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2-6 嫉妬は自分を傷つける|ヒョードル

「おかえりなさいませ、旦那様」


今夜も城に泊まればいいというヴィクトルの誘いを断ってトライアン伯爵家のタウンハウスに帰れば執事が出迎えてくれた。深夜に帰るから家族は起こさないでいいと告げてある。実際に執事以外に出迎えがないことに安堵した。


「あとは自分でやるから、執事も休んでくれ」

「畏まりました、お休みなさいませ」


なんとなく階段をゆっくり昇ってしまったのは、問題を先延ばしにしていたに過ぎない。


「旦那様……」

「……フウラ」


僕の部屋の前に立っていたフウラから思わず目を逸らす。深夜の帰宅が申し訳ないとか、お酒の臭いをさせているのが気まずいとかが理由でないことはお互いに分かっている。



アイシャの娘だというエレーナ嬢が一人でトライアン伯爵領の領主館に来たとき。レオネルとアイシャの二人に似たエレーナ嬢を見たとき。そのときからずっとこの瞬間がくることを考えていた。


それを先延ばしにしたくて、僕はエレーナ嬢と彼女に頼まれて呼び出したレーヴェ様と一緒に一足先に騎竜で王都に来た。後を追うようにフウラは子どもたちと馬車に乗ってこちらに来て、無事にタウンハウスに着いたというフウラからの連絡に「しばらく忙しくなる」とだけ返してずっと城に泊まり込んでいた。


こうして帰ってきたということで、彼女にもそういうことだと分かるのだろう。



「フウラ、子どもたちは?」

「もう全員寝ていますよ。夕食はお食べになりましたか?」


先を急く気持ちがお互いにあるのは分かるが、夫婦の習慣といえるやりとりをついしてしまう。


「食べてきたよ。フウラ、ちょっといいかな」

「はい、もちろんです」


ずっと心の準備をしてきたのに、いざというと声が震えてしまった。それを誤魔化すように柔らかい微笑みを維持したまま部屋の扉を開け、フウラを中に通す。



「フウラ、君とガルーダ商会長はどういう関係なんだ?」

「ガルーダ商会長のことはもちろん存じあげておりますが、私との間にこれといった関係などありませんわ」


フウラがこう言うことは想像していた。でも幼い頃からよく一緒に過ごしていたから、フウラが罪悪感で苦しんでいるのが分かる。そしてフウラは、罪の告白は罪悪感からの逃げだと思っている。



―― ヴィクトルにも言ったけれど、夫婦なんだから俺に構わず支えてやれよ?


ありがとう、レオ。


君の優しさに甘えさせてもらうよ、僕はフウラの夫なんだ。



「フウラ、先に言っておくが全て今さらなことだ」


フウラはあの裁判でアイシャがガルーダ商会長とホテルにいるのを見たと証言した。その証言をもとにホテルのスタッフに聞き取りを行い、実際にその日にガルーダ商会長がホテルに宿泊していたことの確認が取れ、ルームスタッフから夜に女性の客が来たという証言がとれた。


フウラだけの証言ではなかった。でも僕がアイシャがガルーダ商会長と不倫していたと信じたのは―――。

 

「フウラ、僕があのときアイシャの言葉を信じなかったのは君の言葉を信じたからだ。また同じことがあったらやっぱり僕は君の言葉を信じる、君が僕の愛する人だからだ。世界中が君を責めても、僕だけは絶対に君の味方になる」


僕の言葉にフウラは目を見開くと、その目からポロポロと涙がこぼれ始めた。



「申しわけありません」


謝るということは、嘘を吐いたと認めたことになる。僕は両手で顔を覆って本格的に泣き始めたフウラを抱きしめ、子どもにやるように髪を撫でる。


「15年間、ひと時も忘れたことはありません。ずっと後悔していました」

「うん」

「私は醜い嫉妬で嘘を吐きました。分かっていたんです、アイシャがレオネル様以外と男女の関係になどなるわけがないと。それでも……」

「僕のどの行動が君に不安を抱かせたのか分からないけれど、僕にとってアイシャは愛し子仲間で親友の好きな人でしかない。昔も今も僕が好きなのは君だけだよ」



確認したわけではないけれど、フウラがアイシャに劣等感を抱いていることには気づいていた。


フウラは僕にとっては世界で一番可愛い人だけれど、アイシャみたいに誰しもが認める美少女というわけではない。


大精霊の愛し子ならではの悩みは他人には理解されにくいことが多いからアイシャと話が合うことは多かったのは事実で、僕は男でアイシャは女だからどうしたって仲良くしていれば勝手にいい仲だと妄想もされる。


そんなことが積み重なってフウラは嘘を吐いたのだろうか。



「ごめんなさい」


そう言って泣くフウラに掛けられる慰めの言葉はもうなく、ただきつく抱きしめた。




「フウラ、君にお願いがある。僕が一番信じている君にしか頼めないことだ」

「分かっております」


そう言って僕の胸元から顔を上げたフウラの目は、赤く腫れてはいたけれど強い光を宿していた。


「この5年間で北部で起きたことを調べてくれ。どんな些細なことでもいい、噂でもいいから徹底的に調べてくれ」

「その5年という期間に根拠は?」

「エレーナ嬢との会話の中で10歳のときのアイシャとの思い出があった。だから……アイシャに何かあったとしたらこの5年間ということになると思うんだ」



「分かりました。私自身で北部に行って調べて参ります」

今回のタイトルは"Envy shoots at others and wounds itself."(嫉妬は他人を射抜くが、自分自身に傷を負わせる:嫉妬心が他人を攻撃しようとして、結局は自分自身に害を及ぼす)ということわざ・格言からきています。


ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。

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