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23. ミラの悩み

 エステルとミラが畑に水をやりながら、ずいぶんと大きくなった(かぶ)の芽を嬉しそうに眺める。


「順調に育ってるわね」

「うん、昨日より伸びてる気がする」


 茎の背丈が高くなり、土を覆う緑色の面積もだいぶ増えている。

 聖女の力が使えたら、今頃もっと大きくなっていただろうが、こうやって自然な成長を見守るのもいいものだ。


 なんとなくミラの成長と重ね合わせて、エステルがふふっと笑みを漏らす。


「これからどんどん大きくなるわよ。ミラと一緒ね」

「僕と一緒?」


 ミラがきょとんとした顔でエステルを見上げる。


「ええ、ミラもこれからもっと背が伸びて、お兄さんになっていくのよ。楽しみね」


 ゆくゆくはアルファルドくらい背が高くなるだろうか。

 後ろから見たら見分けがつかなくなりそうだ。


 エステルが気の早すぎる想像をしていると、ミラは少しだけ困ったように微笑んだ。


「僕はそんなに大きくはなれないよ」

「どうして? そんなの分からないわよ。ミラはごはんもよく食べてくれるし、きっとアルファルド様みたいに大きくなれるわ」

「……そうだね。アルファルドくらいにはなれるのかもしれない」


 でも、とミラがエステルの袖を遠慮がちに摘む。


「大きくなれなくても、僕のこと好きでいてくれる?」


 ほっぺたと耳を赤くして、一生懸命な表情で尋ねるミラの愛らしさに、エステルの心臓が悲鳴をあげる。


 身長なんて関係ない。

 こんなに可愛くて優しくて良い子のミラは、きっと誰からも愛される男の子になるはずだ。


「もちろんよ! 大きくなくたってミラはミラだもの。いつだって世界一可愛くて大好きよ」


 そう力強く宣言すれば、ミラは嬉しそうに顔を綻ばせた。


「えへへ、うれしいな。僕もエステルのこと大好きだからね。ちゃんと覚えててね」

「ありがとう、嬉しいわ」

「じゃあ、次はミニトマトにお水をあげよう?」

「そうね。たっぷりあげましょう」


 エステルはジョウロを持って立ち上がると、ミラと手をつないで新しい水を汲みに向かうのだった。



◇◇◇



 夕食後、ミラが少し疲れたからと言って早めに就寝したあと、エステルは居間で難しい顔をしながら一冊の本を読んでいた。

 かと思えば、時折、右手を上下左右に振るような仕草をしたりして、なかなか珍妙な様子だ。


 アルファルドも気になったのか、後ろから声をかける。


「一体なんの本を読んでいるんだ?」


 アルファルドの問いかけに、エステルが本の表紙を見せる。

 そこには、流れるような書体で『風とともに生きる 〜世界を旅した料理人が教える野外調理法〜』とタイトルが記されていた。


「これは……風魔法の解説書と間違えて買った本か」

「ふふっ。やっぱり、そんなことだろうと思いました」


 またアルファルドのうっかりを発見して、エステルは微笑ましい気持ちになる。


「それにしても、こんな本を読んでどうしたんだ?」

「実は、ミラにもっと新鮮なお肉を食べさせたくて、山に罠を仕掛けて野うさぎでも獲ろうかと」

「野うさぎ? ミラが食べたいと言ったのか?」


 エステルの突飛な計画にアルファルドが首を傾げる。


「いえ、そういうわけではないのですが……。ミラはなぜか自分は背が伸びないと思っているようなので、何か力になってあげたくて。たくさんお肉を食べさせてあげたら、体も大きくなるかしらと思ったんです」

「そうか……」


 エステルの説明に、アルファルドはなぜか悲しそうな表情を浮かべた。


「す、すみません。もしかしてお節介でしたか……?」


 ミラのためになることなら、大抵の場合アルファルドは尊重してくれ、彼も喜んでいるような節があった。

 しかし、今回は少し様子が違うようで、エステルは焦ってしまう。


(男の子は身長のことにあまり触れられたくないとか……? それとも、結界の外に出ることになるからダメなのかしら)


 つい先走ってしまったけれど、やはり良くなかっただろうか。

 反省の面持ちで尋ねれば、アルファルドは少しためらうように視線を逸らした。


「いや、そんなことはない。ただ……君がそこまでしなくても大丈夫だ。肉がもっと必要なら私が用意するし、ミラもたぶん身長のことを気にしてるんじゃないだろう」

「そうなのですか? では、別のことで悩んでいるのかしら……?」


 心配そうに首を傾げるエステルに、アルファルドが答える。


「ミラが何に悩んで、何が起こるとしても……君がそれを受け入れてくれることを願う」

「それは──」


 どういうことなのかとエステルは尋ねたかったが、アルファルドはそれ以上何も言う気はないようで、くるりと背を向けた。


「私はもう部屋に戻る。……ミラについていてやりたい」

「は、はい。おやすみなさい……」


 ──ミラが何に悩んで、何が起こるとしても……


 遠ざかっていくアルファルドの背中を見つめながら、エステルの胸はなぜか不安に騒めいた。



◇◇◇



 翌朝。

 朝食の準備でパンを切っていたエステルは、ミラの足音に気がついた。

 焼き立てのパンを切り分けながら、ミラへ背中越しに挨拶の言葉をかける。


「ミラ、おはよう! よく眠れた?」

「うん、よく眠れたよ、エステル」


 いつもの明るく朗らかなミラの声。

 昨晩は夕食を食べる量も少なめで疲れている様子だったが、一晩寝たら元気になったようだ。


(この調子だと、朝食は多めにしたほうがいいかしら)


「ミラ、お腹が空いたんじゃない? 今、テーブルに運ぶから、ちょっと待っててね」


 そう言って笑顔で振り返ったエステルは、ミラの姿を見て、手に持っていたジャムの瓶を取り落とした。


「ミラ……あなた、体が──」


 少し困ったように微笑んで立つミラの体は、なぜかうっすらと半透明になっていて、向こう側が透けて見えていた。


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