1-12 幸せな夢の終わり|レオネル
これで過去の話は終わりです。
夜会会場は俺の予想以上に荒れていた。
「マーウッド伯爵令息は結界魔法の精度が上がったな、気遣いもよくできている」
マックスは降ってくる水と硝子の破片から参加者を守るために結界を張っていた。ホーソン父娘とサンドラを入れた結界と他の参加者を分けているところが父上のいう気遣いだったのだろう。うるさくて堪らなかっただろうからな。
「全てが終わるまであの結界は何が何でも解かないでいてもらおう」
「同感です」
俺と父上を見つけたカレンデュラとサンドラが狂ったように結界を叩いている。俺はいざというときのために持っていた魔力回復を持ってマックスの元にいき、絶対に結界を解除するなという思いを込めて回復薬を手渡した。
「それで、マックス。何があった」
「レオ、何があってこんなに遅かったんだよお」
父上と恋愛話していましたなんて言えるわけなく、ひたすら謝罪を繰り返すことになった。
「さっきからずっとアイシャの氷の塊が降ってくるんだよ、ガラスより怖いんだけど」
「もう少し頑張れ、東の」
「え、南の将軍? え、あの、どうしてここに?」
気遣うような視線が父上とサンドラを行ったり来たりしていた。
「それよりもこの魔力はどんな魔物のものだ。魔鳥か?」
父上の言葉にマックスが頷き、俺と父上は上を見た。
「どこだ?」
「いまはどこにいるか、ちょっと分かりません。ただアイシャが追っています」
ドコオンという音がして太い氷の枝が壁から生えた。
「また来た!」
マックスがマリナの力を借りて水の防御膜を結界と二重になるように張った。ぽよんっと跳ねて浮いた氷の塊を父上が精霊魔法で溶かす。
「やる気満々だな」
「下でマックスが客を防御しているとはいえ、ちょっと豪快すぎやしないか?」
バラバラ落ちてくる氷の塊に父上が眉を顰める。
「討伐じゃなくて捕獲しようとしているのか?」
「ホーソン侯爵の要求です。魔鳥を殺した場合は損害賠償を請求すると言われまして」
ただ、とマックスは言葉を切る。
「アイシャは『失敗したらごめん』ですませるつもりらしく、遠慮も配慮も一切していません」
「睡眠香もない状況で魔鳥の捕獲はほぼ無理だ。正しい判断だ、俺が擁護しよう」
頭上に降ってきた氷塊を俺は慌てて魔法で溶かた。
「思い切りがいいところは好ましいが……レオ、いいのか?」
「何がです?」
父上が理解の足りない困った子どもを見るような目で俺を見た。
「ドレス姿なんだろ、それも『めっちゃ可愛い』くらい」
「……ああ、まあ、そうですね!」
あそこで蒸し返した父上、結構性格が悪い。おかげでマックスに生暖かい目で見られた。
「ドレスということはスカート。上を飛び回っていたらスカートの中身は丸見えだぞ?」
「あ゙?」
父上の目線を追ってみれば、丁度頭上でふわりとアイシャが着ていたドレスと同じ色の花が咲いた。スカートだと認識した瞬間、きれいな脚が上まで続く光景が目に焼き付いたが……その先に見えたのは短パンだった。
いまでは色々と記憶の補正はできるが、当時は無理な話。少々がっかりしたのはよい思い出。
「息子よ、騎士科で何を学んでいる。確かに綺麗な脚をしているが、騎士科の女性全員に配らえる短いズボンを履いているようだ」
父上のその指摘は余計だった。
「なにをじっくり観察しているんだ、変態親父」
「初めてまともに口をきいた父親に対して変態とは……まあ、いい。お前は胸か脚かでいえば脚のほうか」
「いえ、レオは胸のほうですよ」
父上がマックスの言葉でしょげた。
「父上は脚のほうの人ですか」
「父子で好みが違うのは仕方がない。気持ちのいい戦いをする女が好ましい点は変わらない、脚も綺麗だしな」
「脚は忘れろ」
父上は美脚が好きだという不要な情報がこのとき手に入った。
「力技で押していくタイプのようだが鳥相手には決め手に欠けるな。交代する。レオ、両腕を真っすぐ伸ばすように突き出せ」
「え?」
「早くしろ。そして踏ん張れ」
そう言うが早いか父上の指先から赤く光る線が出て、じゅうっという音をたてながらアイシャの作った氷の足場を切り抜いた。
「キャッ」
「うわっ」
あると思っていた足場がないことに驚いたアイシャが悲鳴をあげるのと、俺が慌てて腕を突き出すのが同時だった。
「よし!」
「雑っ!」
「え……? なに……? え?」
「スフィンランのアイシャ嬢、ご苦労だった。あとは俺が殺ろう」
父上は状況理解ができていないアイシャを労うと、アイシャが作った大きな氷塊の上に乗り、「鳥は焼き鳥に限る」と言いながら天井に向かって火の魔法をぶっ放した。真っ黒になった魔鳥の死骸が落ちてきて、落下地点のすぐ傍にいたサンドラが悲鳴を上げて気絶した。絶対にわざとだった。しかし嫌がらせであっても魔法の精度や威力はすごいな。
その感動に近い感想は俺だけでなくアイシャも抱いていて――。
「格好いい……」
「は?」
「南の将軍閣下ってめちゃくちゃ格好いいですね!」
「ちょっと待て! お前のこんな目をキラキラした顔は初めて見るぞ!?」
◇
「なんで!」
ハッとして目が覚めた瞬間に浮遊感を覚え、次の瞬間俺は椅子から転がり落ちて腰を床に強く打ちつけた。
痛い……ここは、城の客間か……夢、か……夢だよな。
テーブルの上を見れば、畳んだハンカチの上に置いておいた剣飾り。朝焼けのような紫色の石がついた剣飾りをアイシャは『嫌がらせ』と言って卒業のときに俺にくれた。俺もアイシャに『嫌がらせ』と言って夕日のように赤い石のついた剣飾りをやった。
あの夜会はそれより遠い昔の思い出。
精霊の影響具合によって個人差があるが、精霊の加護が少なからずある者は老化が遅い。愛し子と長くいたいという精霊のわがまま。大体20歳前後で成長が止まり、20代半ばから30歳くらいで加齢が止まる。だから俺の見た目は20代後半。
60歳を過ぎた頃にゆっくり加齢しはじめて、平均寿命プラス20〜30年のときを愛し子は生きる。
人生120年としても、40歳にもならない俺はまだ折り返しにも達していない。この無為に長い人生を俺はずるずると無駄に生きていくと思っていた。
朝起きて、仕事をして、疲れたら眠る。魔物の出現や野党の討伐など仕事内容の変化はあるが、俺のプライベートにさほどの変化はない。
「服のまま寝てしまったか」
皴になったシャツを見下ろしてため息を吐く。剣飾りの横に置いたグラスにはまだ酒が半分残っていて、酒の臭いに眉を顰める。
洗面台に酒を捨ててグラスを軽く洗い、ピッチャーの水を入れて喉の渇きを癒す。1杯では足りなくて、立て続けに3杯飲んたところで昨夜は酒を飲み過ぎたと反省した。
「今朝は冷えるな」
ベランダに出ると人工的な匂いがする風が吹き付けてきた。南部の砦の乾いた風とは違う、冷たいと感じた風から俺を守るようにアイグナルドたちが集まりはじめる。
「ありがとな。もう大丈夫だから遊んでおいで」
俺の言葉にほとんどのアイグナルドたちが庭のほうに飛んでいったが、数匹がもじもじと懇願する目で俺を見る。
「ダメだよ」
精霊たちがチラチラと見ている窓の部屋は、恐らくあの子がいる部屋。スフィンランたちがあの子を守るように窓の外にいる。
「気持ちはわかるけれど、あの子をお前たちが守っちゃいけないんだ。ごめんな」
精霊は愛し子のお願いを断れない。だからアイグナルドたちは少し寂しそうしつつも納得して庭のほうに飛んでいった。
妖精は自然を好む。これから花が咲く城の庭は遊んでいて楽しいだろう。精霊たちが好むから、あの庭を俺はよくアイシャと一緒に散歩した。
―― 私たちの子はどっちの妖精に好かれるかしらね。
「どっちの精霊にも好かれているよ」
やっぱり夜明けの空はアイシャの目によく似ている。そう思ったら、俺の視界で朝日がぼやけた。
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