2-13 素直じゃない女性|ルネ・サイス
「バーカ、お前が泣いたら閣下が泣けないだろうが」
「それは反省するけど、馬鹿がバカと言うな」
反論しながらもまだ涙が出てくる。一度泣いたら止まらないところは昔の虐められっ子のままだ。
僕とサイスは北部にある小さな村で育った。
ちなみに僕を虐めていた奴はこのサイスだ。
村は貧しく、こんな村に未来はないと子どもたちはある程度成長するとどんどん村を出ていった。4歳上のサイスは昔から体が大きかったのもあって早くに村を出ていった。体が小さくヒョロッとしていた僕は村を出るのに躊躇していて母さんが「あんたもそろそろ出て行ったら?」と呆れられるくらいグズグズしていた。
そろそろ行くかと重い腰を上げようとした日の夜、僕たちの村が魔物に襲われた。
魔物と戦えるような若い男たちは出ていった村。村の者はみな魔法が使えたが魔物を攻撃できない治癒魔法。瓦礫の下敷きになった母さんを治していたときに魔物が近づいてきて、その大きな牙を見て死ぬ覚悟をしたとき僕の視界は白く染まった。
―― 運が悪過ぎるんだけど!
そう叫びながら氷で作った槍を魔物に打ち込むアイシャ様のお腹はとても大きかった。
「流産は時間の問題だったんだって」
「そんな状態で人助けなんて……あの方は馬鹿だ。村なんて放っておけばよかったんだ」
僕もそう思う。
年寄りばかりの50人も住民のいない小さな村。いくら将軍でも、臨月の大きなお腹をしたアイシャ様が見て見ぬふりをしても誰も文句は言わない。
スフィンランの将軍は北部で暮らす者たちの唯一の希望。
雪と氷に覆われた北部で大規模な軍隊が行動することは難しく、魔物の大量発生や上級魔物の出現時は一騎当千の力を持つスフィンランの将軍に頼るしかないからだ。
臨月での流産はアイシャ様の命に関わる。北部の大勢の民が乗っているアイシャ様と数十人の年寄りの命。さらにその先アイシャ様が救うであろう何百何千の命を考えれば比べるまでもないのに。
◇ サイス ◇
「分かった、分かった」
30歳を過ぎたというのに相変わらず泣き虫なルネの頭をポンポンと叩いて慰めたあと、幼い頃やったように髪をグシャグシャにする。こうでもしないと自分も泣きそうだった。
村が魔物に襲われるかなり前に俺は村を出た。
治癒魔法使いが多いだけが個性の、北部のあちこちにありふれている貧しい村。領主様はあちこちに援助しているから1つの村への支援はほんの僅かで、出稼ぎ兼ねて村の外に出るというのが俺たち世代の当たり前だった。唯一の家族である母さんも「こうなるだろうと思ったよ」と笑って見送ってくれた。
しかし村を出る気はあっても村を出たあとの当てはない。
生意気で世間知らずだった俺は成功を夢に王都に行ったが、気づけば下町を牛耳る反社会組織の一員になっていた。社会の汚さに最初は苦しんだが、時間がたてば慣れて何も感じなくなる。アイシャ様の裁判の話を聞いたのもこの頃で、雲上人の貴族の醜聞を酒の肴にして笑っていたと思う。
村の壊滅を知ったのは、王都の下町で偶然村の者に再会したとき。
村がなくなったので村人たちは散り散りになったこと。母さんは生きているようだが、流石にどこにいるかまでは分からないと言われた。とりあえず村のあった場所に行ったがそこには人っ子一人おらず、途方に暮れてとりあえず近くの村にとった宿にアイシャ様が訪ねてきた。
―― カナさんのどうしようもない息子ってあなた?
聞けばアイシャ様を加護するスフィンランが俺のところにアイシャ様を連れてきたそうだ。
そして再会した母さんは俺が想像していた意気消沈した老婆ではなく、アイシャ様に紹介された養護院で子どもたちに囲まれてイキイキと働いていた。
―― 子どもの10人や20人、あんたの世話よりよほど楽だよ。
母さんを助けただけではなく生きていく術を与えてくれたこと。そして母さんにもう一度会わせてくれたこと。俺はアイシャ様に深く感謝した。
ルネに再会したのもこの養護院だった。
昔から賢かったルネは子どもたちに読み書きと簡単な計算を教えていたが、こいつは兵士になろうとして北部の砦に特攻しては断られていた。それなら俺もと志願したが、アイシャ様は自分に部下はいらないんだの一点張りで受け入れてくれる様子はゼロ。
それでもルネがしつこく追いすがったら、アイシャ様は常に人手不足だからと南の砦にいってほしいと言われた。
アイシャ様に言われたことだからとルネは南部行きを即決。一人で慣れない土地に行くのが不安なら俺も連れて行けとアイシャ様が言うと、母さんも「アイシャ様にご恩返ししてきな」と大賛成。俺外見の1つも言う間もなく、俺たちは南部に行くことになった。
俺は南部の将軍がアイシャ様の元夫だと知っていた。だからなぜ俺たちを南部にやるのだとアイシャ様に尋ねたら、嫌がらせと可愛く笑って誤魔化された。素直じゃないなって思う。
南部の砦で北部からきた志願兵なんて直ぐに「訳あり」だと気づく。流石にレオネル様だってそこまで鈍くない。
俺たちはレオネル様の部下だけど、レオネル様にとってはアイシャ様からの預かり品。だからこそレオネル様は俺たちを無下には扱えず、「自分を大事にしてほしい」という泣く馬鹿真面目なルネの言葉には素直に従って食事や睡眠をとり、怪我したら治療を受けた。「閣下はアイシャ様の言うことしか聞かなかったから」と南部の騎士たちは悲しげに笑い、俺たちがきたからレオネル様は大丈夫だと言った。
みんな分かっていた。
「アイシャ様はレオネル様を守りたかったから俺らを南部に行かせたんだ」
「分かってる。分かっているけど、誰ならアイシャ様は守られてくれるんだよ」
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