とあるぼっちの席替え事情
「かばね先輩、どうやったら席替えを回避できるんでしょうか……」
とある日の休み時間。隣の席のアリスがそんな疑問を投げて寄越した。
今日の放課後、我がクラスは席替えをすることになっている。
そのためこんなことを言い出したのだろう。
席替え。
それは孤独な学校生活を送るぼっちにとって五本の指に入るくらい憂鬱なイベントだ。
同じぼっちと隣同士になるのならいざしらず、陽キャと隣同士になってしまった日には目も当てられない。
『クソボッチが隣とかマジウケる』と話のネタにされてしまったり、酷い時には『クソボッチが隣とかマジ最悪』と陰口叩かれる危険性まで孕んでいるのだ。アリスの嫌がる気持ちもわからないではない。
が……。
「いや普通に無理だろ」
ぼっちにとっての席替えは地獄に他ならないが、陽キャにとっての席替えは胸キュン青春イベントの一つだ。
気になってる異性の隣になれたらーとか、仲のいい奴等で集まってワイワイやりたいーとか――いや、もうこの話はよそう。
「そこをなんとか……」
そう言って俺を拝んでくるアリス。
「お前は俺を何だと思ってんだよ。そもそも何とか出来る力持ってるならこんな席になってねぇよ」
「まぁそうですよねぇ……ってそれどういう意味ですか?あたしの隣が嫌ってこと?」
「言わせんなよ、そんなこと」
「いや言ってるよねそれ!?遠回しに言ってるよねぇ!?はっきり言われない分逆に傷つくんですけど!?」
「はっきり言ってほしいなら言うけど。お前と隣なんざ死んでも――」
「やめろぉ!いいですよ言わなくて!なんで無駄に傷つかなきゃならないんですか!」
アリスが若干涙目になってきたところで話を戻す。
「そんなに嫌なのか?席替え」
「嫌ですよ嫌に決まってるじゃないですか」
するとアリスは遠く昔を懐かしむような遠い目をしながら言った。
「とある日の席替えのことです。あたしは運悪く四方八方を陽キャに囲まれました」
「地獄だな」
「それはもう酷かったですよ。朝、授業中、休み時間――いつでもどこでもあたしを挟んで喋る陽キャ達。それはまるであたしはそこに存在していないと言われているようで――」
「わかったもういい。俺が悪かったよ」
聞いているこっちが辛くなる話だった。
「酷い時には『なぁくに……こくのだっけ?さんはどう思う?』と面白半分で話に参加させられたり――」
「やめろって言ってんだろ。開いて見せるな自分の傷口を」
俺の言葉にはっと気を取り直したアリスはごほんと咳払いをする。
「とまぁそういうわけです。理解してもらえましたか?」
「痛いほどな」
「うるさい人もいない、陽キャもいない、ついでに教壇からも見えづらい……今あたしが座っているこの席はぼっちにとっての理想郷なんです。だから変わりたくないんですよ。先輩だって同じなんじゃないですか?」
確かに俺達の周りの席は比較的おとなしめの生徒が多く、教壇からも見えにくい位置にある。
静かに生活したいと思う人間にとってはいい場所なのは間違いないし、ただ一つの問題を除けば俺も動きたくはない。
「それに、その……」
急にもごもごし始めたアリスは、まるで蚊の鳴くような小さな声で言った。
「ぼ、ぼっちはぼっち同士、隣合ってたほうが色々と助け合えると言いますか……居心地良いと言いますか……」
「…………」
「せ、先輩?どうかしましたか?」
じっと見ていたせいかアリスが首を傾げながら俺を見てくる。
「……いや、なんでもない。そうだな、確かにお前の言うとおりだ」
俺の言葉を聞いて、アリスはぱっと顔を綻ばせた。
「そ、そうですか?先輩の事だから『お前と隣なんて死んでも御免だね』みたいなことを言ってくるかと思ったんですけど……。えへへ、なんていうかその……ちょっと嬉しいです。ちょ、ちょっとですからね!ほんのちょっとですから!」
照れ照れしているアリスはとりあえず放っておいて、真面目に考えてみる。
「さっきも言ったけど、席替えを楽しみにしてる奴等がいる以上、回避するのは無理だろうな。となると、出来ることは自分の席を操作することくらいしかない」
「でも、それも難しいですよね」
この学校の席替えはオーソドックスなくじ引き形式。
目が悪い人は前の席の人と交換できるという例外はあるが、基本的には運次第だ。
くじを引いた後すぐに黒板に書かなければならないため、他の生徒と交換するという不正もできない。
そうすると、やはり残された方法は一つしかないだろう。
「俺もお前も目が悪いってことにして、一番前の席になった奴に交換してもらうしかない」
「うちのクラスの横列は七席だから……あたしと先輩が隣同士になれる確率は物凄く高くなりますね!」
「ああ。一番前がいいなんてもの好きはほとんどいないから、交換してほしいって言えばこぞって手を挙げるだろう」
「前の席限定ですけど、自由に席を選べるってわけですね!さすが先輩!ぼっちになることにかけては神懸ってますね!」
「そんなに褒めるなって。ぶっ殺すぞ」
そしてその日の放課後。
予定通りホームルームにて席替えをすることに。
全員がくじを引き終わり、俺は運よく今と同じ席、アリスは俺の二つ隣の席へ移動することとなった。
ちなみにアリスの席の前後左右は陽キャ。あんな話してフラグ建てるから……。
が、そんな中でもアリスに焦った様子はない。
俺との作戦があるからだろう。
幸運なことに一番前の列の奴らはみんな嫌だのなんだの文句を言っている。
交換してほしいと言えば快く了承してくれるはずだ。
「一応席順はこんな感じになったけど、目が悪くて見えないとかそういう事情のある奴はいるか?」
担任が教室を見回しながら言う。
俺はアリスと目を合わせ、お互い無言で頷き合った。
すると、アリスがおずおずと手を挙げる。
「あ、あにょ……あたあたたしめめ目、悪くて……」
相変わらずキョドっていたが、担任は特に気にした様子もなくわかったと答える。
予想通り一番前が嫌な奴らは嬉々として手を挙げていた。
アリスが俺を見る。
今度は先輩の番ですよと。
手を挙げるならまさに今ですよと。
だが、俺は手を挙げなかった。
手を挙げるどころか、腕を組んで微動だにすらしなかった。
そんな俺を見てアリスはあからさまに焦る。
なんで、どうして上げないのと金魚のように口をパクパクさせていた。
そんなアリスに向かって、俺はにんまりといやらしい笑みでもって応える。
……くく、本当に馬鹿だなぁお前って奴は!
誰が好き好んでお前の隣になんてなるかってんだ!
口を開けばぼっちぼっちと、散々馬鹿にしやがって!
せいぜい陽キャに囲まれながら辛くて寂しい学校生活を送るんだなぁ!がはは!
それから俺はアリスにはっきり伝わるよう、一言ずつゆっくりと、口パクで言葉を伝えていった。
おまえと となりなんて しんでも ごめんだね! ぺっ!
絶望の顔を浮かべるアリス。
さすがにちょっとやりすぎなような気がしなくもないが、アリスに散々振り回されている苦痛を思えばこれくらいどうってことないだろう。
「それじゃあ國乃は田中と交換で一番前な」
担任の無慈悲な言葉でアリスの席の交換が決まる。
「で、織羽志はその國乃の隣と」
…………。
…………。
………………ん?
「あの、先生?今なんて?」
そう俺が聞き返すと、何を当たり前のことをと言いたげに担任は言った。
「だから、國乃が一番前の田中と交換で、織羽志はその隣の吉田と交換って言ったんだが?」
「うん……いやおかしいですよね。俺別に目悪くないんですけど。健康診断でも両目とも1.5だし。なんで吉田と交換しなきゃいけないんですか?普通に嫌なんですけど一番前とか」
「なら反対側の浜井の席でいいか?」
「よくねぇよ。ていうか変わんねぇじゃねぇか反対側でも」
「そうか。じゃあそういうわけでお前ら、帰る前に机を移動させておけよ。わかったな?」
「わかりましたー(クラスメイト達)」
「いやいやいやいやわかんないですよ俺は!どういうわけだよ!お前らほんとにわかったのか!?今明らかに不思議な力が働いたと思うんだけどいいのかそれで!?」
そう言って周りを見回すと、決まったことを今更ぐちぐち言うなと言いたげな厳しい目が方々から向けられる。なんでだよ。
いや、そうか。
これが大人の世界で言うところの〝配慮〟って奴か。
担任はクラスで浮いているアリスを慮ったのだろう。
同じくぼっちである俺をアリスの隣においておけば、少なくとも一人で浮くことはなくなると思って。
だが、それを大っぴらに公言してしまえば間違いなくアリスは傷つく。
だからこその配慮、だからこその無言の圧力。
クラスメイト達もそれに薄々気付いているから何も言わないのかもしれない。
〝配慮〟しているのだ。
これが大人になるってことかよ……!
「駄目だ!駄目です!認められませんよそんなの!俺にだって人権はあるんだ!こんな横暴、教育委員会に掛け合いますからね!」
「織羽志……(担任+クラスメイト達)」
残念な人間を見るような目をクラスメイトが送ってくる中。
「先輩。あたしなら大丈夫ですよ」
「アリス……?」
渦中のアリスは、どこか憂いを帯びた優しい顔をしていた。
まるで何もかも悟ったかのような……。
ま、まさか、気付いてしまったのか。
知らないうちに自分を取り巻いていたみんなからの優しい〝配慮〟に……。
アリスの胸中を思うと息が詰まった。
優しさは時に人を大きく傷つける。それがナイーブな話であるのならなおさらに。『ぼっちを一人にしないため』なんてその最たるところだろう。
された本人からしてみれば、余計なお世話だと思うに決まっている。
だが、それに気づいていながらこんなことを言っているのだとしたら、俺はアリスをあまりにも見くびっていたのかもしれない。
「先生も。あたしは、その……構いませんので。かばね先輩が嫌だって言うなら……だいじょう……だいじ……ひっく」
「織羽志……(担任+クラスメイト達)」
「いやなんで俺が悪いみたいになってんだよ。どうなってんだこのクラスは」
すると、担任は大きく息を吐いて言った。
「いい加減にしろ織羽志。言わないでおこうと思っていたが、お前がそんな態度を取るようなら言わざるを得ない」
「いや駄目ですよ言っちゃ!アリスが余計に傷つくだけ――」
「國乃はな、お前のためを思ってこんなことを言ってくれてるんだぞ!」
「…………え、どういうこと?」
「席替えをしたら!クラスで浮いてるお前が一人ぼっちになってしまうからと!寂しい思いをすることになるからと!自分が犠牲になって織羽志の隣の席になりますってわざわざ言いに来たんだよ!」
「えぇ……ていうか犠牲ってなんだ犠牲って」
「クラスメイトだってそうだ!俺がわざわざ言わずとも、織羽志がクラスに馴染めるのなら仕方ないと、空気を読んで目を瞑ってくれてたんだ!それなのにお前は一番前は嫌だの教育委員会に言うだの、一体何様のつもりだ!」
そこまで言われてようやく気付く。
ま、まさか……まさか……〝配慮〟されてたのは、俺だったぁ!?
いやおかしいだろ。
ふと視線を感じて目を向けると、アリスが俺を見ていた。
目を擦るような動作のその後ろ。
目も口も、してやったりと言った風なにんまりとした微笑が浮かんでいる。
そうか。アリスは最初からわかっていたんだ。俺が裏切ることを。
だからあらかじめ担任に話を付けていた。
ぼっちな俺が可哀そうだから自分が隣になりますとかなんとか耳障りの言いことを言って。
担任はさぞ感心したことだろう。その裏に醜い欲望が渦巻いているのに気づくこともなく……。
俺を強制的に自分の隣の席にさせ、さらに自分が俺より優位であることを示す。
加えて、誰も構わないぼっちにも優しくするという一面を見せることで、担任の、そしてクラスの評価も同時に上げる。
一石四鳥のなんとも小賢しい作戦だったというわけだ。
いずれにせよ、クラス全体を敵に回してしまった今、俺がどうあがいたところで結果は覆らない。
ならせめて、調子に乗ってニヤニヤしているあのくそったれなクソボッチを道連れにしてやろうと思った。
「わかりましたよ先生。認めます。俺は友達のいないぼっちですよ。みんなに慮られるのも仕方ありません。ぼっちですからね。でもねぇ、そんなぼっちの隣に同じ……いや、俺以上のぼっちを置いたところで何か変わると本気で思ってんですか!?」
「せ、先輩!?ななな何を言ってんですか!?それにあたしは別にぼっちじゃ――」
勝利を確信していたアリスは驚きの声を上げるが、俺の口は止まらない。
「そいつはねぇ!俺がいない時は昼飯を便所で食べているようなぼっち……いや、クソボッチなんですよ!そんな奴が?俺が寂しくないように?隣になりますだぁ?馬鹿も休み休み言えってんだよ!」
「おいかばねぇ!言っていいことと悪いことがあんだろうが!それに便所は便所でも使われてない旧校舎のだからそんなに汚くないし!?」
「綺麗な便所なんてある分けねぇだろうがこの世界に!この便所飯女!」
「べ、便所飯女!?もはや暴言ですよそれ!?大体――」
そうして、ぼっちとぼっちの何の生産性もない醜い言い争いは日が暮れるまで続いたのだった。
翌朝。
俺とアリスの席は窓側の一番後ろとその隣――教室の隅っこという形に変えられていた。
臭いものには蓋をしておこうというクラスの無言の〝配慮〟に気付いた俺はその日、家に帰ってから枕を涙で濡らした。
おわり