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35. アルファルドの怒り

 エステルと待ち合わせした場所で、アルファルドが懐中時計を見つめる。


(もう三時間になる……)


 二時間後に、と言っていたのに、その約束の時間にエステルは現れなかった。


 考えごとをしたいと言っていたから、それで少し遅くなっているのかもしれないと思ったが、さすがに一時間も遅れているとなると心配だ。


 ここで待つより、探しに行ったほうがいいかもしれない。

 アルファルドが足早に商店街へと向かう。


(エステル、どこだ……?)


 まさか、自分が抱きしめたいなどと言ったから、嫌気が差して逃げてしまったのだろうか。


 軽はずみにあんな発言をしてしまったことを後悔しながら、アルファルドは町中を探し回った。


 しかし、どれだけ探しても、エステルの姿は見つからなかった。



 エステルがいない。


 彼女の声が聞けない。


 彼女の笑顔が見られない。



 ミラが戻って、欠けていた心はすべて塞がれたはずなのに、こんなにも喪失感を覚えるのはなぜなのか。


(エステルは、本当に私を置いて逃げてしまったのだろうか……)


 だが、たとえそうだとしても、彼女を責めることなどできない。


 元々、彼女を呪うという依頼の対価としてミラの世話をしてもらうことにしたが、もうミラはいないうえ、彼女にはすでに対価以上のものをもらった。



 エステル──夜闇に輝く明るい星。



 その名のとおり、彼女は暗闇に呑まれたアルファルドの光となってくれた。

 できることなら、このまま自分を照らす光でいてほしかった。


 しかし、彼女が自分の意思で逃げ出したのなら、どんなに辛くても受け入れるしかない。

 他人に自由を奪われる理不尽さを、自分はよく知っているのだから。


 だが、これほど深い胸の苦しみを受け入れることなどできるのだろうか。


「エステル──……」


 アルファルドが小さく呟いた瞬間、視界の端で何かがきらりと光るのが見えた。


「これは……なぜ、こんなところに」


 雑草の陰に落ちていたのは、アルファルドがエステルに渡したはずのペンダントだった。


 一瞬、エステルが捨てたのかと思ってしまったが、このペンダントをつけていなければ、聖女の力を検知されて、神殿や王家に居場所が知られてしまうのだから、エステルが自ら手放すわけがない。


 そういえば、昨日、エステルはこの辺りで人にぶつかって転びそうになっていた。

 もしかしたら、その拍子にペンダントを落としてしまったのかもしれない。


(そのせいでエステルの居場所が知られて、無理やり攫われたのだとしたら……)


 アルファルドがペンダントを強く握りしめる。


(エステルの意思でないのならば、必ず助けなくては──)



◇◇◇



「ここにもいないか……」


 エステルが閉じ込められているのではないかと、王都付近の神殿や王家の別荘、地下牢へ何度も転移を繰り返して探ってみたが、彼女は見つからなかった。


 もう陽が落ちてからだいぶ経っている。

 早く見つけなければ、エステルがどんな目に遭うか分からない。


 王家の人間──特に国王や長兄のレグルスは、他人への慈悲など持ち合わせていないのだから。


(あと考えられるのは……)


 まさかとは思ったが、もう可能性のある場所はあそこだけだ。

 自分が幼い頃から閉じ込められていた、狭く重苦しいあの塔の一室。


 塔のことは正直思い出すのも忌々しかったが、そこにエステルが囚われているかもしれないと考えると、ためらってなどいられなかった。


(エステル、無事でいてくれ)



◇◇◇



 アルファルドは、しばらくぶりのあの場所へと転移した。

 冷たく湿った風が吹きつける中、高い塔の最上階を見上げる。


 小さな窓ひとつない、監禁して命令をきかせるだけの部屋。

 そんな場所に閉じ込められ、エステルはどれほど恐ろしい思いをしているだろうか。


 周囲は幸い、人払いされているようで、アルファルドは簡単に塔へと入り込むことができた。


 あの日、脇目も振らずに駆け下りた階段を、今度は急いで上っていく。


 たどり着いた先は、忘れたい過去ばかりが残る小さな部屋。

 その中から、たしかに人がいる気配を感じた。


(ここに、エステルがいる──)


 扉の取っ手を握る手に魔力を込め、思いきり開け放つ。


 音を立てて飛んでいった扉には目もくれず、部屋の中へ踏み込もうとしたとき。

 アルファルドは眼前の光景に全身の血の気が引いていくのを感じた。


 床に倒れたエステルを、自分の長兄が馬乗りになって押さえ込んでいる。


 こちらを向いたエステルの瞳から、ひとすじの涙がこぼれるのを見た瞬間、体中が沸き立つような激しい怒りを覚えた。


 自分の心が奪われたことにだって、これほど怒りが湧くことはなかった。

 しかし今は、荒れ狂うような感情の(たかぶ)りを感じる。


「……エステルから離れろ、レグルス」


 アルファルドに睨まれ、レグルスが舌打ちする。


「せっかくいいところだったのに、お前のせいで雰囲気が台無しになってしまった」


 レグルスが忌々しげに立ち上がった。


 その隙にアルファルドが魔法でエステルの体を浮かび上がらせる。

 怖がらせないよう、そっと抱きかかえると、エステルはさらに大粒の涙をこぼした。


「アルファルド様……。来てくださったんですね」

「遅くなってすまなかった。もう大丈夫だ」

「ありがとうございます……」


 アルファルドの肩に顔を寄せるエステルを見て、レグルスの顔が歪んだ。


「──アルファルド。王家の邪魔をしなければと見逃してやっていたが、やはり野放しにしておくのではなかった。エステルが変わってしまったのは、お前のせいだったんだな」

「私のせいとは?」

「エステルが、僕とは結婚しないと言った。お前が立場も(わきま)えず、僕のものに手を出したんだろう? エステル、君は知らなかったのかもしれないが、そいつは(いや)しい闇魔法使いなんだ。そんな汚れた人間に触れてはいけない。こっちにおいで」


 レグルスが歪んだ笑顔を浮かべながら手を差し伸べる。

 しかしエステルはレグルスから顔を背け、アルファルドの服をきゅっと掴んだ。


「エステル……どうして……?」


 レグルスが呆然と立ち尽くす。

 アルファルドは、ずっと震えたままのエステルを抱く腕に力を込めた。


「レグルス、お前は間違っている」

「……は? 間違っている?」

「エステルはお前のものではない」


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