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溺愛のススメ  作者: 桜祈理
1年生

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9 信じてるから

「あんなのと一緒に帰る必要なんかないのよ」


 雅さんはあのあと何度も、念を押すように言ってくれた。

 「私たちと一緒に帰ればいい」とか「嫌なら私から断ってあげるから」とかちょっとムキになってあれこれ提案してくれたけど、最後には昂ちゃんに「雅、しつこいよ」と言われ、不貞腐れていた。

 2人のやり取りを微笑ましく眺めながら、私のせいでケンカみたいになっちゃうのは忍びないなあなどと思いつつ。


 でも、もう逃げることはできない気がしていた。

 先輩が直接乗り込んできた以上、いつまでもこのままってわけにもいかない。

 私は覚悟を決めて、深呼吸した。

 よし、行こう。


 その日の作業の残りや後片づけ、翌日の準備なんかを終えてから玄関に行くと、下駄箱に凭れて俯く先輩の横顔が見えた。

 前の方に回り込むと先輩は私に気づいて、強張っていた表情を緩める。

 心なしか、少し泣きそうに見えた。


「おつかれ」


 微笑んだ先輩の手が伸びて来て、いつものように私の頭を撫でる。

 変わらない仕草に安心してしまうのと同時に、冷たい何かがすーっと胸に流れ込んでくるのを感じた。


「おつかれさまでした」


 言ってしまってから、なんで敬語になった?と我ながら思った。

 覚悟を決めて来たつもりだったけど、いまだ整理のついていない心の中の微妙な葛藤が不意に顔を出してしまったらしい。でもここで言い訳するのも何か違う気がして、そのまま取り繕うことをしなかった。


 先輩は、傷ついたように顔を歪めた。

 いや、そんな気がしただけかもしれない。


「乙葉、明日なんだけど」


 躊躇いがちに先輩が口を開く。


「明日は一緒にいよう。いろいろ回ったりとか」

「え、明日も生徒会の人たちに手伝い頼まれてるんだけど」

「なんで?」

「なんでって、雅さんたちに頼まれてて。最後の文化祭だから、私も手伝ってあげたいし」

「俺にとっても最後の文化祭なんだけど」


 珍しく、先輩が不愉快そうにムッとした表情を見せる。


「そりゃそうだけど。でも忙しいんじゃないの?」

「忙しくない」

「無理しなくても」

「無理してない」

「でも」

「乙葉」


 先輩は立ち止まって私の方に向き直った。

 私の両肩に手を置いて、思いつめたような、真剣な目で私を見据える。

 その瞳に全てが見透かされそうで、私はつい視線を下に向けてしまう。


「なんか、聞いたんだろ」

「別に、何も聞いてないよ」


 下を向いたまま、咄嗟に答えた。

 何もない。

 何も聞いてない。

 何もなかったことにしたい。

 そう決めたのだから。



 桐生くんに先輩の話を聞いた日、私は家に帰ってから1人でぼんやりと考えていた。

 

 つきあう前も、つきあってからも、私たちの間の距離は一向に変わらなかった。

 毎日「可愛い」と言ってくれる先輩が本当は何を見ているのかわからなかったし、「可愛い」と言われながらその言葉に何の熱も含まれていないことに私も気がついていた。

 でもちょろい1年生の私はそういう先輩の態度や言葉に絆されてどんどん好きになってしまっていたし、私は先輩を好きだけど、先輩が私を本当はどう思っているのか聞くのは怖かった。

 そう、怖かったのだ。

 先輩がどういうつもりで私とつきあうことを決めて、どんな気持ちでつきあっていたのかはわからないけど、私と同じくらいの気持ちでいるとは到底思えなかったから。

 嫌われてはいないだろうけど、好かれているとも思うけど、私が思う意味での「好き」とは違う気がしていた。


 だから桐生くんから話を聞いて、どこか猛烈に納得している自分がいたのだ。


 そりゃ、ほかに好きな人がいるのにつきあうなんて酷い、と思った。

 裏切られたとも思ったし、所詮私は先輩の好きな人の「代わり」でしかないのだろうとも思った。


 もちろんそのことはショックだったし、なんなら今だって完全に吹っ切れたとは言えない。


 でも。


 先輩にはほかに好きな人がいるのかもしれないけど、「つきあう?」と言ってくれたのは先輩だったし、「彼女」としてずっと隣の位置にいられたのは私だった。

 届かない相手を想い続ける辛さに耐えられず、手を伸ばした先にいた私がたまたま告白してきたから選んだだけだとしても、それでも私を選んでくれたことに何かしら意味があるんじゃないだろうかと思えた。

 そう思いたいだけだったのかもしれない。

 それくらい、私が先輩のことを好きになり過ぎただけなのかも。


 それでも、私を「彼女」にしてくれた先輩の気持ちを信じたい。


 だから、先輩が私のことを好きじゃなくても、ほかの誰かのことを好きでも、もう別にどっちでもいい、と腹を括ることにしたのだ。


「あのさ」


 私は顔を上げ、目の前の先輩を見上げる。


 先輩の顔が今にも泣きそうに見えて、どうしてだか、とても切なくなる。自分の手で、笑顔で、言葉で、心の全てで、この人を元気づけてあげたくなる。

 私は自分という存在の全てを使ってでも、先輩のいちばん近くにいたい。


「私、信じてるから」

「え? 何を?」

「先輩の気持ち」


 ほかの人たちが何か言ってても、何を知っていても。


 先輩の気持ちを信じてる。

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