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34. 王子と聖女の挙式

 ついに大神官がやって来た。

 レグルスは自分以外、誰もこの塔に寄せつけようとしなかったため、大神官も一人で訪れたらしい。


 エステルにとっては好都合だった。

 下手に騎士などに付き添われていては逃げるのが難しいが、レグルスと高齢の大神官の二人であれば、きっと逃げ切れる。


「リゲル大神官、よく来てくれた」

「レグルス殿下の仰せでございますから」


 レグルスが大神官のもとへと向かう。

 そして重い扉を開けると、老齢のリゲル大神官を部屋の中へと招き入れた。


「エステル、やっと式を始められるよ」


 レグルスが愛しい花嫁を振り返る。

 しかし、ベッドにいたはずの花嫁は、いつのまにかレグルスの足元にいた。


 次の瞬間、がちゃりと金属音が響く。


「エステル……?」


 呆然とするレグルスの足には、先ほどエステルから外した足枷がはまっていた。

 

 エステルが勢いよく立ち上がり、レグルスを思いきり突き飛ばす。そして、閉まりかけている扉へと走った。


「レグルス様、ごめんなさい。あなたとは結婚できません!」


 あとはこの部屋を出て、アルファルドのいるあの森を目指すだけ。


(絶対に、逃げ切ってみせる!)


 レグルスは足枷をはめられ、鍵はエステルが持っている。

 リゲル大神官は老齢だから、エステルに追いつけるはずがない。


 エステルは希望に満ちた表情で、扉の向こうへと足を踏み出した。しかし──。


「え……なんで……」


 なぜか不思議な力で押し返され、エステルは部屋の中に尻もちをついた。

 その拍子に足枷の鍵を落とし、目の前の扉も閉まっていく。


 何が起こったのか理解できず、ただ茫然と目を見開くエステルの後ろで、足枷の錠が外れる音がした。


「エステル、この塔は王族の証を持っていないと出入りできないと言っただろう?」


 レグルスがゆっくりと近づき、エステルの横にひざまずく。


「あ……」


 そういえば、そんなことを言っていた気がする。


(でも、王族の証って……?)


 ふと、アルファルドから聞いた話が思い出された。

 母である側妃から赤い石を渡されて塔を出ていったと。


 あの赤い石が王族の証だったのだ。


 アルファルドが十五年間も塔に閉じ込められていたのは、まだ転移魔法を覚えていなかったからだけではなく、あの石がなかったせいでもあったのだろう。


 石もなく、大した力も持たないエステルがここから逃げ出すなど、初めから無理だったのだ。


(失敗した──)


 絶望で目の前が真っ暗になるエステルを、レグルスが床に押し倒す。


「ねえ、エステル。今、僕から逃げようとしたの? どうして? どうして僕を突き飛ばしたの?」


 レグルスを押し退けようとしたが、強い力で両手を取られ、床に押しつけられてしまう。


「レグルス様……痛いです」


 震える声で訴えるが、レグルスの手が緩むことはない。

 感情の読めない目が、真っ直ぐにエステルを射抜く。


「僕とは結婚できないってどういうこと? 僕を愛してるんじゃないの? まさか、ほかに男ができたの? 誰? 教えて、そいつを殺すから」

「レ、レグルス殿下、それ以上は……」


 状況を掴めず固まっていたリゲル大神官が、ようやく我に返ってレグルスを止めようとする。しかし、レグルスに「下がれ」と命じられ、よろよろと後ずさった。


「リゲル大神官は早く式を始めてくれるかな。長い聖句は省いて、夫婦の誓いの儀式だけ執り行ってくれればいいよ。長引かせたら命はないと思って」

「か、かしこまりました」


 大神官が冷や汗をかきながら、夫婦の誓いの儀式を始める。


「そ、それでは……第一王子レグルス・アルゴル・グラフィアス殿下は、聖女エステル・ガーネットを妻とし、未来永劫変わらず愛することを誓いますか?」

「ああ、誓おう。愛しているよ、エステル」


 エステルに馬乗りになったまま、レグルスが愛をささやく。


「聖女エステル・ガーネットは、レグルス・アルゴル・グラフィアス第一王子殿下を夫とし、未来永劫変わらず愛することを誓いますか?」

「…………」

「──エステル、誓って?」


 固く口を結んで黙ったままのエステルにレグルスがだんだんと苛立ちを募らせる。


「……もういい、口づけを交わせば夫婦として認められるだろう。そうだよね、リゲル大神官?」

「いや……は、はい、殿下のおっしゃる通りです」


 レグルスに凄まれた大神官は、ありもしない決まりに同意してしまう。

 しかし、命の危機を感じて顔を真っ青にしている老人を責める気にはなれない。


「さあ、エステル。僕たちが夫婦になるための口づけだよ。こっちを向いて」


 レグルスがエステルの両手を左手で押さえ、右手でエステルの顔を正面へと向ける。


「うっ……嫌、です……」


 必死に顔を向けまいとしているのに、レグルスの力が強くて抵抗できない。

 レグルスの吐息が顔にかかり、もうだめかもしれないと涙がにじんだとき。


 部屋の扉が、突然、廊下の向こうへと吹き飛んだ。


 驚いて視線を向けるエステルの目に、見慣れた美しい黒髪が映る。


「……エステルから離れろ、レグルス」


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