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3-4 黒と銀、二匹の兄弟竜|レオネル

「小父様」


広い竜舎に響いたエレーナの声に驚き、咄嗟に持っていたリンゴを背に隠す。悪戯を見つかった子どもの気分だ。


「どうした?」


何でもない振りをして、背後に隠したリンゴを探る黒竜を必死に宥める。


「明日は出発が早い。早く寝たほうがいいぞ」

「小父様もでしょ?」

「俺は飛ぶのに慣れているから」


俺の言葉にエレーナは笑いながら近づいてきて、俺の隣に立つと持っていたリンゴが入った籠を黒竜に見せる。


「この子、母様の竜なのに小父様にも懐いているのね」

「竜は記憶力がいいからな」


この15年、一度も会わなかった俺を覚えていてくれたのか。それとも―――。


「俺から兄弟のにおいがするからかもな」

「兄弟?」


エレーナが驚いた顔をして、アイシャの竜と少し離れたところでこちらを見ている俺の銀竜を見比べる。


「似ていないけれど?」

「色は違うが鱗の形は似ている。それにこいつらの卵は同じ巣にあったからな」

「巣?」



国から馬は支給されるが、竜に乗りたい騎士は自分で竜を探して使役契約をするしかない。使役契約と言っても相手に全くその意志がなければ知性の高い竜を使役できない。だから竜を探す騎士は幼竜を探す。



「竜の巣を発見したとの報告は年に1回あるかどうか、騎士たちはその報告を心待ちにして聞けば直ぐに向かう」


マックスは、それこそ竜の花嫁ではないが怪我した幼竜を保護したことがきっかけで昔から自分の竜がいた。ヒョードルはそのときどうしても取りたいという資格のほうを優先して卵探しは次回にするといった。



「1回目の探索で幼竜が見つかるのは運がよくて、俺とアイシャは一応運がいいほうだった」

「一応?」

「幼竜がいる巣の真横で2匹の竜が喧嘩していたんだ」

「何で?」

「さあ、よほど頭にくる何かがあったんだと思う。雄と雌だったし、夫婦喧嘩かな」

「竜たちの夫婦喧嘩、激しそう」


実際に激しかった。


2匹とも引くことを知らず、喧嘩で気がたっている竜たちの傍で変な動きはできないと俺とアイシャはそこで2日間も待機していた。


「幼竜は?」

「幼竜たちは他の大人の竜が連れて逃げてしまった。彼らにとっては良かったんだと思う」

「喧嘩は?」

「互いの首に同時に噛り付いて共倒れ。2匹が地面に倒れた振動で巣が落下して、中に卵があったんだ」

「その卵からこの子たちが生まれたの?」

「そうだ」


卵から孵した竜を騎竜に育てる者もいるが少ない。種の保存から雌は騎竜にできないし、雄でも騎竜に向かない貧弱な個体の可能性があるからだ。


さらに卵は落ちていた。落ちた卵から孵った竜は縁起が悪いとされる。俺は卵を見捨てるつもりはなかった。でもアイシャはどうか分からないから「どうする?」と聞いたのに、「卵を見捨てるなんて血も涙もない、ろくでなしの冷たい男ね! そういえばあなたって―――」と散々に言われた。



「それで一匹ずつ育てたんだ。この子は乗り手が軽いアイシャだからよかったんだ、他の竜に比べて少し筋力が弱い……戦いの多い北部でよく頑張ったな」


そう言って撫でると黒竜はグルルッと気持ちよさそうに鳴いてくれた。



「小父様の竜にもリンゴをあげてもいい?」

「ああ、アイツも喜ぶよ」


銀竜がエレーナを期待するように見ているのには気づいていたので許可を出す。言葉を解したように銀竜はクオッと嬉しそうに鳴いた。


「おいしい?」


エレーナの手からリンゴを食べる。

南の奴らが見たらさぞかし驚くだろう。


銀竜は俺以外に世話をされるのを酷く嫌う。その扱いの面倒さから竜舎の世話係たちの胃痛の原因でもある問題竜だが、いまあいつは借りてきた猫のようにエレーナから渡されるリンゴを大人しく食べている。



「初めまして、私はエレーナ。アイシャの娘よ」


銀竜はぴくっと耳を揺らし、エレーナの背中のほうに首を伸ばす。まるでそこにアイシャが隠れているんじゃないかというように。ちくっと目の奥が痛んだとき、俺の髪を黒竜が引っ張る。


「ああ、すまん」


世話が途中だと咎めるような目に謝り、俺は黒い鱗を丁寧にブラッシングする。黒い鱗で覆われた皮膚はまだ若々しく艶やかだが、ところどころにキズがある。淡い色の鱗があったりと年齢を感じさせる。


それでもこの竜は人間より遥かに長い時を生きる。あの物語の竜が花嫁の生まれ変わりを何度も迎えにきたように、竜の寿命は人間よりも遥かに長い。


ある学者によると竜は心を通わせた者が死ぬと寂しさのあまり衰弱して死んでしまうという。


空を愛する竜たちは乗る者がいなくなった時点で飛び去ってしまうので実際のところは分からない。でもいまこの竜が生きていることだけが俺の中でアイシャが生きている証になっている。

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