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32. 自由を奪われて

 涙が少し落ち着いた頃、エステルはそろそろとベッドから立ち上がって辺りを見回した。


 部屋に窓はないものの、何かの魔法が使われているのか、中は明るくて暖かい。

 それでも、これからどうなってしまうのか分からない恐ろしさで、震えが止まらなかった。


(怖い……レグルス様もこの部屋も、全部怖い……)


 レグルスはいなくなってくれたが、この場所にも得体の知れない恐怖を感じる。

 石造りの壁と床からは押し潰されてしまいそうな圧迫感や息苦しさを覚えた。


 部屋自体も狭く、端から端まで10歩もかからないほどだ。

 置いてあるものといえば、簡素なベッドと本棚、書き物机、小さなテーブルセットだけだった。


(時計もないのね……)


 今は何時なのだろう。

 レグルスが「あとで夕食を持ってくる」と言っていたのを考えると、夕刻くらいだろうか。


 深夜になれば、大神官が到着して、レグルスと結婚することになってしまう。


(それまでになんとかして逃げ出さなくちゃ。でも、その前に足枷を外さないといけないわよね。ピンとか針金とか、何か落ちていないかしら……)


 ベッドの下など目につかない場所に、案外使えそうなものが落ちているかもしれない。

 そう思って床に這いつくばって探してみたが、残念ながら期待できそうなものは見当たらなかった。


(やっぱり、そう上手くはいかないか……)


 うつ伏せになりながらがっかりするエステルだったが、本棚と床の隙間に、何か紙切れのようなものが落ちているのを見つけた。


(あれは何かしら。役に立ちそうなことが書いてあるといいんだけど)


 紙切れで足枷の錠は外せないが、もしかしたら秘密の抜け道のヒントが書いてあるかもしれない。

 そんな希望を抱きながら手を伸ばし、紙切れを拾ってみた。


 見たところ、少し黄ばんでザラついていて、最近落とした紙ではなさそうだ。

 裏返しになっていたので、ぺらりとひっくり返してみると、そこには子どもの字が書かれていた。


 しかし、それは落書きのような可愛らしいものではなく、ひどく物騒な文字列だった。


 エルド伯しゃく、せんのう◯

 モーリス男しゃく、せんのう×

 エステリア男しゃく令じょう、せんのう◯

 アドラー夫人、せんのう◯


「何これ……。"せんのう"って、洗脳のこと?」


 たどたどしい文字と恐ろしい内容のちぐはぐさを不気味に思いつつ、しかしその文字に見覚えがあることに気づいてエステルは驚愕した。


「……これ、ミラの字だわ」


 ミラはよくエステルに手紙を書いてくれた。


「エステル、ありがとう」「エステル、だいすき」。


 そんな可愛くて温かな手紙をたくさん。


 しかし、そのミラの書いた手紙と、手元の洗脳リストの筆跡は怖いほどよく似ていた。


「『エステリア』と『エステル』なんて、ほとんど同じ筆跡だわ……」


 エステルは気づいてしまった。

 この部屋は、きっとアルファルドが幼い頃から閉じ込められていた塔の部屋なのだ。


 十五年の間、アルファルドが自由を奪われていた部屋。

 ここでアルファルドは心の一部を失ったまま、誰にも愛されず、ただ父と兄の言うことを聞かされていたのだ。


 アルファルドから話は聞いていたが、実際に自分も同じ目に遭ってみると、その酷さがさらによく分かる。


(ひどい……本当にひどい……)


 当時のアルファルドは心が欠けていたから、もしかするとそれほどショックは受けていなかったのかもしれない。


 それでも、ミラが感情をなくした顔でこんなリストを書いている姿を想像したら、胸が張り裂けそうなほど痛んで仕方がなかった。


 今さら、失われた時間を取り戻すことはできない。

 過去をやり直すこともできない。


 それでも、せめて辛い境遇で自分を犠牲にするしかなかったアルファルドを、優しく抱きしめてあげたい。

 そう強く思った。


(……アルファルド様は、今頃どうしていらっしゃるかしら)


 突然エステルがいなくなって、きっと焦っているはずだ。


(私が逃げたと思っていなければいいのだけど……)


 よく考えたら、ミラがいなくなってしまったから、呪いの依頼料の不足分を「ミラのお世話係」としてタダ働きするという名目がなくなってしまった。

 だから、不足分を踏み倒すために逃亡したのだと考えられてしまってもおかしくはない。


 今のアルファルドはそんな風に考える人ではないとは思う。


 けれど、もしエステルがアルファルドを置いて勝手に去るような人間だと思われたら、それでアルファルドが傷ついてしまったらと考えると、たまらなく悲しくなる。


(誘拐されたって気づいてもらえたらいいけど……)


 だが、もしエステルが誘拐されたと気づいたとしても、アルファルドが助けに来てくれるとは限らない。


 大神官が到着する前に居場所を特定できないかもしれないし、そもそも助けようとしてくれるかも分からない。


 この部屋はアルファルドにとって嫌な思い出しかない場所だ。

 それに、結局ただの居候でしかないエステルを助ける義務だってないのだ。


(……やっぱり、私が自力で逃げ出さなくちゃ)



◇◇◇



「そろそろ夕食かしら……」


 エステルが布団の中でぽつりと呟く。


 あれから部屋中を探したが、残念ながら足枷を外せそうな道具は見当たらなかった。

 けれど、きっとどこかで足枷を外せるタイミングがあるはずだ。

 その隙をついて逃げ出せるよう、ひとまずは大人しくして体力を温存することにしたのだった。


 部屋で目覚めたばかりのときは、ひどく恐ろしい場所に感じていたが、アルファルドが暮らしていた部屋だと思うと、恐怖も少し和らいだ。


(アルファルド様、必ずここから抜け出してみせますから、どうかわたしを信じていてください──)


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