3-2 フウラの調査結果|ヒョードル
夕食の席でフウラが北部を調査した結果を話した。
「北部の中でも魔物の出現が多いところを中心に住民に聞き込みしましたが、エレーナ様が東部に来た日よりあとにアイシャ様を見たという者はおりませんでした」
北部辺境伯のところにも行き、アイシャの行方不明を説明し緘口令を敷くことを薦めたそうだ。
「辺境伯様は顔を青くし、アイシャ様から何も連絡は受けていないと仰っていました。エレーナ様のことはご存知なかったようなので特に何も言っておりません」
北部辺境伯は直ちに王都に送り、エレーナのことを知って吃驚したことだろう。
「アイシャが貴族たちの諍いに巻き込まれた可能性があるが、フウラ夫人の心証は?」
「シロです。そもそも北部の地域はアイシャ様お一人によって安定しているといっても過言ではありません。彼らにアイシャ様をどうにかする理由があるとは思えません」
レーヴェ様も同じ意見だったのだろう、フウラの言葉に満足気に頷く。
「ただ気になることが1つ。北部辺境伯が最近北部の魔物が減った気がすると言っていたことです。住民たちへの聞き込みでも同じ意見が聞かれました。それがエレーナ様が東部に来た頃、つまりアイシャ様が姿を消した時期と一致するのです」
僕達は魔物を上位・中位・下位で区別している。
下位級は草食系の魔物で、食用の肉として一般人でも狩ることが多い。知性が低いので魔素に侵されて狂いやすいが、小型で元々の攻撃力が低いため魔素にあてられて凶暴化しても狩りの経験者が数人いれば討伐できる。
中位級は肉食系の魔物で、素材採取を目的に冒険者が狩ることが多い。知性が低いのでこちらも魔素に侵されて狂いやすく、体も大きく爪や牙も鋭いので凶暴化した中位級の討伐は騎士隊が派遣されることが多い。
上位級は個体数が少ないレアな魔物で、肉食で魔法を使う個体もいる。知性が高いため魔素に侵されにくい反面、凶暴化すると討伐が困難で国は討伐隊を編成され将軍には討伐要請が出る。
住民の言う「周辺の魔物」とは下位級で、それが急に減る原因は主に2つ。自然災害の予兆か、もしくは中位級以上の魔物が凶暴化したか。
「これは眉唾物の話で、私も信じてはいないのですがいくつかの村の者が『竜が花嫁を迎えた』と言うのです。その証言者が1人だったり、まだ1つの村でしたら与太話と言えたのですが、周辺の複数の村で何人もがそう言っていたのです」
……竜?
「竜が出たのか?」
「姿を見た者はいませんが、そう言った者は『竜の歌声を聴いた』と同じ証言をしました」
「竜の、歌声……」
「それは竜が花嫁を迎えた標だと。一応その者たちに歌声を再現してもらったのですが……ギャンギャンとか、ギャオオオとか……歌かなって感じのものでした」
再現してもらったのか……歌声というより泣き声じゃないか?
「音痴?」
エレーナ嬢の素直な表現に、僕は全力で腹筋に力を入れて笑いを堪えた。
「そ、それを祝福するかのように春に雪が降ったと」
「雪?」
エレーナ嬢がフウラの言葉に反応した。
「母様がいなくなった日、風花が舞っていたわ。だから思ったのよね、母様がまたどこかで精霊魔法をぶっ放したんだなって」
満月の夜は魔物の活動が活発になるから、とエレーナ嬢は言う。アイシャは満月の夜は魔物に警戒していたらしい。
「もしかしてアイシャは竜を見つけたのか?」
それなら魔法をぶっ放した理由は分かるが、なぜ国に報告しなかったのか。確かにアイシャはいつも一人で討伐していたけれど、一人だからこそ発見したという報告は欠かさなかったはず。
しかも相手が竜なら、厄介なだけに絶対に報告している。
竜は上位級の中でも取り分け知性が高く、知的好奇心が強いのか人間の傍にいるのを好む個体が多い。竜の思考は人間に近く、人間に個性があるように竜にも個性がある。
つまり種類として「竜」で纏めているが、一口に竜といっても行動原理は様々。傍にいたい、役に立ちたい、遊びたい、食べてしまいたい。基本的にそれは本能によるものなので、ロマンチストな学者は「竜の求愛」などと言っている。
「北部は他に比べて竜種がよく出るからな」
北部の山脈のどこかに竜たちが暮らす谷があると言われている。だから竜の討伐に関しては北部の将軍であるアイシャが一番慣れている。
「過去に国に提出されたアイシャ様の竜討伐に関する報告書を読んではみましたが、竜の討伐が大変なことだけは分かりました」
読んだ?
アイシャのあのやる気のない字で書かれた個性的な報告書を?
「フウラ夫人、読むのが大変だったでしょう。読みづらいから綺麗に書けと俺は何度も言ったのに読めなくはないって。しかも討伐者に魔物の命名権があるからって、竜に対して『甘えん坊』『ヤンデレ』『クソガキ』なんて名前を付けるのはアイシャだけで」
レオの言葉にフウラは苦笑し、マックスはすいっと目をそらしている。マックスも報告書の字はやる気がない。
アイシャの名づけは竜の性格が由来。竜は精神魔法や幻惑魔法を使うので行動理由が分かることが多いし、性格は獲物の殺し方にも反映されるから分かりやすいといえば分かりやすい。しかし国に保管される正式文書に書く単語かな、国の歴史に残るんだよ?
アイシャは魔力が膨大だから報告書とか雑なんだよ。後世のために倒し方みたいなものを書いておいてほしいよ。若い竜はまだ魔法が下手だから力尽くでぶちのめすとか、考え方が脳筋だから。魔法が得意で搦め手でいく古竜がでたらどうする―――。
「竜……魔物は魔力の多い者を好む。魔力が桁違いの女、行方不明となれば……アイシャが竜の花嫁?」
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