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31. 囚われの聖女

 意識が戻ったエステルが、ゆっくりと瞼を開ける。

 目の前に見えたのは、宿屋でも森の隠れ家でもない、知らない天井。


 壁にも窓がなく、ここがどこなのか、今が昼なのか夜なのかも分からない。

 ベッドの横には食事が置いてあるが、もうすっかり冷めてしまっているようだった。


(わたし、どれくらい意識を失っていたのかしら……)


 とりあえず起きて状況を確かめたほうがいいだろう。

 エステルがベッドから下りようと体を起こすと、足元でジャラッと硬質な音が響いた。

 見れば、片方の足首に金属の輪がはめられ、鎖で繋がれている。


(えっ……何これ……?)


 驚いて固まっていると、部屋の扉が開いて、一人の見目麗しい男性が入ってきた。

 白銀の髪を揺らし、喜びに満ちた表情で真っ直ぐにベッドへとやって来る。

 そうして、鮮やかな赤い瞳を細めると、エステルを愛おしげに抱きしめた。


「やっと目が覚めたね。久しぶりに会えて嬉しいよ、エステル」


 耳元で囁かれる声に、エステルの心が凍りつく。


「君がなかなか帰って来られないみたいだったから、迎えにいってあげたんだよ。嬉しい?」


 美貌の男が、エステルの頭に頬を寄せてそう告げるが、嬉しさなど砂つぶ一つほどだって感じない。

 頭の中は、ただただ恐怖と疑問でいっぱいだった。


(どうして? どうしてレグルス様はわたしの居場所が分かったの?)


 魔石のペンダントがあれば聖女の力は感知されないはずなのに……と、そこまで考えてエステルはハッと気がつく。


 そういえば、昨日ミラからネックレスをプレゼントしてもらった際に魔石のペンダントをポケットにしまったあと、ペンダントのことをすっかり忘れてしまっていた。


 昨日はあまりにもいろいろなことが起こりすぎて、そっちにばかり意識が向いてしまっていたのだ。


(まさか──)


 恐る恐るポケットに手をやると、案の定、そこにしまっていたはずの魔石のペンダントがなくなっていた。


(どうして……?)


 考えられるのは、雨に降られて急いで宿屋へ向かったときだ。あのとき、人にぶつかった拍子に落としてしまったのかもしれない。


 魔石のペンダントが手元から離れたことでエステルの聖女の力を感知され、森の結界の外に出ていたせいもあって、すぐに見つかってしまったのだろう。


 思わず後悔の溜め息を吐くと、エステルを抱きしめていたレグルスが嬉しそうに笑った。


「エステルは溜め息を吐く音まで可愛いね。もっと溜め息を吐かせたくなってしまうよ」

「…………」


 可愛い存在には、溜め息を吐くより笑顔になってほしいものではないのだろうか。

 理解しがたい思考に、あの日ナイフで髪を切り取られたときの感触を思い出し、エステルの全身に怖気(おぞけ)が走った。


「ねえ、今までどこで暮らしていたの? まさか他の男と一緒だったんじゃないよね? もしそうなら正直に言って。そんな罪深い男は殺してやらないといけないから」

「い、いえ、一人で暮らしていました……」

「そっか、大変だったね。けど、思っていたより元気そうで安心したよ。あ、でもエステルが弱っていたら僕が看病してあげられたから、それでもよかったな」


 レグルスがまた、エステルには理解できないことを言い出す。

 どう返事をすればいいのか分からず黙っていると、レグルスはようやくその腕からエステルを解放してくれた。


 しかし、エステルの全身を眺めながら、わずかに顔をしかめる。


「その服、エステルには地味すぎるね。もっと豪華で色鮮やかな衣装をたくさん用意してあるから楽しみにしていて。僕が着替えさせてあげるからね」

「…………」

「ねえ、僕ばかり話しかけているみたいで寂しいな。エステルは僕と再会できて嬉しくないの?」


 レグルスの瞳に暗い影が差したのを感じ、エステルは慌てて返事をする。


「す、すみません。突然で驚いてしまったので言葉が出なくて……」

「そっか。たしかに急すぎたかもしれないね。でも、エステルの居場所が分かって、居ても立ってもいられなかったんだ。理解してくれるよね?」


 理解なんてできるはずもないが、否定した場合の反応が怖くて、エステルは小さくうなずく。


「ありがとう。エステルなら分かってくれると思っていたよ。でも、さっきから怯えてるみたいだね。この場所が怖いの?」

「……は、はい、少し。ここはどこなのですか? 外には出してもらえないのですか……?」

「ここは王家専用の部屋だよ。王族の証を持つ者しか出入りできないからエステルは出られないんだ。でも、せっかくエステルが帰ってこられたのに、もし誰かに攫われでもしたら大変だろう? だから、いろいろ準備が整うまでは、この部屋で我慢してくれるかな。もう二度と離れ離れにはなりたくないから」


 レグルスが完璧に整った顔で、にっこりと微笑む。

 その非の打ち所がない笑顔が、逆にエステルは恐ろしかった。


「レグルス様は、どうしてそこまでわたしに……」


 ──執着するのですか?


 レグルスは地位も容姿も、すべてを持ち合わせているのに、なぜ聖女とはいえ中途半端な力しか持たない人間を攫ってまで手に入れようとするのか。


 エステルにはその理由が分からなかった。


「聖女の力というのは、そんなに特別なものなのですか? 聖女の力さえ手に入れば、わたしのことはいらなくなりますか?」


 アルファルドは聖女の力を魔石に吸収させてくれた。

 力を移すことが可能なら、移した力をレグルスが使えるようにできれば、エステルのことは手放してくれるかもしれない。


 そう、淡い期待を抱いたのだったが、レグルスはやや立腹したように言い放った。


「そんなわけないだろう。聖女の力だけあったところで仕方ない。僕が欲しいのは君だ」


 レグルスの意外な返事に、不覚にも少しだけどきりとしてしまった。

 しかし、そのあとに続けられた言葉で、エステルは彼の真意を知った。


「僕とエステル。白銀の髪に赤い瞳を持つ王子と、亜麻色の髪に若葉色の瞳の特別な姫。そう、僕たちは冬の国の王子と、春の国のお姫様なんだ。君を一目見て、これは運命の出会いだと思ったよ。冬の王子が春の姫を見つけて結ばれる。世界は温かな愛に包まれて幸せな平和が訪れる──」


 レグルスが恍惚とした表情で『冬の国の王子と春の国の姫君』の童話を語る。

 エステルは、自分がレグルスの思い描く「運命の恋人」にさせられようとしているのだと悟った。


 レグルスが夢に浮かされたような眼差しをエステルに向ける。


「今、急いで大神官を呼び寄せているから、もう少しだけ待ってね」

「大神官様を呼び寄せる……? どうしてですか?」


 大神官は、神殿で一番偉い役職者だ。

 このような監禁部屋としか言えないような場所に呼びつけて、どうしようというのか。


 エステルが怪訝な表情で問うと、レグルスはエステルの頬に手を添え、幸せそうに笑った。


「どうしてかって、早くエステルと式を挙げたいからね。邪魔が入るといけないから、この塔で挙式するよ。その代わり、披露宴は盛大にするから許してくれるかな?」

「挙式……?」


 レグルスの話についていけない。

 彼の中では、すでにエステルは相思相愛の恋人となっているらしい。


 挙式などしてしまえば、もう妄想の中の話だけではなく、本当の伴侶になってしまう。

 そう考えると、恐怖のせいか勝手に涙が溢れてきた。


「泣くほど嬉しいんだね、エステル。今日の深夜には大神官が到着するはずだから、着いたらすぐに式を挙げようね」


 レグルスは人差し指の背でエステルの涙を拭うと、その指についたエステルの涙に口づけた。


「それじゃあ、式の準備があるから僕は少し出かけてくるよ。またあとで夕食を持ってくるからね」


 そう言い残して部屋を出ていくレグルスを、エステルは涙を流したまま茫然と見つめるしかなかった。


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