とあるぼっちのキョドり癖
「かばね先輩、どうやったら話しかけられてもキョドらずにいられるんでしょうか……」
とある日の昼休み。隣の席のアリスがそんな疑問を投げて寄越してきた。
キョドる。
つまるところ話しかけられるとびくびくしてしまう症状のことだ。
人と話し慣れていない人――それこそアリスのようなぼっちは特にこの症状に見舞われやすい。
「そもそもお前に話しかけてくる奴なんているのか?」
「いますよ。先生とか」
「授業中じゃねぇか。ていうか先生相手にまでキョドってんのかよ」
「いきなり指名されられたらびくっとしちゃうのは仕方ないでしょ!?そう言う先輩だってよく『は、はい』とか『そ、そうですね』とか、口もごもごさせてるじゃないですか!」
「うるさいよ。その後はちゃんと喋れてるんだからお前よりずっとましだろうが」
「あたしだってちゃんと喋れて――って違う!そう言う話をしたいんじゃないんです!」
アリスが言いたいのは、休み時間とか放課後とかに他の生徒に話しかけられた時のことだろう。
「これは自慢ですけど、歩いてるだけで結構話しかけられてたんですよあたし」
外見だけは恵まれて生まれて来たアリスのことだ。中身を知らない人からすれば滅茶苦茶可愛い外国人が歩いているという感想しか浮かばないだろう。
思わず声をかけたくなるのもわからなくはないが……。
「なんで過去形なん……あ、やっぱいいです説明しなくて」
「なんかもの凄いむかつくんですけど」
中身が露見して話しかけられることがなくなったということだろう。
自分でわかっているのならあえて触れまい……。
「でも、別にキョドってたっていいんじゃないか?言葉がちゃんと伝えられてるなら」
「そ、それはそうなんですけど……あたしの理想とは程遠いと言いますか……」
「理想?」
するとアリスは脳内の妄想を垂れ流し始める。
「休み時間、あたしが座ってるところにクラスメイトとか他のクラスの人がわーっと押しかけてきて、『國乃さんの髪綺麗すぎ!シャンプー何使ってるの!?』とか聞いてくるわけですよ。そしたらあたしは余裕の表情で髪をかき上げながら『ん、パン〇ーン』って答えるわけです。そしたらもうきゃあきゃあ称賛の嵐……あの先輩?聞いてます?」
「いや?」
「聞けや」
仕方ないので真面目に答える。
「まぁ要するに落ち着いて受け答えできるようになりたいってことだろ?」
「そうです」
俺自身、学校で誰かと話すことはほぼないので何とも言い難いが……。
「こういうのはやっぱり慣れなんじゃないか?」
「慣れ?」
「例えば俺がお前を殴るとする。当然お前の顔は腫れる。でも何度も何度も殴られてる内にいつしか耐性が付いてきて、最後は腫れなくなるってわけだ。さながらボクサーのようにな」
「言いたいことはわかりますけどその例えはどうにかならなかったんですか?ていうかボクサーも普通に腫れますよね殴られたら。もしかしてあたしのこと常日頃から殴りたいって思ってるから出て来たんですかその例え」
アリスの抗議は無視して続ける。
「でも、今のお前は話しかけられることがほとんどない。つまり慣れることもできないわけだ。だからまずは話しかけられる努力をしなきゃならない」
「でも、あたしから話しかけるのはちょっとハードルが高いと言いますか、そもそも話しかけられないから話しかけてほしいと言いますか……」
「そこでこいつの出番ってわけだ」
そう言って、俺は鞄の中からルーズリーフを一枚取り出した。
それからボールペンで『話しかけてください』と書いて、セロハンテープでアリスの背中に張り付ける。
「このまま校内を歩き回れば、そりゃもうわんさか話しかけられるって寸法だ」
「あの、先輩、なんかこれどっかでみたことあるんですけど……」
「みんなやってるってことなんじゃないか?」
「なるほど!確かにそうですね!じゃあ早速歩き回ってきてみます!」
そう言って、意気揚々とアリスは教室を出て行った。
~五分後~
どこか沈んだ面持ちでアリスが帰ってきた。
「どうだった?」
「まぁ、結構話しかけてはもらえましたけど」
「そうか。よかったじゃないか」
すると、沈んだ顔から一転、怒りを露わにしながらアリスは言った。
「全然よくねぇよ!行く先々で『大丈夫?話聞こうか?』って言われて!『いじめられてんのか?可哀想に』って言われて!挙句の果てには先生に『國乃、辛かったらすぐに言うんだぞ?』って言われて!何のことかなと思ってよくよく考えてみたらこれあたしいじめられてる風にしか見えねぇじゃねぇか!」
「そんなわけ……あっ」
「あっ、じゃねぇ!」
「ま、まぁよかったじゃないか沢山話しかけてもらえたなら」
「よくないですよ!これからあたしに話しかけてくる人は絶対『あぁ、確かいじめられてる子だっけ、優しくしよ』って思うんですから!」
「どうせ話しかけてくる奴なんていないんだから大丈夫だろ」
「う、うわあああああああああああああああああん!」
机に顔を埋めてわんわんと泣き出すアリス。悪気はなかったとはいえ、ここまで落ち込まれるとさすがに心が痛くなる。あとクラスメイトの視線がびしばし集まってきて辛い。
「と、とにかく、人に話しかけられるようになるっていう第一段階はクリアできた。というわけで第二段階に進むぞ」
「第二、段階……?」
ぐすぐす鼻を鳴らしながらもアリスが顔を上げる。
「ああ。話しかけられた時にキョドってしまうのは、早く言い返さないとっていう焦りの気持ちからくるだろ?」
「確かに……何て言えばいいかわからなくなってぐちゃぐちゃになっちゃうんですよね。さすが現役ぼっち、説得力が違いますね。もしかしなくても経験談ですか?」
「…………」
「なんでもないです。続けてください」
「そこで、話しかけられたらまず深呼吸するんだ」
「深呼吸……でもそれだと相手に失礼なんじゃ?」
「すぐに返さないとって思うから混乱するんだ。深呼吸なんてかかっても二秒。それで怒るような奴はほとんどいない」
「そうでしょうか……」
「ものは試しだ。まずやってたらどうだ?」
「……そうですね。わかりました。ちょっと行ってきます」
そう言って、神妙な面持ちでアリスは出て行った。
~五分後~
どこか沈んだ面持ちでアリスが帰ってきた。
「どうだった?」
「先輩の言うとおり、前よりもずっと落ち着いて話せるようにはなったんですけど……なんか凄い怒られました」
「なんでだよ」
まさか深呼吸で一泊置いただけで怒るような奴がいたとでもいうのか。
「やっぱり深呼吸するのがよくないんでしょうか……」
「ちなみにどんな感じだったんだ?」
「話しかけられた後、『っはぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……はい、なんでしょうか』って言ったら『やっぱりなんでもない』って……」
「どこぞのおっさんのクソでか溜息じゃねぇか。ていうか相手に聞こえるくらいでかい音でやる必要ないだろうが」
「ち、違いますよ!深呼吸です!」
「お前な……」
色々と不器用すぎる。
「何はともあれ、気を落ち着かせるのが有効ってことはわかりました。第三段階はないんですか?」
気を取り直して問いかけてくるアリス。
「あ、あぁ。最後はアレだ。やっぱり話の中身……」
「織羽志、ちょっといいか」
突然名前を呼ばれて振り返って見ると、担任の教師が立っていた。
「え、あ、はい」
「もごもごしてるのウケますね」
「黙れクソボッチ。それで、なんでしょうか」
すると担任は妙に険しい顔をしながら言った。
「実は、お前が國乃をいじめているって話を小耳にはさんでな」
「い、いじめ?」
「あぁ。國乃の背中に紙を貼って辱めたとか、殴るだのなんだの言って脅してるとか、國乃がそのせいで辛そうなため息を吐いて歩いてたとか……そんな話だ」
「そんなの、身に覚え――」
あるなぁいっぱい。
「いや、違うんですよ先生。別に俺はアリスをいじめてなんかないです。ただ相談に乗ってただけで」
「そうなのか?國乃」
担任がアリスに視線を向ける。
よし、今こそ今日の練習の成果を見せる時だアリス。びしっとばしっと説明して、俺の無実を証明してくれ!
「え、あ、いや、あのその……なんていうか……は、はひ……」
キョドってやがるこの野郎。
目に涙を浮かべ、肩を震わせているアリスの様子を見た担任がどう思うのかなんてのはもはや聞くまでもなかった。
「まぁなんだ。話の続きは生徒指導室で聞こうか」
「ま、待ってください先生。俺はほんとにいじめてなんてないんです。おいアリス!ちゃんと説明しろ!何のために練習したと思ってんだ!」
「あ、あの……ごめ、ごめんなひゃい……!」
「このタイミングで謝るんじゃねぇ!」
「もうやめろ織羽志。これ以上國乃を追い詰めるんじゃない」
「いやほんとに違うんです!違うんだって!違うんですううううううううううううううう!」
おわり