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とあるぼっちのアリスちゃん  作者: sazamisoV2
1/4

とあるぼっちと自己紹介

「かばね先輩、どうやったら上手な自己紹介ができるんでしょうか……」


 とある日の昼休み。


 俺、織羽志おれはしかばねが教室で弁当を机に広げて食べようとしていると、隣の席の國乃くにのアリスが高校生らしからぬ疑問を投げて寄越してきた。

 ちなみに先輩と呼ばれているが俺とアリスは同級生である。


「自己紹介?」


 今はもう六月の半ば過ぎ。自己紹介が必要な時期はとうの昔に過ぎ去っている。


 疑問に思ってアリスを見やると、アリスはだらしなく身体をぐでっと机に投げ出しながら続けた。


「あたしに友達ができないのは、あたしの魅力が周りにうまく伝わっていないからだと思うんですよ。逆に言えば、あたしの魅力を周りに伝えることさえできれば、友達なんて勝手にわんさか集まって来るはずなんです」


 アリスは誰もが認める美少女だ。


 絹を束ねたような金髪に、宝石を思わせる蒼い瞳、透き通る白い肌。

 背が小さいことも相まって、まるで西洋人形のような愛らしさがある。

 ふぅとため息をついて流し目でもしていれば、誰もが見惚れてしまうことだろう。


 神に愛された容姿に帰国子女と言う話題性もあり、アリスは入学早々学校中の人気者――になるはずだったのだが、二年生に進級した今になっても友達は一人もいなかった。


 というのも――。


「違う違う。お前に友達ができないのは――いや、あえて言い直すと、お前がぼっちなのはその残念すぎる性格のせいだ。魅力とかそんなの全然関係ないから」


「ざ、残念ってなんですか残念って!大体あんただって友達いないぼっちでしょうが!ていうか今わざわざぼっちって言い直す必要あった?ねぇ、あった?」


「うるせぇな」


「う、うるせぇ!?うるせぇってゆったか!?あたしが言われて傷つく言葉ランキング第二十位のうるせぇってゆったか!?」


「そういうところがうるさい」


 弁当を口に運びながら続ける。


「まぁ要するに、改めて自己紹介をやり直して、クラスメイトに見直してもらおうってことか?」


「そういうことです。ぼっちのくせにものわかりが速くて助かりますよ」


「…………」


「すんません、調子乗りました」


 平謝りするアリスを見ながら、俺はため息を吐いて言った。


「でもお前、四月にやった自己紹介、忘れたわけじゃないよな」


 四月のクラス替えに伴って行われた自己紹介にて、アリスは見るに堪えない圧倒的な痴態をクラスメイトの前に晒した。


 聞き取れないくらい小さい声で、言葉は全て噛み噛み。

 これくらいならまだよかったのだが、何を思ったのかアリスはそこからウインクと呼ぶには程遠い薄目を開き、笑顔と呼ぶにはおこがましい邪悪な微笑を浮かべ、ピースとは似ても似つかないハンドサインを披露したのである。


 アリスにしてみれば、アイドルのようなポーズで自分の魅力である可愛いさをアピールしたかったのだろう。


 だが、クラスメイトからしてみれば、小声でなんかごにょごにょ言っていると思ったら突然変な顔と変なポーズをキメ始めたやばい奴にしか見えなかったはずだ。


 あの時の微妙な空気といったらもう、思い出すだけでも体がむずむずしてしまう。


「あ、あの時はちょっと緊張しちゃってただけですから!あたしなら練習すればちゃんとできるはずなんです!」


「その自信はどこからくるんだよ」


「と、とにかく!どうしたら上手に自己紹介できるか一緒に考えてください!どうせぼっちで暇なんだからいいでしょ!?」


「喧嘩売ってんのかてめぇ」


「ごめんなひゃい!殴らないで!暴力反対!ドメスティックバイオレンス反対!」


 そんなことをかなりの声量で叫ぶものだから、クラスメイトの冷ややかな視線が突き刺さってきて痛い痛い。


 こんなことをしているから友達が離れていくのだが、そのことにアリスは気づいているんだろうか。

 気付いてないんだろうなぁ馬鹿だし。


「今あたしのこと馬鹿にしました?」


「してないしてない」


 しかしながら、一度絡まれたら中々開放してくれないことは一年生からの付き合いなので身をもって知っている。

 であればさっさと解決したほうが早いだろう。


「緊張して話せなくなるんなら、カンペを用意すればいいんじゃないか?」


「モンペ?」


「カンペだカンペ。カンニングペーパ―。モンペ用意してどうする気だよ。『うちの子をぼっちにしたのは誰!?』とかやらせんのか?地獄過ぎるだろ」


 カンペなら書いてあるものをそのまま読み上げるだけでいいし、何を言うか事前に考えられるから緊張していても問題なく自分をアピールできるはずだ。


 そう思ったのだが、アリスは眉間に皺を寄せて唸った。


「なんだよ。なんか不満なのか?」


「いえ、それだとこう、なんといいますか……誠意が伝わらないんじゃないかと……」


「誠意を伝える前に伝えなきゃならないもんがあるだろうがお前には」


「気持ち……ですか」


「言葉だよ馬鹿野郎!」


「ば、馬鹿野郎はさすがに酷くないですか!?」


 それからなんだかんだ言いながらカンペを作ったアリスは、早速自己紹介の練習に取り掛かる。


「では、僭越ながらあたしから」


「あたしからも何もお前しかいないんだけど」


 するとアリスはその場で立ち上がると深呼吸をひとつ。


 それから突然右手を天井に向かって高く掲げ、女児向けアニメのヒロインの如く、びしっとピースサインを決めた。


「ちょりっす!あたしの名前は――」


「待て待て待て待ておかしいおかしいおかしいおかしい」


「え、なんですか?」


「なんですかじゃねぇよそれを言いたいのはこっちだよ。え、何?ちょりっすって何?なんでいきなりポーズキメてんの?引くだろうが普通に。友達いないぼっちがやっていいことじゃないよそれ」


「で、でも、前回失敗したのはポーズが上手く取れなかったからだと思って……」


「ポーズが下手とか上手いとかそういう次元の話じゃねぇんだよ!」


「もしかして、月に変わってお仕置きするタイプの方がよかったですか!?」


「そう言う問題でもねぇ!いらねぇんだよポーズは!クラスでやってたのはお前だけ!そんで滑ったのもお前だけ!学べや過去の失敗から!ちょりっすもいらん!アンダスタン!?」


「アンダ……スタ……え?」


「母国語だろうがお前のよぉ!」


「どうした織羽志、大声出して。なんかあったか?」


 アリスとわちゃわちゃしていると後ろから声をかけられる。


 振り返って見ると、クラスメイトの一人――相沢英彦あいざわひでひこが立っていた。

 さらに、相沢の後ろには同じくクラスメイトの男女数名が控えており、どこか胡乱気な様子で俺達を見ている。


 相沢のいるグループは俺のクラスのカースト一位の陽キャ集団であり、リーダー的な存在だ。

 どうやら学食から帰って来たところらしい。


 ちなみに陽キャ集団とは言うものの、こうしてぼっちな俺達にも普通に話しかけてくれるあたりいい奴等であるのは間違いないのだが、アリスはなぜか頑なに認めようとしない。


 ふとアリスを見てみると、案の定まるで最初からそうしてましたよとでも言わんばかりに腕を枕にして机に顔を埋めていた。

 さすが陰キャ、陽キャにはめっぽう弱い。


「いや、別に何でもない。騒いで悪かったよ」


「そ、そうか?まぁそれならいいんだけどよ」


 そこであることを思いつく。


「なぁ相沢、自己紹介の練習、手伝ってくれないか?」


「自己紹介?」


「ちょ、かばね先輩!?」


 がばっと顔を上げて抗議の視線を送って来るアリス。

 その顔は不安げに揺れ、今にも泣き出しそうだった。


「どのみちクラスメイトに聞かせることになるんだ。遅いか早いかの違いしかないだろ」


「で、でもぉ……!」


 相沢達の手前、縮こまったままのアリスは反論もままならないようだ。


 そんなアリスを無視して、相沢達に事の次第を説明した。


「なるほどな。確かにアレはちょっと、その……アレだったからな」


「はっきり言ってくれていいんだぞ?あの自己紹介はクソだったって」


「かばね先輩?あんたははっきり言いすぎじゃない?クソはさすがに酷すぎじゃない?」


 すると、相沢はグループのみんなを一通り見渡してアイコンタクトを取った後、どんと胸を叩いた。


「よし、わかった!俺達もあのときの國乃さんのボケに突っ込んでやれなかったことちょっと後悔してたしな!とことん付き合うぜ!」


「ぼ、ボケ…………」


 相沢の言葉にアリスが目頭を押さえていたが多分嬉し泣きだろう。よかったね。


 それから怯えるアリスをなんとか誘導して練習が始まったのだが、相沢達が真剣に聞いてくれているのが嬉しかったようでアリスは徐々に普通に話せるようになっていった。


 カンペに書いておいたことを読み切ると、相沢達は気を使ってくれたのかアリスに質問をし始める。

 さすが陽キャと言ったところか盛り上げ方が物凄く上手で、アリスはまんまとうまく乗せられていた。

 求められると必要以上に嬉しくなってしまうぼっちの悲しいさがである。


「國乃さん、めっちゃいいじゃん!最高だぜ!」


「そ、そうですか?でへへ!まぁ?あたしは噛めば噛むほど味が出るガムみたいな存在って言うか?溢れ出る魅力は抑えることなんて到底無理?みたいな?もはやこの学校あたしの手の中?みたいな!?」


「國乃さん最高!國乃さん最強!」


「あたし最高ですか!あたし最強ですか!?あは!えはは!ではははは!」


 ノリにのせられたアリスは完全に調子に乗っていた。

 気を使ってもらっていることにはまるで気付いておらず、なんとも見るに堪えない姿だ。


 盛り上げているクラスメイト達も手伝うと言った手前引くに引けないのかもしれないが、アリスを見る目には明らかな困惑が浮かんでいた。

 そりゃ常日頃から部屋の隅っこで縮こまってるようなぼっちが突然水を得た魚のようにバカ騒ぎしはじめたらそうなるのも仕方ないだろう。

 やばい、恥ずかしくてちょっとむずむずしてきた。


 すると、相沢が耳打ちしてくる。


「な、なぁ織羽志。そろそろ止めたほうがいいんじゃねぇか?」


「止めるって、アリスをか?」


「いや、なんつうか、俺達は慣れてるからいいんだけどよ。國乃さんって元々そういうタイプじゃないだろ?あんまり騒ぎすぎるとその、周りの目が厳しくなるっつうか……」


 相沢の視線を追って周りを見回してみると、アリスの馬鹿騒ぎを見て引いているのは相沢達だけではなかった。

 元々教室にいた生徒達も何事かとこちらを見ている。

 アリスが正気に戻ったら発狂するだろうなぁこれは……。


「まぁ元々友達いないし大丈夫だろ」


「そういう問題か……?」


 しかしながら、このまま放っておけばアリスが新たな黒歴史の一ページを作ることになるのは間違いない。

 それはそれで知ったこっちゃないが、俺がお願いした手前相沢達にいつまでも付き合ってもらうのはさすがに申し訳ないので止めることにした。


「おいアリス。一通り練習できたんだし、もうこのあたりにしておかないか」


 俺の言葉を聞いてクラスメイト達がほっとしたような顔を浮かべる。


 がしかし、そんな中で空気の読めない奴がただ一人――。


「え?なんですか?」


 アリスである。

 目を細め、にんまりとしたいやらしい笑みを浮かべながらアリスは言った。


「もしかして先輩、嫉妬……しちゃってます?」


「は?」


「いや、いや、みなまで言わなくても大丈夫ですよ。まぁそうですよね。同じぼっちだと思ってたあたしが、突然手の届かない人間になったら寂しくもなっちゃいますよね。あたしがいなくなったら先輩、今度こそ本物のひとりぼっちになっちゃいますもんね」


「お前がいようがいまいが関係ないけどな?」


「まぁ、あれですよ。結局は力……なんですよね。あたしが元々持ってる魅力っていう力。あ、違いますよ?別に先輩に魅力がないとかそう言うことを言ってるんじゃないですよ?でもまぁ、ふふ、先輩の魅力が何かって言われたら言葉に詰まっちゃうんですけどね。まぁ強いてあげるなら一人でも強く生きていけるってことくらいですか。ぼっちだけに……なんて、ぶふぅっ」


 よくもまぁ持ち上げてもらってる分際でここまで増長できるもんだ。苛立ちを通り越してただただ哀れに思えてくる。


 が、このクソボッチを調子に乗らせたままでいるのもそれはそれで癪だ。


「確かにそうだな。お前の魅力はこんなところで燻ってちゃいけないよな」


「ぶはははは!そうでしょうそうでしょう!ようやく先輩もあたしがいかに可愛いのか認める気になりましたか!」


「うんうん認める認める。そうだアリス、せっかく練習したんだから、他のみんなに自己紹介してみたらどうだ?」


「え?あ、はい、そうですね。練習させてもらったおかげで大分慣れましたし、今なら緊張せずにできるかもしません」


 そう言って立ち上がろうとしたアリスの肩を掴んで止める。


「どこ行くんだよアリス」


「どこって……教壇ですけど。一人一人にしろってことですか?」


「違う違う。そういうことを言いたいんじゃないんだよ俺は」


「じゃあ何ですか」


「お前の魅力はさ、このクラスの中だけでとどめておくにはもったいない、もっとたくさんの人に伝えるべきだって、そう思うんだ。お前だってそう思うだろ?」


「それは、まぁ……」


「そうだろうそうだろう。だからさ――全校生徒に伝えようじゃないか」


「え?」


 困惑するアリスを無視して相沢に問いかける。


「相沢。お前の友達に放送部員っているか?」


「あぁ、いるけど。そう言えば丁度今日の当番だったっけな」


「そりゃあ都合がいい。昼の放送、五分くらいでいいから時間取ってもらえるようお願いしてもらえないか?」


「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよかばね先輩!」


 俺の言葉を遮ってアリスが焦ったように食って掛かって来る。


「な、何しようとしてるんですか!?」


「何って、全校生徒に向かって自己紹介するんだよ」


「誰が?」


「お前が」


「い、いやいやいやいや!無理!無理です!でで出来るわけないじゃないですかそんなこと!」


「出来るよ國乃さんなら。力を持ってるんだろ?魅力って言う力をよぉ」


 有無を言わさずアリスの首根っこを掴むと、放送室へ向かって歩き出す。


「怒ったんですか!?あたしがぼっちって言ったから怒ったんですか!?」


「やだなぁそんなわけないじゃないか」


「滅茶苦茶笑顔なのが逆に怖いんですけど!先輩、普段おとなしいくせにぼっちって言われるとすぐ怒りますよね!」


「静かにしろよアリス。じゃないとその口針で縫い合わすぞ」


「怖すぎる!わかりました!謝ります!あたしの方がぼっちです!おだてられるとすぐ調子に乗っちゃう友達いない底辺クソザコぼっち陰キャ野郎です!認めますから降ろしてください!全校生徒に向けてなんて絶対無理!無理ですからぁ!また黒歴史作ることになっちゃうからぁ!いやああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


―五分後、お昼の放送にて―


『それでは毎日恒例生徒紹介のコーナー。今日は二年四組國乃アリスさんの紹介です。なんと今日は特別に本人がわざわざ自己紹介してくれることになりました。では張り切ってどうぞ!』


『くけっ……かっ、こっ……く、くににょ、アリ、アリアリアリスッス……でぇす……みみみなしゃん、よろ、よろおぶぇえええええええええええ』


『わあああああああああああ!吐きやがったぞこいつ!おい止めろ!放送止めろ!早く!』


おわり

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