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15. 悪い子

 ある日、アルファルドが買い出しに出掛け、エステルとミラが二人で留守番をしていたときのこと。


 ミラは居間のテーブルで楽しそうにお絵かきをし、エステルはその間に洗濯物干しを済ませようと庭に出ていた。


 そうして一仕事終えたエステルが部屋に戻ってきたのだったが……。


(どうしたのかしら。ミラの様子が変だわ)

 

 さっきまで楽しそうにお絵かきをしていたはずのミラが、今は意気消沈したように暗い表情をしている。


「ミラ、大丈夫? 具合が悪いの?」


 顔色もよくないため、体調を崩してしまったのかと思って聞いてみるが、ミラは無言で首を横に振る。

 一応、おでこに手を当てて熱がないか確認してみたものの、特に異常はなく平熱のようだ。


 でも、明らかにいつもの朗らかなミラと様子が違う。


「こんなに辛そうな顔をして……。もしかして、朝ごはんがよくなかったのかしら……」


 うっかり傷んだ食材でも使ってしまっただろうかと心配になっていると、うつむいていたミラがハッとした様子で顔を上げた。


「ち、違うよ! 朝ごはんが悪かったんじゃないの……! そうじゃなくて──」


 ミラが声を震わせる。

 綺麗な紫色の瞳がたちまち潤み、片方の瞳から透明な涙が一粒こぼれた。


「僕、悪い子なの……」

「ミラ……?」


 ミラが悪い子だなんて、なぜそんなことを言うのだろう。

 なぜ、こんなにも悲しそうな顔をしているのだろう。


「ミラ。どうしてそんなことを言うの? ミラは悪い子なんかじゃないわ」


 ぽろぽろとこぼれる涙を拭いてやりながら、エステルが優しく言い聞かせるが、ミラは辛そうに首を振る。


「ううん、悪い子だよ。きっとエステルも僕のこと嫌いになっちゃう……」


 そう言ってしゃくりあげるミラが可哀想で、エステルはその小さな体をぎゅっと抱きしめた。


「大丈夫よ。何があってもミラのことを嫌いになったりしないわ」

「本当……?」

「ええ、絶対。約束する。だから、どうしてそんなことを言うのか教えてくれる?」

「……うん」


 そうしてミラは、自分が悪い子だと思って落ち込んでいた理由をエステルに教えてくれた。




「──そう、アルファルド様の道具を壊してしまったのね」

「……うん」


 どうやらミラは、エステルが外で洗濯物を干している間、ぬいぐるみのポポとレミーの絵を描こうとして、アルファルドの部屋に行ったらしい。


 そこでぬいぐるみを引っ張ったときに、勢いあまって机の上に置かれていた小振りの杖に当たり、杖が床に落ちた。そのときに杖の飾りの部分が折れて壊れてしまったのだった。


 ミラは焦った。


 杖を壊してしまうのは悪いこと。

 見つかったら叱られてしまうかもしれない。

 だから、見つからないように隠してしまおう──。


 そう思って、壊れた杖をミラの遊び場にあるおもちゃ箱の中に隠したのだという。




「ごめんなさい……」


 隠していた杖をおもちゃ箱から取り出して、ぐすぐすと泣きながら謝るミラの頭をエステルが優しく撫でる。


「ミラ、教えてくれてありがとう。ちゃんと謝れたのも偉いわ」

「え……?」

「杖を壊してしまったのはよくなかったかもしれないけど、わざとじゃなかったんでしょう?」

「うん……」

「誰でもうっかり物を壊してしまうことはあるわ。わたしだって、手が滑ってお皿を割っちゃったことがあるもの。仕方がないことよ」

「でも、僕、壊しちゃったのを隠して黙ってたから、やっぱり悪い子だよ……」

「それでも、ミラは隠すのはよくないと思って、きちんと話して謝ってくれたでしょう? だから悪い子なんかじゃないわ」

「本当に……? 悪い子じゃない? エステルは僕のこと嫌いにならない?」

「ええ。ミラは正直で勇気のある良い子だわ。わたし、ミラのことが大好きよ」

「エステル……。僕もエステルが大好き……!」


 ミラがエステルに抱きつく。

 エステルは甘えるように寄りかかってくる小さな頭を片手で包み、もう片方の手でミラの背中をトントンとなでてやった。


 ゆっくりとしたリズムが心地よいのか、ミラの様子が次第に落ち着いてくる。

 エステルがほっと安心していると、ちょうど玄関のほうから物音が聞こえた。

 アルファルドが買い物から帰ってきたようだ。


「……アルファルド、帰ってきたね」

「そうね。ミラはどうする?」

「僕……ちゃんと謝る」

「分かった。正直に話して謝れば、きっと許してくれるわ」




 居間で買い物の荷物を出していたアルファルドは、エステルとミラがそろって神妙な顔をしてやって来るので、少し驚いたようだった。


「アルファルド様、おかえりなさい」

「ああ、ただいま。……二人とも、どうした? ミラは泣いたのか?」


 ミラの目が赤いことに気づき、アルファルドが尋ねる。


「うん……実は僕、アルファルドに謝らないといけないことがあって……」

「私に謝ること?」

「あの、あのね、僕……アルファルドの机にあった杖を壊しちゃったの……ごめんなさい!」


 壊れた杖を両手で差し出しながら、ミラが謝る。

 その隣で、エステルも頭を下げた。


「わざとじゃないんです。うっかりぬいぐるみが当たってしまって……。それに、目を離していたわたしも悪いです。申し訳ありませんでした」


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