの問いに頷いたエレーナ嬢は壁に取り付けられた細い金属管を指さす。
「各棟の3階には大浴場があり、源泉はこの管を通りながら棟内を温め適温となって大浴場の湯舟に溜まります。お湯はかけ流しで管を通って外に出て庭の雪を溶かすのに使われます。大浴場の掃除が終わったらそれぞれ湯を流すので教えてくださいね」
「温泉の熱を暖房代わりにしているのか」
「流石アイシャ、最早からくり屋敷だな」
「北部は温泉があちこちにありますよ。母様が魔物討伐の際にドコンドコンと源泉を掘り当てるので湯の消費に躍起にならなくてはいけないくらいです」
「そう言えば」とエレーナ嬢が手をポンッと打つ。
「私たちは使わないので忘れていましたが、この砦の裏にお爺様が作った大きな露天風呂があります。外から丸見えなのでフウラ様にはお勧めしませんが、お三方はよかったらどうぞ」
聞けばアイシャが魔法の練習中にウッカリ開けた大穴を、遊びにきていたレーヴェが焼いて固めて暇つぶしに石を積んで作ったお手製の露天風呂らしい。
「父上、北部ライフを満喫しているな」
「お爺様は入ったら1時間は出てきません。100人くらいは入れる湯舟なので、4人なら泳げますよ」
「フウラ、引退したら一緒に北部で隠居しないか?」
「いいですわね」
いいな、それ。いまから貯金すれば温泉付きの屋敷が買えるか?
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