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2-1 子は親を映す鏡|レオネル

部屋の扉を叩く音。部屋の中に戻り扉を開けると城の侍女のお仕着せを着た女がいた。


「お手紙をお持ちいたしました」


軽く頷いてトレーにのった手紙を受け取るものの、下がろうとせずそわそわする侍女。目的を察しつつも他にまだ用件があるのか聞いた。


「あの、お茶をお淹れいたしましょうか?」

「必要ない」


気遣いに見せかけて部屋に入ろうとする侍女の鼻先で扉を閉めた。これだから城は嫌だ。



苛立つ気持ちのまま手紙をひっくり返し、送り主が【エレーナ】であることに驚く。友人3人の誰かからきた朝食の誘いだと思っていたから、気軽な気持ちが一瞬で吹っ飛んだ。


「急いで着替えを……いや、酒の臭いが残っていたら嫌だから風呂を……いや、時間がないからシャワーだな」


シャワーを浴び、部屋中をバタバタと動き回って服を選ぶ。選ぶと言っても大した服はない。蜻蛉返りだからとスーツの一着も入れてこなかった自分の迂闊さを悔やみつつ、なんとか格好のつく姿になった。



侍従が来て、あの子が滞在しているという別棟に案内された。


この別棟は外国からの大使など要人が滞在するため侍女も侍従も厳選されている。警備面とあの子を隠すためのヴィクトルの配慮なのだろう。



「ウィンスロープ公爵をお連れしました」

「はーい」


許可を出すあの子の軽やかな声に緊張が高まった。


「おはようございます、小父様」

「おはよう、招待してくれてありがとう」


俺は花束を渡す。これは俺を迎えにきた侍従が気を利かせて用意してくれたもの。花束を嬉しそう見る彼女の様子に、彼には改めて礼をすることを決めた。


そしてテーブルには、俺の父、レーヴェ・フォン・ウィンスロープ。


将軍位は父上たちの代から俺たちの代へと移ったけれど愛し子であることは変わらず、俺に付いてきていたアイグナルド数匹が父上の元へ飛んでいった。


「お久しぶりです、父上」

「元気そうだな」


父上が彼女を城まで連れてきたこと、彼女が『お爺様』と父上を慕い信頼していることをヒョードルから聞いていたが――。


「お爺様、小父様がきたのだから新聞を読むのはやめて」

「はいはい」


二人の姿をやり取りを見る限り、随分と昔から親しくしているように感じられた。 



「父上が城にいることをあの女は知っているのですか?」

「今のところ突撃訪問されていないから知られてはいないのだろうな」


父上はサンドラを蛇蝎のごとく嫌っているが、サンドラは父上に妄執している。父上が彼女を見た。ここにいるのは彼女のため、そのために父上は我慢して王都にいる。そして王都なら城に滞在するのがベター。あの女の実家であるのは嫌だろうが、ホテルに滞在しようならば元王女の特権だとばかりに無茶難題を叫んでホテルに迷惑をかけるに違いない。



「安心しろ。エリーに危害を加えるならもう容赦はしない、全力全開で消し炭にしてやる」


「“エリー”?」

「可愛い愛称だろ?」

「んもう。小さい子どものようで恥ずかしいと言ったのに、お爺様ったら」


「その、お爺様とは?」

「いちいち煩い奴だな。10代のエリーからしたら50代の私なんて爺さんだろう?」


爺さんという表現には違和感しかない。父上は精霊の加護で30代後半にしか見えない。もっと正直に言えば、俺を飛び越えて祖父扱いされていることが少し気に食わない。



「色々聞きたいことはあるだろうが、まずは食事にしよう」


父上がテーブルの上のベルを鳴らす。


このベルは魔導具で城の使用人を呼び出せるようになっていて、しばらく待つと侍従と、その後ろにワゴンを押した侍女たちが部屋に入ってくる。どの侍女も好奇心の隠せない顔。おかしい、ここは貴賓用の別棟なのに守秘義務も理解していない侍女ばかり。先ほど言い寄ってきた侍女といい、侍女の質が大分落ちたのだろうか。


この子は不快に感じていないだろうか。


目を向ければパチッと目が合って、彼女はニコッと微笑む。人畜無害な無垢な少女に似合う微笑みであるが、アイシャを知る者ならば誰もが口を揃えて「何か企んでいる」と言うに違いない。



「小父様、カモミールのハーブティーはお好きですか?」

「え? あ、たまに飲む程度だけど……」


想定外の言葉に戸惑う……ハーブティー……。


―― レオは何でも難しく考え過ぎよ。


アイシャはよくカモミールのハーブティーを淹れてくれた。もちろんアイツは素直じゃないから「ストレスで胃を痛くするんだから馬鹿よね」と余計な一言付きで。



「本当は薬みたいで好きじゃないくせに意地を張って好きだと言うから沢山飲ませてやったわ」

「なんだ?」

「そう母様が言っていたのを思い出しました……ふふっ、“たまに飲む”ですって」


なぜ突然そんな話をするのかと問う目を向ければ、彼女は目線だけ少し侍女たちに向けたあとニコニコと微笑む……仕掛けたのか。


10代とは思えない自然な演技力に感心しながらも、ここまで成長するのに俺はその過程の何一つ知らないことが悔しい。我侭な話で、彼女たちにとっては理不尽な話。


 ◇


「失礼いたします」


食後のデザートを嬉しそうに頬張る彼女を父上と共に見ていたら王妃の専属侍女がきた。


なぜ?

この子はもちろん、アイシャも王妃とは特に面識はないはずだ。



「エレーナ様、王妃様がよろしければお茶をご一緒したいと仰っておいでです」

「王の小父様もご一緒ですか?」


王の小父様とヴィクトルを愛称で呼ぶことで、この子は自分を王ではなくヴィクトル個人の客としてここにいることをこの子は主張している。ヴィクトル個人もしくはヴィクトルたち夫婦に呼ばれるならまだしも、王妃に呼び出される筋合いはないと言っている。


同じことに気付いたのだろう、王妃の専属侍女の微笑みが硬質なものになる。


「国王陛下は朝議がありご一緒ではありませんが、王妃様は朝露の美しい庭をお嬢様にお見せしたいそうです」


その言葉に苛立つ。朝露で美しい庭を見せたいと朝のこの時間に言うということは『今すぐに来い』という意味になる。


「おい……」

「エリー、お前の好きにしなさい。君はスフィンランの将軍アイシャの名代でここにいるのだから」


俺を遮って父上が発した言葉に専属侍女の顔が青くなる。


この国の安寧が精霊によることは常識で、耐魔物戦線の防衛の要は大精霊の加護を持つ将軍位をもつ愛し子。国を守るために王族も大精霊を敬い、その愛し子には王族へのものと同等の振舞いをする。それがこの国のルールだ。


それに加えてこの子はあのアイシャの娘。


アイシャが国を守るのはボランティアだと豪語したのは有名で、気に食わなければいつだって将軍を辞めると宣言している。魔物の大海嘯と例えられるほど絶え間なく湧き出る北部の強い魔物を単身で退けるアイシャ。彼女がいなければこの王都などあっという間に魔物たちに呑み込ませてしまうだろう。



―― 愛し子に戦いを任せきりにすることを当然の権利だと思わないでほしいのよね。


そう言うアイシャの手は豆だらけで、体もあちこち傷だらけだったけれど、「どうせなら美しい世界で生きたいじゃない」と笑う彼女はとても美しかった。

 


「お爺様、王妃様のお茶会に行ってまいりますわ」

「無理する必要はないぞ」

「だって王妃様は私にどうしても会いたいみたい。どうしてなのかしらね?」



この子は幼くても、その目はいたぶる獲物を捕まえた猛獣の目……子は親を映す鏡とはよく言ったものだ。

ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。

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