1-10 フラグは回収するためにある|マクシミリアン
「さて、今夜は飲むか」
城の客間にこれでもかってくらい用意してもらった酒と肉。今夜は酔う、思いきり酔っ払ってやる。酔っ払わなきゃ……息もできない。
「あ……この肉……」
アイシャ、好きだったっけ。
アイツ、なんでも食ったもんな……偏食だったけど、野菜食わなかったし……馬鹿だ、俺。なんで野菜のつまみを頼まなかった?
アイシャとの記憶は、食べ物に連動しているものが多い。
初めてアイシャをエスコートしたとき、女性をエスコートしたのは初めてじゃなかったけれど、あんな豪快にパーティー会場の料理を食べる女は初めてだった。
そう、あのパーティーはホーソン侯爵家の夜会。
カレンデュラ夫人の18回目の誕生日パーティー。
◇
「楽しめてるか?」
「珍獣になった気分だけど、食事が美味しいから許せる」
アイシャはもの珍しそうに周囲を見つつもフォークの動きを緩めなかった。作った者の努力が浮かばれるような動き。味も見た目も妥協せず用意される食事だが、社交が主目的だから貴族の夜会ではつまむ程度しか食べらない……のが定説なのだが、それなら遠慮なく食べられるとアイシャは食い漁っていた。
所作はきれいだから『漁る』という感じに見えないが、戦果を見れば十分食い漁っていた。
俺たちは王命でホーソン侯爵家の夜会に四将軍揃って出るように言われ、さらにレオは年齢と身分が最も合うという理由で夜会の主役であるカレンデュラ夫人のエスコートを命じられた。
カレンデュラ夫人のエスコートを断り続けたレオの強制召喚に俺たちは巻き込まれた形。
国王の暴走をとめられるヴィクトルは婚約の白紙で問題が起きたということで急遽隣国にいっており、アイシャと違って貴族のしがらみがある俺とヒョードルは渋々受け入れた。ヒョードルはフウラ夫人がいたが俺はフリーで、肉をエサにしてアイシャを誘ってみたらあっさり釣れた。
会場ではホーソン侯爵とウィンスロープ公爵夫人が並んで微笑み合っていた。本人たちはあれで外堀を埋めたつもりらしいが、周りはネタが透けてみえる三文芝居を無理やり見させられているような白けた顔をしていた。
「レオネル様も色々大変ね」
肉の咀嚼を終えたアイシャの一言目に驚いた。名前呼び。しかもアイシャはその薄紫色の瞳で気遣うようにレオを見ているからもっと驚いた。
「いつの間に名前呼び?」
「なぜか最近アイグナルドに懐かれちゃって、それを迎えにきた公子様とそれなりに話すようになったの。見た目と雰囲気が違うなって思ったとき、私もレオネル様を公子って色眼鏡で見てたんだなって反省した」
ふうっとアイシャは一息ついた。
「レオネル様にはいろいろ難癖つけられたけれど、おかげでこうして生きていると思うと感謝の気持ちも湧いてくるのよね」
アイシャは学生時代から北部の魔物討伐をしていた。
北部は魔物の海嘯と言われるくらい魔物が多いが、あの地域は雪深くてあちこちが凍っているため他の地域のように大規模な兵の投入はできない。結局、当時はスフィンランの将軍閣下とアイシャのほぼ二人で討伐していた。
「北部は愛し子の負担が大きいからな」
「仕方がないわよ、おかげで取り分も多いから納得してる」
「男顔負けのその気質、俺は好きだぜ」
「私も、そうやって素直に褒めてくれるマックスが好きよ。そういう意味では公子様も好きね。成果を出せば評価してくれるわ。もうちょっと素直に言葉にしてほしいけれど、結構表情に出るから」
そう言うとアイシャは口元にグラスを持っていき唇を隠した。
「嘘の笑顔、嘘の祝福、どこも嘘ばかりで息が詰まりそう。貴族って怖い、とても気味が悪いわ」
「……何があった?」
「カレンデュラ嬢よ」
女の勘というべきだろう。当時からカレンデュラ夫人はレオのアイシャへの好意を見抜き、アイシャを標的にしていた。まあ、そうはいってもアイシャは愛し子、何ができるわけでもなかったが、ただ憎悪を嘘でコーティングしたカレンデュラ夫人とその取り巻きとの付き合いには辟易していたのだろう。
「それでさっきから避けているのか?」
「彼女ではなく、その隣のウィンスロープ公爵夫人。あの人が近づくのをこの子たちが嫌がるから」
誰のことを言っているのかと思って視線で尋ねればアイシャが苦笑してドレスのオーバーレイを少しだけめくってみせた。
「うっわあ……」
そこにはビッシリとアイグナルドたちが引っ付いていた。虫みたいでちょっと気持ち悪かった。
「アイツの周りにいるアイグナルドたちが少ないと思ったら……」
「いつもならレオネル様のところに戻れって言うんだけどさ、疲れ切った顔でヨロヨロ飛んでくるから可哀そうになっちゃって」
アイシャのスカートを掴むアイグナルドはどこか泣いているように見えて、それが記憶の中のレオと重なった。
「レオって昔はかなり泣き虫だったんだ」
「少しだけ想像がつくわ」
同意するようにアイシャがアイグナルドを撫でた。
「俺の親父が近衛隊長なのは知っているだろう? 実は母も元近衛騎士でさ、王女時代のサンドラ夫人の護衛もやっていたんだ」
「お兄様も近衛だし、近衛一家なのね」
近衛の家系と知ると王族とつながりを求めようと強請る目を向ける者は多い。でもアイシャは俺の予想通り『へえ、そう』ですませた。
「サンドラ夫人はズケズケものを言う母さんが苦手で、それを肌で感じたのかレオはよくうちに遊びに来ていたんだ」
「そうだったの」
その反応で、俺はアイシャがレオの過去を少なからず知ったことに気づいた。
「公子様から聞いた、少しだけだけど」
正直、意外だった。レオは好きな女に弱いところを見せたくないタイプだと思ったから。でも、自分の傷を話せるようになったことは嬉しかった。
「淑女教育のあと散歩していたら、愚痴っているところに出くわしちゃった」
「淑女教育ってあの日か。やっぱりあの頬っぺたはお前か」
盛大に頬に真っ赤な手形をつけて登校したレオに学院は上を下にの大騒ぎになった。明らかに女の手形。誰がつけたかレオは言わなかったけど、俺たちにはすぐに分かった。でも黙っていたのは余計なトラブルを招く気がしたから。
「カレンデュラ嬢、レオと揉めた女探しに躍起になってたぞ」
「ばれたら修羅場だよね、面倒なことになるところだった」
「それで、レオとお前が恋仲ということは?」
「ないない、なにバカなことを言っているのよ」
あっさり否定。全く脈がない。それでどうして頬を引っ叩く事態に……と思うが、女に頬を叩かれる理由なんて2つくらい。1つは浮気、もう1つはエロいことをしたとき。レオの場合は後者一択……おそらくやったのはアイグナルドだろうけど。
「……マックス」
馬鹿だなと思っていたら、アイシャの緊張をはらむ声で名前を呼ばれた。アイシャの視線を追ってみれば鳥かごがあった。
「あの中にいるのはカワセミ?」
「いや、川辺に生息している魔物だ。澄んだ水と血を好む魔鳥だ」
「こわっ! 何でそんな好みが両極端なわけ?」
「理屈じゃないだろ、好みなんて。おい、何を始める気だ?」
ホーソン侯爵がその鳥かごをカレンデュラ嬢に渡し、何かを耳元で囁き、カレンデュラ嬢は嬉しそうに父親に抱きついた。
「誕生日プレゼント? 出そうとしているけど……あの魔鳥、服従契約をまだしていないんじゃない?」
アイシャの指摘通り、魔鳥の足には服従魔法が付与された魔鳥用の足輪がなかった。侯爵たちは魔獣契約を披露するつもりだったようで、カレンデュラ夫人が光る小さな足輪を見せびらかしていた。本人たちはご満悦だが、籠の中にいる魔鳥がまだ服従契約していないことに周りは騒ぎはじめ、そのうち1人がホーソン侯爵に忠告したが、侯爵はただ笑うだけだった……思い出しても馬鹿なやつ。
「小さい魔鳥だし、綺麗な鳥だから余興としてはいいわよね、無事に契約が終わればだけれど」
「そうやってフラグ立てるのはやめろ」
「ごめん、つい。レオネル様なら止められるかもしれないけれど、傍にいないわね。どこにいるのかし……ああ、ベランダで休憩中なのね」
「何でわかる?」
「アイグナルドたちを見て」
アイグナルドが宙に浮き、アイシャの持っているグラスに寄り掛かって「疲れ切っているレオ」をやってみせてくれた。
「可愛いな」
「外の空気を吸いにいく言って出てった彼、よくこんな格好をしているわよね」
アイグナルドのその仕草が妙に親友に似ていて脱力しかけたが、事態は好転していなかった。奴らの愚行をとめられる唯一がいないということは、魔物を逃がすで対策を練っておくべきなのに。
「会場全体を凍らせれば逃げられないわよね」
「ガサツ過ぎる。その見た目に相応しい繊細な計画を立てろ」
「マックスは見た感じはガサツなのに」
小柄だが勝気な顔立ち。得意としているのは背丈ほどある両手持ちの大剣。この見た目で剣をぶん回す攻撃型と思われがちだが、俺は血を見るのはあまり好きではない。地面を砕いて敵と味方の間に距離を作り、その隙に結界を構築したりけが人を治癒するほうが性に合っている。
攻撃を得意とするのはレオネルとアイシャ。屈強な体で剣を得意とするレオネルは見た目通りだが、妖精に例えられるほど華奢な体で優しい見た目をしたアイシャは見た目詐欺だ。
「起きて欲しくないことって大抵起きるんだよなあ」
「フラグは回収するためにある」
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