3-3 竜の花嫁について|レオネル
「母様が竜の花嫁って……」
ヒョードルの言葉にエレーナが驚いた顔をする。
「それじゃあ母様は……そんな……」
竜が花嫁を迎えるといっても比喩表現。竜のエサか玩具になるということで、その結果は『死』を意味する。
「エリー……」
「お爺様、竜が母様を……竜が私の義父になるということですか?」
……ん?
「それは無理だな。結婚は神殿で誓いの書に揃って名前を書いた者同士にしか認められていないから、竜は字が書けないだろう?」
名前もあるかわからんという父上の思考回路のほうが分からん!
「エレーナ嬢、結婚は認められない。実際に俺の知り合いが溺愛している愛犬と結婚したがったが、字が書けないで神殿に却下された」
マックス、お前もか!
「冗談だ」
「冗談に決まっているだろう」
なぜか可哀そうな子を見る目を俺に向ける父上とマックスを無視して、俺はエレーナに向き直る。
「エレーナ、竜に関することでアイシャから何か聞いてないか?」
「竜に求婚されたとは聞いていません」
求婚されていたら吃驚だ。
「そうではなく……竜を見た、いいや、嫌な夢を見たとか言っていなかったか?」
「夢、ですか?」
竜は幻惑魔法を得意としている。竜の被害にあいかけた人の証言には「夢で呼ばれた気がする」という者も少なくない。
「夢……最近寝た気がしないといっていた気はしますが、冬は忙しいからてっきり疲れているからだと」
エレーナが何か思い出したような顔をする。
「魔物の解体、手配するのを忘れていました」
「……解、体?」
「母様が狩った魔物を氷室に入れっぱなしだったのを忘れていました」
「氷室に入れておけば大丈夫なのでは?」
マックスの言葉にエレーナの目がきっと吊り上がる。
「魔物は鮮度が命。解体から買取に時間がかかると価格が落ちます」
「凍らせても鮮度は落ちるからな。暇なら手を貸せと言われてワイバーンの解体を手伝ったことがあるが、凍ったのをちまちま切るのが面倒で炎で溶かして輪切りにしようとしたらアイシャに怒られた」
「あれはお爺様が尻尾を焦がすからです。傷少なく綺麗に討伐するのが魔物素材の高値買取の基本。コツコツと小さなことを積み重ねて大金になるんです」
世知辛い。そして北部で狩られた魔物の素材が高値で取引されている理由が分かった気がする。
「マックス、レオ、話の脱線に巻き込まれるな」
そうだった。
ヒョードルの咳払いに我に返る。
「アイシャが竜の花嫁だとして、何らかの手段でアイシャが竜に浚われたと考えると何も言わずにいなくなったの説明がつきます」
「……浚われた」
反射的に握った拳に力が入り、大きく息を吐いて力を抜く。
「竜ではなく人間がやった可能性は?」
「ないことはないが、あのじゃじゃ馬にそんなことができるのはレオネルくらいだろう」
父上の言葉に全員の目が俺に向く。
「一応確認するが……レオ、やっていないよな」
「ぶん殴るぞ」
マックスを睨むと、「それはない」と父上が擁護してくれた。
「公爵邸も南の砦も俺が確認した。不審な点もスフィンラン一匹もなかった、レオネルではない」
俺が犯人だと疑ったのか?
「そもそもアイシャがタダでやられわけがないだろう」
全員が「確かに」と合唱する。そして全員が俺を見て一斉に頷く。そうだよな、アイシャとやりあったらこんなにピンピンしていないからな。
「アイシャは竜の討伐に慣れている。劣勢になっても悪あがきして竜を何らかの方法で捕えているはずだ」
「捕えている……竜の歌声を聞いた場所か」
フウラ夫人は頷くと、控えていた使用人に「ピレーネ村の地図を持ってきて」と言っていた。
「ピレーネ村?」
「はい。竜の歌声を聞いた者のいる村の中で一番大きな村ですが……何か?」
「その辺りの村の説明なら、もっと知る人物が明朝に到着する」
「ピレーネ村の竜の花嫁ですか?」
ルネとサイスが戸惑った顔を見合わせる。
「昔話ですよ。大昔に傷を治してくれた村娘に恋した竜が彼女を花嫁として遠くに連れていき、それ以来湖畔の村に生まれた治癒力を持った娘は彼女の生まれ変わりとして竜に嫁ぐ、そんな話です」
ロマンチックな恋物語風にしているが、若い女を竜の生贄にしていたということだろう。
「どうやって竜は娘を連れていくんだ?」
「湖の真ん中にある祭壇です。湖底にある祭壇で、船を漕いでいけば祠みたいのが見えます」
「ここで竜と花嫁が結婚するのだと、村の女の子たちのお気に入りスポットですよ」
竜、花嫁、そして祭壇。それらしいフレーズに期待が高まったが、「湖?」とフウラ夫人が首を傾げる。
「ピレーネ村の傍に湖なんてありませんでしたよ」
フウラ夫人の言葉に今度はサイスが首を傾げる。
「あったはずです。さっきの舟の話もそうですし、あの湖で釣った魚を食べていました」
「おかしいですね……」
フウラ夫人どころか、北部を知る父上やエレーナも首を傾げている。
「エレーナも知らないのか?」
「ピレーネ村には行ったことないけれど、この地図を見る限り湖があれば砦から見えると思うの。砦は山の中腹の高い位置にあるし」
エレーナの言葉に父上も頷く。
「枯れたということは考えられませんか?」
「枯れた?」
俺の驚いた声にルネが恐縮したように答える。
「村の北部はよく土砂崩れが起きていました。川の流れが変わって枯れた池を私はいくつか知っていますし、私もサイスも十年以上あの村の周辺に行っていません」
枯れた湖……。
「湖の話はここまでにしてさ、竜は花嫁を迎えに来て遠くに行くんだよな?」
「はい、北の山のほうに去っていくそうです」
「そこにアイシャがいるということか?」
マックスの言葉に頭をガンッと殴られた気持ちだった。
北部の山脈は広大な上に標高は高く険しい山々だ。竜に乗って上から探すにしても砂漠の砂から金の粒を見つけるようなものだ。
「いや、その湖を探すべきだ」
「父上?」
「あの山からアイシャを見つけるのは不可能、それは連れ去られるアイシャも分かっていたはずだ。分かっていてみすみす連れていかれるはずがない」
確かに。
「不意打ちで竜に捕まったとしても、アイシャなら竜の足なりや羽なりを切り落として墜落するほうを選びます」
「小父様の中の母様がアグレッシブ過ぎる」
エレーナの唖然とした声に思わず笑う。
「アイシャのモットーはどんな手を使っても勝つ。そう考えると竜のやつは最強最悪の花嫁を浚っていったというわけだ」
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