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12. 衝撃の朝

 翌朝。廊下からパタパタと可愛い足音が聞こえ、ミラの元気な声が台所に響いた。


「エステル、おはよう!」

「おはよう、ミラ。昨日はぐっすり眠れた?」

「うん、春の国のお姫様の夢を見たよ! 昨日の魔法の劇、すごく楽しかったから、また一緒にしようね」

「ええ、そうね」


 どうやら雷の怖かった記憶は薄れ、楽しい気分のまま朝を迎えられたようだ。

 お話をした甲斐があったと思っていると、続いてアルファルドも起きてきた。



 ──ミラは君と一緒だと安心するみたいだな


 ──私もそうなのかもしれない



 昨日、アルファルドの言葉に動揺してしまったエステルは、なんとなく意識してしまう。


「お、おはようございます、アルファルド様。しっかりお休みになれましたか……?」

「ああ、久々に深く眠れた気がする」


 そう言って椅子に腰掛けるアルファルドだったが、その顔はどこかぼんやりとしていた。

 いつもはもっとシャキッとしていたはずだが、よく寝過ぎたせいで目が覚めきっていないのだろうか。珍しく髪にも少し寝癖がついている。


(ふふっ、なんだか子供みたい……)


 ぴょんと跳ねた毛先をついじっと見ていると、ミラが気づいて、アルファルドに教えた。


「アルファルド、寝癖がついてるよ。直さなくちゃ」

「寝癖……?」


 寝ぼけ眼で頭に手をやり、もぞもぞと動かしている。


(寝癖を探しているのかしら。可愛い──……って、やだ、私ったら。アルファルド様を可愛いと思うなんて……)


 ミラのことを愛ですぎているせいで、アルファルドにまでそんなことを思うようになってしまったのだろうか。


 とっさにアルファルドから目を逸らしたが、ミラが今度はとんでもないことを言い出した。


「アルファルド、エステルに寝癖を直してもらうといいよ。エステルは寝癖を直すのが上手だから」


(ミ、ミラ!?)


 ミラは子供だからエステルが寝癖を直してあげていたが、さすがに成人男性の寝癖を直してあげるのはおかしいはずだ。


 そう思って、やんわりと断ろうとしたエステルだったが、まさかのアルファルドがうなずいた。


「分かった。では、直してもらってもいいだろうか?」

「えっ、は、はい!」


 つい引き受けてしまったが、やっぱりおかしくないだろうか。


(もしかしてアルファルド様、ものすごく寝ぼけていらっしゃる……? でも、引き受けたからにはちゃんと寝癖を直してあげないと)


 エステルの真面目な性分が変なところで顔を出す。


「では、ちょっとお待ちくださいね」


 エステルが流し台へ行き、お湯に浸したタオルを絞って戻ってくる。

 そうして、アルファルドの寝癖の上に温かなタオルを載せた。


「熱くないですか?」

「……気持ちいい」


 タオルの温かさが心地よいようで、アルファルドが目を瞑る。

 エステルはそのまましばらく待ったあと、今度は乾いたタオルを優しくあてて、髪の水気を丁寧に取ってあげた。すると……。


「わあ! さすがエステル!」


 ミラがはしゃいで声を上げた。

 エステルが満足げに微笑んで、アルファルドに報告する。


「アルファルド様、寝癖が直りましたよ」


 エステルに話しかけられて目を開けたアルファルドが、ゆっくりと振り向く。


「そうか。ありがとう、エステル」


 微笑むように少しだけ細められた、綺麗な紫色の瞳と目が合って、エステルは心臓が跳ねるのを感じた。


「い、いえっ! な、直せてよかったです!」


 動揺したせいで、不自然に大きな声が出てしまう。


(だって、アルファルド様が笑うなんて思わなかったから……)


 ミラのような満面の笑顔ではなく、見る人によっては気づかないかもしれないくらいのわずかな表情の変化だったが、エステルにはとても柔らかな微笑みに見えた。


 もしかしたら、エステルに笑いかけてくれたのだろうか。

 いや、単に温かいタオルが気持ちよくて、思わず顔がほころんだ可能性もある。


 そんなことをぐるぐると考えていると、横からミラがひょこっと顔を出した。


「エステル、もうテーブルにフォークを並べてもいい?」

「あっ! そうね、ありがとう。助かるわ」


 そうだった、朝食の準備をしなくてはいけないのだった。

 アルファルドの笑顔に衝撃を受けて、すっかり頭から飛んでしまっていた。


 エステルは慌ててタオルを置き、サラダなど朝食のおかずを皿に盛りつける。

 そうしてテーブルに運ぼうとしたのだったが、いつのまにかすぐ目の前にアルファルドが立っていた。


「……私も手伝う」

「えっ!?」


 アルファルドが手のひらを差し出す。

 まさか、お皿を運んでくれるというのだろうか。

 そんなことは初めてで、エステルは驚いて固まってしまう。


 すると、アルファルドが差し出した手をわずかに下げた。


「……私の手伝いは余計だろうか?」

「いえ、そんなことありません! ありがたいです!」


 エステルが盛りつけの済んだ皿を手渡すと、アルファルドがテーブルまで運んで並べてくれた。

 ミラは「ウサギさんのりんごがある!」と喜んでいる。


(今日は朝から驚くことばかりだわ……)


 だが、アルファルドがだんだんと自分にも心を開いてくれているようにも思えて、嬉しかった。


 エステルは自然と鼻歌を歌いながら、パンとジャムの載ったお盆を運ぶのだった。


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