1-11 恋の自覚は突然に|レオネル
浴びるように酒を飲むものの酔えないのは、割れた剣飾りが気になるせいか。
嫌な予感が消えない。
手を伸ばして歪んだ金具を手に取る。
伝書鳩の足環のような銀の輪……ふと、あの魔鳥騒ぎを思い出す。
避け続けたホーソン侯爵家の夜会に王命という形で強制召喚され、俺は星になんて興味ないくせに星が好きな振りをして休憩時間の延長を目論んでいた。このときは2時間くらいエスコートしたあとで、可愛い嘘くらいは許せって気持ちでいた。
俺を呼ぶカレンデュラの声は聞こえないふりをした。悲鳴のような感じもしたけど、気にしない、気にしないと思っていたが……流石に無視できなかった。
「もう帰りたい……って賑やか過ぎないか?」
俺を呼んでいたのはカレンデュラだけだが、騒いでいるのはカレンデュラだけではなく、悲鳴のような叫び声は老若男女が混じっていて、流石におかしいと分かる。
でも中に入ったらカレンデュラに絡まれそうで、そうなったらサンドラとホーソン侯爵もやってくると思うと嫌で、窓から中を確認するかと思って覗き見しようとしたら窓ガラスに水がかかり、なんだと思った瞬間にその水が凍った。
バキバキと音を立てて氷が拡がっていく光景は圧巻だったが、何があったのか全く分からなくなったが、誰がそれをしたのかはすぐに分かった。あんな大規模なことができるのはスフィンランとマリナだけ。
「何があったか分からないが息ピッタリだな」
水を素材とする二人は気が合うこともあって、アイシャとマックスはよく精霊魔法を組み合わせる練習をしていた。その成果が出て良かったじゃないかと思いつつも、いつものように「上手くいった」とハイタッチしているであろう二人を想像すると胃の辺りが苦しくなった。
今ではそれが嫉妬だと分かるのだが、当時の俺は消化不良かななんて考えていて、アイグナルドにひっつかれて驚いて尻もちをついた。続いて飛んできたアイグナルドたちが俺を建物の中に連れていこうとした。
いつもよりアイグナルドが周りに少ないことには気づいていたが、俺はサンドラが近くにいたからだと思っていた。アイグナルドは愛し子である父上を傷つけたサンドラを嫌っていて近づかない。例えるなら人間がすごい悪臭のものから顔を背けるような嫌がり方をする。
それを思い出してようやく気付いた、嫌いなら逃げていくアイグナルドがアイシャにくっつく理由……我ながら鈍感すぎる。
「ちょっと待て、待て……嘘だろう? ……嘘だ」
俺はこの日ようやくアイシャへの恋心を自覚した。
自覚してパニックになった。
俺が恋なんてするなんて、考えたことがなかった。恋をするどころか、恋というものを嫌悪していた。父上に恋をしたサンドラがやったことを知っているから、俺にとって恋は醜悪な欲の塊だから。「恋をした」なんて醜悪な欲を美しく飾るための嘘だから。
ただ女に嫌い以外の感情を抱いたから戸惑っているだけ。
前向きな姿勢が好ましいとか、柔軟な発想で効率の良い戦いをする点への尊敬とかに違いない。
ここは恋なんてありえないって、笑い飛ばすところじゃないか?
そうだろう、と自分に言い聞かせた俺の滑稽なこと。
認められない理由はもう1つ、だって――。
「俺は彼女に嫌われているんだ」
俺の恋の道、自覚から失恋までは一直線の逃げ場のないコース。しゃがみ込んで愚痴る情けない姿をアイグナルドに晒しつつ、きょとんとした顔のアイグナルドに癒されていた。
「きつく当たったのは悪いと思っているんだ」
時間を巻き戻せるならと思うが、巻き戻っても同じことをするに違いないと思っている。俺にとってアイグナルドたちは家族で、時間が戻っても俺は精霊に相応しくない態度はやっぱり好ましくないと思うだろう。
「この夜会だって、アイツは来る必要がないんだから来るなよ。誤解でも俺に婚約者がいるなんて思われたくなかったんだよ、馬鹿野郎。美味い料理に釣られるなよ、そんなに食うのが楽しみかよ、何だよ『婚約おめでとうございます?』って! あの恰好すっげえ可愛いんだよ!」
相談はどんどん愚痴になった。アイグナルドたちが一匹一匹と離れていったが、俺は自分に呆れてアイシャのところにでも行ったと思った。
「……冷たくないか?」
慰めろとまで言わないけれど、傍にいて欲しかった。あと言うなら、自分の欲に素直なところが羨ましかった。そんなことを考えていたから――。
「うわっ!」
アイグナルドに大量にひっつかれて驚いた父上が声を出すまで、父上がそこにいたことにすら気づかなかった。気づかずに愚痴っていた。
「ち、父上。もしかして……聞いて?
「その……ああ、すまん」
すいっと父上は俺から目を逸らした。ばっちり聞かれた。聞いてはいけないことを聞いてしまったという顔を父上はしていた。
「どこから?」
「俺は彼女に嫌われているんだ、あたりから?」
「それ、ほぼ最初からです」
「あ、そうなのか」
この日、父上として接するときのいつもの気まずさに羞恥心が勝った。
「いるならいると大きな声で存在を主張してください」
「すまない。しかしこんなところでお前がアイグナルド相手に恋愛相談を愚痴っているとは思わないだろう?」
「そうですね! すみませんね、変なところで愚痴って。パーティー会場ならばあちらですよ」
やけっぱちで『あっちいけ』と会場を指さす俺に父上は驚いた顔をした。
「お前、そんな性格をしていたのか」
「そうですね」
「そうか……しかし異様な盛り上がりだな。なぜガラスが白い、火事? いや、氷?」
少し離れたところでガラスの割れる音が響いた。庭園にガラスの破片がバラバラ落ちてきた。
「宴もたけなわ……少々盛り上がり過ぎではないか?」
「……そうですね」
近くにいたスフィンランがアイグナルドの頭を撫で、それにアイグナルドが喜んでいるのを見て父上は色々察したらしい。
「片思いの相手はアイシャ嬢か」
「そーですよ! いまそれ、関係あります?」
「当たり前だ。今回俺が来たのはお前の婚約に王家は一切手を貸さないという約束を国王が破ったからだ。王命など使いやがって、折角だからお前とホーソン侯爵令嬢の婚約もぶち壊す」
「あ、ありがとうございます」
「……両想いならそのままアイシャ嬢と婚約させようか? 片思いならやめておく……ああ、うん。あの様子では婚約まで時間がかかりそうだな。仕方がないか、惚れたほうが負けというしな」
「そうですね」
「潔く認めたな」
あんな恥ずかしいことを聞かれ、アイシャに惚れていることがバレていて、これ以上意地を張って否定するほうが恰好悪いじゃないか。
それに話し続けるにはバンバン割れるガラスの音が気になった。いや、気になるより最早「気にしなくてはいけない」レベルだったのだが。
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