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とあるぼっちのアリスちゃん  作者: sazamisoV2
4/4

とあるぼっちと便所飯

「ねぇあんた。ちょっとつら貸しなさいよ」


 とある日の休み時間。

 自分の机で腕を枕にして休息を取っているとそんな言葉が聞こえて来た。


 まさか俺じゃないだろうなと内心びくびくしていると、


「ちょっと聞いてんの?わかってて無視してんだったらぶん殴るけど」


 さすがに勘違いで殴られても嫌なので顔を上げると、一人の女子生徒が俺を見下ろしていた。


 茶髪に染めたゆるふわウェーブに、濃すぎないくらいにキメたメイク。

 鋭い目つきは尖った性格を表しているようにも思える。


 クラスメイトの眞城しんじょうましろだ。


 ちなみに苗字は〝しんじょう〟だが〝ましろ〟とも読めるため、基本的にクラスメイトからは〝ましろ〟と呼ばれている。


 性格はかなり乱暴で、誰に対しても高圧的に話すため普通に怖い――が、雨に濡れた子犬を家に連れて帰るなんていう優しさもあることからクラスの奴らの人気は高い。


「なんでしょう眞城さん」


「面貸せって言ったでしょ。ちょっと聞きたいことがあんの」


 眞城は相沢のグループ――つまるところこのクラスのカースト上位のグループに属しており、基本的に俺のようなぼっちとつるむことはない。

 それなのになぜこうして話しかけに来ているのかと言うと――。


「あぁ、もしかしてアリスの事かはぶえっ!」


 俺が口を開くのと同時に、頭を掴まれ机に叩きつけられた。パワー系過ぎる。

 それから眞城はヤクザのように俺の髪をむんずと掴んで持ち上げると、周囲を警戒しながら小声で言った。


「それは内緒だって言ってんでしょうが。なんでこうしてわざわざ話しかけにきてると思ってんのよ。次同じ事したらわかってるわよね」


 眞城ましろは國乃アリスのことが大好きである。

 大好きとはいっても恋愛感情ではなく、いわゆるファンがアイドルに向けるような『推し』という感情らしい。


 クラスカースト最底辺のアリスと最上位の眞城は何度生まれ変わっても交わることのないように思えるが、眞城的にはアリスのバカでドジで陰キャなところも見た目とのギャップがあって『良き……』なんだそうだ。

 多分眞城はダメ男を好きになるタイプなんだろう。


 陽キャと言う立場上、表立って『アリスちゃん好き好き!』なんてできないため、アリスとそれなりに話す俺にこうして近況などを聞いてくるというわけだった。


「あ、はい、わかってます。わかってますので離してくださいハゲる」


 すると眞城は俺を解放し、そのままずかずかと歩いて行ってしまう。

 教室を出る前に振り返ったのでついて来いと言うことだろう。


 眞城の後に付いていくと、人気のない階段の踊り場に到着した。


「それで、なんだよ」


「単刀直入に聞くけど。アリスちゃんがお昼をトイレで食べてるって本当なの?」


「え」


 あまりにも突飛な内容に度肝を抜かれた。


 便所飯。

 それは孤独な学校生活を送るぼっちにとっての最終防衛ラインであり、他者が絶対に足を踏み入れてはならない聖なる領域である。


 トイレでご飯なんてありえない――それは至極真っ当な意見であるし、全面的に同意せざるを得ない言葉ではあるが、そうでもしなければ食べられないお昼がぼっちにはあるのだ。


「どうなのよ」


「いや、それはだな……」


 アリスは確かに便所飯をしている。だがそれを眞城に正直に話していいものか。


「少し前から噂になってんのよ。昼休みに旧校舎のトイレからくっちゃくっちゃ何かを食べてるような音がするって」


「そ、それがアリスだってのか?」


「わかんないけど。でも金髪の女子生徒が旧校舎に入ってくのを見たって奴、結構いるし」


「ふ、ふーん」


 アリスの金髪はどこに行っても目立つ。

 そんな目立つ奴が普段生徒は用のないはずの旧校舎に行けばそりゃ不審がられるだろう。脇が甘すぎる。そのくせ自分は完璧に隠せていると思っているのだから目も当てられない。


「ま、まぁあれだ。普通に考えてありえないだろトイレで飯食うとか。見間違いじゃないか?」


「アタシもありえないとは思ってるけど、アリスちゃんがたまにお昼にどこかに言ってるのも確かだし。だから、後をつけて確認してみようと思う」


 アリスの後をつければ間違いなく旧校舎のトイレに辿り着くだろう。

 旧校舎の便所、いてはならないはずの陽キャに、いるはずのない陰キャ――その邂逅は想像するだけでも身の毛がよだつ。まさに想像しうる最大級の地獄が完成する。


「いや、やめておいたほうがいいんじゃないか?」


「なんでよ」


「三歩譲ってアリスが便所飯をしていたとしよう。でも、それをお前が知ったところでどうなるんだ?幻滅するだけなんじゃないのか?」


「……とにかく、今日のお昼、あんたも付き合いなさい」


 有無を言わさぬ眞城の迫力に頷くしかなかった。


 そうして来る昼休み。

 授業が終わるなり、アリスは弁当箱片手に教室を出て行った。

 アリスが出ていくのと同時に眞城も動き出し、俺も席を立つ。


 いよいよ尾行開始だ。気はまったく進まないが……。


 一応気を使っているのか、校内のあちらこちらを無駄に経由しながらアリスが向かったのはやはり旧校舎だった。

 入り口に立つと、右を見て、左を見て、もう一度右を見てからそそくさと中に入って行く。横断歩道かよ。

 ここまで来たらもはや隠しきれるとも思えないが、一応口に出してみる。


「やっぱりやめておかないか。アリスにも人に知られたくないことの一つや二つあるだろ」


 実際に確認するまでアリスが本当に便所飯をしているかどうかは確定しない。

 シュレディンガーの猫ならぬシュレディンガーの便所飯だ。

 有耶無耶にしておいた方がいいこともある。


 だが……。


「アタシの目で見るまでは信じられない」


 眞城は頑なだった。

 そんな決意までして知ることじゃないと思うんですけど。


 眞城は躊躇わず旧校舎に入って行き、やむなく俺も一緒に入る。


 旧校舎は気味が悪い程静かだった。

 古い木造のせいか歩くだけで軋んだ音が鳴る。


 そんな中、どこからともなく響いてくる女性の声――いや、これは鼻歌か。

 それからかちゃりかちゃりとプラスチック同士が当たるような音。


 息を呑んだ眞城は音の聞こえる方向へそろりそろりと歩いて行く。


 そうして辿り着いた場所――その入り口に掲げられた表札には、掠れた文字で、でも確かに『TOILET』と書かれてあった。


『やっぱりお昼は静かなところで食べるに限りますなぁ!』


 そして、とどめと言わんばかりにトイレの中からアリスのアホな声が聞こえ、言い逃れできない状況が出来上がる。


「……戻ろう眞城。これは知ってはいけないことだし、知られてはいけないことだ。俺達はここに来なかったし、何も見なかった。それでいいな?」


「……そうね」


 まさか本当に便所で飯を食べているとは思っていなかったのか、眞城は強いショックを受けているようだった。さもありなん。


 ところが、そろりそろりと後退する最中、眞城が腐った板を踏み抜いてしまい、『バキバキィッ』と盛大に音を鳴らしてしまう。


 再び静まり返る旧校舎。

 さっきと違うのは、トイレの中から音が聞こえなくなっていること。

 そして、不気味なプレッシャーがトイレの中からじわりじわりと放たれて……。


「に、逃げろッ!」


 得体の知れない恐怖を覚えて咄嗟にそう叫ぶと、俺と眞城は一目散に走り出した。


『とん……とん、とんとんとんとんドンドンドンドンドンッ!』


 後ろから近づいてくる足音が徐々に迫力を増しながら迫ってくる。もはやホラーだ。


 意外と速いアリスの足に逃げ切れないと思った俺は眞城と共に教室のひとつに逃げ込み、教卓の下に隠れる。


『どこですかぁ……?そこにいるのはわかってるんですよぉ……?出てきてくださいよ何もしませんからぁ……ちょっとお話したいだけですからぁ……』


(アリスちゃんが……あたしを呼んでる……?)

(呼んでない呼んでない)

 アリスちゃん大好き人間にはそう聞こえるらしい。


 すると、『ガラガラッ!』っとドアを開けてアリスが入って来る。


『ここかなぁ?』


 掃除用具入れを開け……。


『それともここかなぁ』


 ロッカーを開け……。


 そしてついに俺達の潜んでいる教卓の前にやってくる。


 息を呑む。

 どっどっという自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。


 一秒……五秒……十秒。無言のまま時間だけが過ぎる。

 いつ教卓を覗きに来るのかと気が気じゃなかった。

 その上何もしてこないのがさらに恐怖を助長させる。


 だが、さすがに三十秒経過したところでおかしいことに気付く。

 それと同時にとあることに思い至った。


 もしかしてあいつ、どうしていいかわからないんじゃね?


 強気に追ってきたはいいが、追い詰めたところでなんと言えばいいというのか。

 『もしかして便所飯してたのバレちゃいました?』とは恥ずかしくて口が裂けても言えまい。


 そっと顔をのぞかせてみると、案の定アリスはどうしていいかわからないというように顔を右往左往させていた。さすボ。


「アリス、俺だ」


「せ、先輩?どどどうしてここに?」


「あのー、あれだ、担任にお前を呼んで来いって言われてな。旧校舎に入っていくのが見えたから追って来たんだ。そしたら突然お前が追って来るもんだから思わず逃げちゃったんだよ」


「な、なぁんだびっくりさせないでくださいよ。あたしはてっきり他の人に便所飯してるのがバレたのかと……」


「お昼休みにわざわざ旧校舎に来るような奴お前以外にいないだろ?」


「それもそうですね。でもよかった先輩で。もし他の人にバレてたらあたし転校しなきゃいけないところでしたよ」


 気軽に凄いこと言ってる。


「あれ、でも足音は二人分だったような……」


 よくよく考えるとアリスは眞城の姿は見ていない。

 ならここに来たのが俺一人と言うことにすればとりあえず場はおさめられるはずだ。


「それはあれだ……驚いて思わず四足走行しちゃったんだよ」


「犬みたいにってことですか?え、想像すると滅茶苦茶気持ち悪いんですけど」


「あ?」


「いえなんで、も、な……」


 尻すぼみに消えていくアリスの言葉に何かと思って見てみると、隠れていたはずの眞城が立っていた。


「ま、ままま、ましろしゃん!?」


 やばいなぁ。まずい予感しかしない。


「あんた、なんでトイレなんかで昼飯食べてんの?教室で一緒に食べればいいじゃん」


 当たり前のことを言う眞城。きつい口調だが相手を思いやる優しさが込められているのがわかる。

 が、アリスにはおそらくこう聞こえているはずだ。


『おい陰キャ!お前便所で飯食うとか頭どうなってんの?あまりにも可哀想だからアタシが教室で一緒に食べてあげよっかぁ?ぎゃはは!』


 眞城はアリスのことが大好きだが、逆も同じとは限らない。

 陽キャが苦手なアリスは当然ながら眞城も苦手としている。

 だからこそ眞城は陰ながら推し活してるわけだが……その辺の話は今は置いておこう。


 目に零れ落ちそうなほどの涙を浮かべたアリスはそのまま逃げ出そうと背を向ける――が、眞城が腕を掴んで止めた。


「離してください!あたしはもうこの学校じゃ生きてけない!」


「何言ってんのよ。別にアタシはあんたがどこで何してようがなんとも思わないから」


「だったらなおさら離してくださいよ!バレちゃった以上もうあたしに居場所なんてないんですから!明日には学校中に広まって、『今日からお前の机はトイレの中だ』って言われてトイレで授業受けることになるんだぁ!」


 被害妄想が過ぎるし中身があまりにも辛い。


「誰にも言いふらしたりなんてしないし、あんたの机も居場所もちゃんと教室に置いてあるから」


 それでもアリスは泣き止まない。

 伝わらないもんだな本当に。


 すると眞城は何かを決意したように頷き、アリスが持っていた弁当を奪う。


 そのままずかずかと教室を出ていくと、一直線にとある場所――さっきまでアリスがいたトイレへと向かっていった。


「ましろさんは何を……」


 眞城がしようとしていることを察した俺は、困惑するアリスを連れて後を追う。


 開け放たれた一室の便座に腰掛けた眞城は、俺達の目の前で弁当の包みを開いてそのまま食べ始めた。

 まるでどこで食べようがアタシは気にしないとでも言うかのように。


 眞城は本当に不器用な奴だと思う。

 でも俺は、眞城のこの真っ直ぐさがとても好ましいと感じていた。


 きょとんとしたままのアリスに向かって口を開く。


「眞城が何を伝えたいのか、これでわかったんじゃないか?」


 黙々と弁当を食べる眞城を見ながら、アリスが口元を両手で覆う。

 眞城の優しさのこもった行動に感動しているのだろう。

 そしてきっと伝わったはずだ。眞城が本当はどんな人間なのか……。


「ましろさん……」


 一歩、また一歩と眞城に近づいていくアリス。


 光と影。

 相反する存在である両者だが、手を取り合うことが出来ないわけじゃない。

 なぜなら、光も影も、常に隣同士で存在しているのだから。


 手の届く距離まで来ると、アリスは震える声で、ゆっくりと、丁寧に、その言葉を紡いだ。


「ここ、弁当食べるような場所じゃないですよ……?」


「なんでだよ」


おわり




おまけ『アリスからみた眞城』


「離してください!あたしはもうこの学校じゃ生きてけない!」


『何言っちゃってんのこの陰キャマジウケる!別にアタシはあんたがどこで何してようがなぁんとも思ってないから!自意識過剰乙でーす!』


「だったらなおさら離してくださいよ!バレちゃった以上もうあたしに居場所なんてないんですから!明日には学校中に広まってて、『今日からお前の机はトイレの中だ』って言われてトイレで授業受けることになるんだぁ!」


『身内だけで擦り続けるから言いふらしたりなんかしませーん!机も居場所も教室に固定してやりまーす!トイレに逃がしたりなんかしませーん!ぎゃはは!』

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