1-3 精霊が守る国キャスルメイン|レオネル
ここからは過去を回想するような話になります。
創生神の末の女神キャスルメインは地上に降り立ったとき一人の男に恋をした。
その男がこのキャスルメイン王国の初代国王。
人間であった男は永遠を生きる女神を残してこの世界から消え、愛する男が消えたことで女神は理性を失い、絶望から魔物を作り出す邪神になった。
父の創生神は慈愛に満ちた優しいキャスルメインの変貌を嘆き悲しみつつも、娘の生み出す魔物たちが人間を食い荒らすのを止めるため、神を殺す剣でキャスルメインを刺した。
女神キャスルメインから流れ出た血の一滴一滴が精霊になり、血の源である心臓からは4つの大精霊が生まれた。大精霊は、東部の海を守る水の大精霊「マリナ」。西部の山を守る風の大精霊「ゼフィロス」。南部の砂漠を守る火の大精霊「アイグナルド」。北部の氷山を守る氷の大精霊「スフィンラン」。
創生神は大精霊と精霊たちにこの国を守る人々を愛し、彼らを助けるように命じた。
精霊たちは『愛し子』を見つけ、愛し子に精霊魔法を授ける。どんな精霊に愛され、どんな精霊魔法を授けられるかは人間には分からない。ただ常人にはない力は魔物と戦い、病を治す、女神キャスルメインが愛した男の国を守る力となった。
全ての精霊が愛しい子を持つわけではないが、一人の人間が持てるのは一匹の精霊。なぜなら精霊は愛し子の魔力を糧としているため、一人の人間の魔力では養える精霊は一匹くらい。
しかし大精霊の場合は少し違う。
大精霊と言っても大きな精霊が一匹ドンッといるわけではなく、手のひらサイズの精霊がわちゃわちゃと愛し子の周りに集まっている感じにいる感じになる。何匹も大量に養うので愛し子の魔力は大きい。
だから普通の精霊は単体、大精霊は「アイグナルドたち」のように複数形で表現される。
そんな大精霊の愛し子は20年~30年に一度現れる。便宜上『現れる』と表現しているが精霊が選んでいるわけで、精霊にも好みがあるのか『愛し子』の出身地や家門などには多少傾向はある。
マリナとゼフィロスはそれぞれ東部と西部で生まれ育った者を好む。アイグナルドの場合は完全に血。ウィンスロープ公爵家もしくはその一族で丁度いい年頃の子どもがアイグナルドの愛し子になる。実際に俺の祖父も父もアイグナルドの愛し子だった。
スフィンランだけは愛し子を選ぶ基準が全く分かっていない。歴代のスフィンランの愛し子は、出身地域もばらばらで他国からの移民だったケースもあり、貴族のときもあれば平民のときもある。
大精霊の愛し子の出現は不定期だが、不思議なことに4人同時に選ばれる。だからアイグナルドの愛し子登場が愛し子捜索のキッカケになる。俺のときもそう、俺が大量のアイグナルドたちに群がられて愛し子だと分かったときに他の3人の捜索が始まった。
マリナの愛し子とゼフィロスの愛し子の捜索は比較的簡単、それぞれ西部と東部を探せばいい。マックスとヒョードルはどちらも貴族の家の子どもということもあって、それぞれの親がすぐに国に報告した。
スフィンランの愛し子、アイシャを見つけるのには時間がかかった。
アイシャがいたのは北部の寒村にある寂れた孤児院。突然降ってわいてきたスフィンランたちに驚いたとアイシャは笑いながら教えてくれたが、周囲の大人たちはその対応に困ったに違いない。
孤児院の院長が村長に報告し、対応を会議したのちに使いの者が領主のもとにいくことが決まり、その者が1ヶ月近くかけて領主の元に報告にいった。報告を受けた領主は対応を会議したのちに使いの者を村に確認に行かせることを決め、その者がまた1ヶ月ほどかけて本当にスフィンランの愛し子かどうか確認にいった。
そして『本当にスフィンランの愛し子だった』という報告がまた1ヶ月くらいかけて領主のもとに……一目見ればアイシャがスフィンランの愛し子だと分かることの報告に3ヶ月以上かかった。
そして領主は「本当だったのか」と一通り騒ぎ、対応を会議した後に使いの者が王都にいくことが決まり、その者は領主が書いた国王への報告を持って約2ヶ月かけて王都に辿り着き、謁見の申請をして約3週間後に国王に報告できた。
この間約半年、王侯貴族たちの間ではスフィンランの愛し子に対する期待値が爆上がりしていた。
他人事ではない、俺も同じだった。マックスもヒョードルも当時から将来を嘱望された子どもだったから、俺はスフィンランの愛し子も似たようなすごい子どもだと思っていた。
「は、はじめまして。アイシャ、ともうします」
国王の御前とは思えないたどたどしい挨拶。俺の周りにいる同じ年齢の令嬢たちに比べると二回りほど小さい体は、着ているドレスが豪華だったためより貧相に見えた。アイシャの境遇など何も考えず、自分の傲慢な物差しでしか測れない嫌なガキだと今では恥ずかしくなる黒歴史。
『孤児の愛し子』。
俺と同じような感想を抱いた誰かのささやきが波のように広がり、あっという間にその綽名が定着した。
アイシャが孤児であること、正確にはスフィンランの愛し子が孤児であることを最も嫌がったのは先代国王だった。
精霊にとっては人の決めた貴賤など全く関係なく、平民の愛し子が歴史に名を遺す偉業を達成した例はいくつもあると分かっていても、やはり愛し子は魔力の保有量から貴族の子女であることが多くて、先代国王としては「自分の代の愛し子が孤児」ということが自分の治世に対する汚点だと感じた。
「ただの平民ならまだしも、寄りにもよって親の顔も分からない孤児が愛し子とは!」
先代国王はそう言って公の場でアイシャを貶めた。
これは本来ならあり得ないこと。
本来、大精霊の愛し子は国王と同等もしくはそれ以上に大事にされる。国王に代わりはいるが愛し子には代わりはいないから。かといって愛し子のほうも「自分のほうが偉い」と振舞うタイプでもなく、そのため国王と愛し子は持ちつ持たれつという関係を維持していた。
しかし先代国王はアイシャに対してだけ威圧的に振舞った。
字も読めない無知な子ども。常におどおどして作法も礼儀も知らない子ども。よくよく考えればそれは国が運営する孤児院の質の問題なのだが、国王は『気に入らない』という態度でアイシャに接し、何かにつけてはアイシャを罵倒した。
さすがに父王のそんな態度が目に余ったのだろう、当時王太子だったヴィクトルはアイシャを学院に通わせることを提案した。
ヴィクトルとしては大人だらけの王宮よりも同じ年代の子どものほうがアイシャも気が楽だろうし、何よりも同じ大精霊の愛し子である3人がいるのだからアイシャにとってはそちらのほうが良い環境だと思った上での提案だったに違いない。
しかし嫌なガキだった俺。アイシャを受け入れてフォローするどころか率先してアイシャを虐めた。言い訳の余地がない虐め。言い訳させてもらえるならば、アイシャが孤児だったからではない。
俺はアイシャが『女』だったから嫌だった……いや、これのほうが始末が悪いかも。
当時の俺にとって『女』とは言葉が通じない気持ち悪い生物。
「お忙しいですか?」と聞かれて忙しいというのにくっついてくる。「好きですか?」と聞かれて嫌いと答えているのにそれを押しつけてくる。なぜ聞く。そして極めつけ、気に入らないことがあれば泣き喚く。この認識の主な原因は俺の母だというサンドラと、サンドラが俺と婚約させようとしていたカレンデュラなのだが、俺の周りに寄ってくる女はどれも似たり寄ったりだった。
女だから気に食わない、そんな態度で俺はアイシャに接した。
分からないところを教えてほしいというアイシャを俺は鼻で笑って突き放した。剣の手合わせですぐに負けるアイシャを「すぐに死ぬぞ」と嘲った。貴族筆頭のフィンスロープ公爵家の嫡男であった俺がそんな態度だったから、俺に忖度して周りもアイシャを虐めるようになった。
そんな環境でもアイシャは泣かなかった。いや、もしかしたら泣かせてしまっていたかもしれないが、誰かの前で泣いて同情を誘うような泣き得を狙うようなことはしなかった。
ただ生まれが孤児というだけで、アイシャは優秀だった。知らないのは学ぶ機会がなかっただけ。俺に忖度した教師たちにきつく当たられても学び続け、剣を弾き飛ばされても歯を食いしばって剣を拾って握り続けた。
そんなアイシャは同級生をどんどん追い抜き、あっという間に俺たちと競い合うようになった。剣では俺に勝つことはなかったが、それは幼い頃から鍛錬していた俺が優位だっただけ。学院に入ってから身につけた槍ではいい勝負、俺がアイシャに負けることもあった。
アイシャの変化はそれだけではなかった。
学院の食堂に勤務する栄養士が優秀だったのか、パサパサで灰色に見えた髪は艶やかな銀髪になり、少しふっくらして血色のよくなったアイシャは他とは一線を画す美少女だった。
そんなアイシャに周りの男たちが態度を変えはじめ、休日のデートに誘ったり、何をとち狂ったのか婚約を打診する奴もでてきた。男に言い寄られるアイシャを見ることが増えた。そのたびに苛立つ理由が当時の俺には分からなかった。
……本当に、馬鹿なガキだったなあって思う。
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