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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
1年生
8/75

8 あんたに関係ある?

 放課後になって実行委員の仕事のために生徒会室に行くと、私の顔を見つけた雅さんが急に両手を広げて抱きついてきた。


「乙葉ちゃん!」

「え、何? どしたの?」


 朝、昂ちゃんの疑惑の目を完全否定したあとで合流したときは、雅さんにいつもと変わった様子はなかった。だからそのまま何食わぬ顔で一緒に登校したんだけど、私と別れたあとに昂ちゃんから何かを聞いたんだろう。

 何を聞いたかは、わからないけど。


 あれだけ否定したのにやっぱり何かあったと疑ってるんだなと気づいて、心配性の兄貴は侮れないなあと少し泣きたくなった。

 抱きついたあと、何故かよしよしをするように私の頭を撫でていた雅さんは、申し訳なさそうに上目遣いをして言った。


「あのね、今日はね、生徒会の仕事を手伝ってほしいの。クラスより、こっちを優先させてくれないかな?」


 優しげに微笑んではいるけど、有無を言わせない空気が怖い。

 この人、何を企んでいるんだか。


「悪いな、ちょっと人手が足りなくてさ」


 いつのまにか部屋に入ってきていた昂ちゃんも加勢する。

 2人して何を考えているのか知らないけど、この2人に頼まれたら断れるわけがない。


「いいよ。じゃあクラスの方に断ってきていい?」

「あ、それはもう、話しておいたから」

「乙葉ちゃんはこのまま私たちを手伝って?」


 にこやかすぎる雅さんが、逆に怪しすぎる。

 なんだ、この人たちの仕事の早さは。

 腑に落ちないところしかなかったけど、私はそのまま生徒会室に残った。



 そうして一日生徒会の手伝いをしていたら、なんとなく2人の魂胆が見えてきた。多分、私が先輩に遭遇しないよう、周到にガードしているのだ。

 自分たちの近くに置いておけば先輩と顔を合わせるのを回避できるどころか、もし突然の襲撃に遭っても確実に返り討ちにできる、と踏んだのだろう。


 3年生の一部では先輩と親友、そしてその彼女のことは有名な話だと聞いていた。となると、この生徒会上位に君臨する2人が知らないはずはない。私がどこからかその話を聞きつけ、ショックを受けていると気づいたんだろう。


 だから、私がこれ以上傷つかないように守ろうとしてくれている。

 何故そこまで、と思いつつ、心の中がじんわり温かくなるのをしみじみと感じていた。




 それから一週間ほどで、文化祭当日を迎えた。

 先輩には奇跡的に一度も会っていない。何度かLINEをやり取りしたけど、それだけだった。

 恐らく、生徒会主導の「乙葉完全警護計画」が実行されていたんだと思う。自分で言うのもアレだけど。今や私を甘やかすのは昂ちゃんや雅さんに留まらず、生徒会メンバー全員にまで広がっている。私が先輩に偶然にでも遭遇しないよう、念には念を入れて守られていたっぽい。どこのSPだよ、というほどの有能さである。

 特に連絡も来なかったので文化祭当日に先輩と何かを約束することもなく、それを察したのか雅さんには「当日もお手伝いお願いね」と言われていた。


 桐生くんは会うたびにずっと何か言いたそうな顔をするから、そのたびに大丈夫だよ、という意味も込めて精一杯にこやかに笑ってみせている。そうすると、桐生くんはますます困ったような、何か言いたそうな顔をする。

 その繰り返しだった。


 とにかく私と先輩の間には何もなく、それでも何かを察したらしい優しい人たちに囲われ、守られて過ごしていた。




 文化祭のメインイベントが開催される体育館のステージでせっせと準備作業に勤しんでいたときだった。突然バタバタと走り込んでくる足音が聞こえてきたと思ったら、


「乙葉!」


 聞き覚えのある声が私の名前を呼んだ。

 ずっと聞きたかったような、もう一生聞きたくなかったような、あの少し低い声。


 思い切って振り返ると、先輩が私の目の前に駆け込んできていた。


「乙葉、お前この前泣いてたってほんとか?」

「は? いつ?」

「一週間くらい前?」


 あ、桐生くんに話を聞いたときかな。

 泣いたって言っても、ほんの一瞬なんだけど。


 ていうか、その話どこから聞いてきたんだろうと思っていたら、横から絶対零度の冷たい声が飛んできた。


「それ、あんたに関係あること?」


 雅さんだった。

 やばい、雅さんがビームでも出しそうなほどの殺気を放っている。


「乙葉ちゃんが泣いてたとして、あんたに関係ある?」

「あるに決まってんだろ。乙葉は俺の彼女だ」

「彼女ねえ?」


 意味ありげに雅さんが口角を上げる。

 こういうときの雅さんの皮肉めいた口調は想像を絶する痛烈さがあるし、攻撃力が無駄にどんどん上がってる気がするんだけど。


「一週間も経って、何よ今更」

「今初めて聞いたんだよ。ていうか、雅は邪魔なんだよ。乙葉と話しさせろよ」


 いつのまにか、雅さんは私を守るように先輩との間に立っていた。私から先輩は見えにくいし、向こうも同じだろう。

 そうしたら、こちらを窺うような切羽詰まった声が聞こえた。


「乙葉、桐生くんと何話してた?」


 先輩は何をどこまで知ってるんだろう?

 桐生くんから先輩の好きな人の話を聞いたって、どこかから聞きつけてきたのかな。

 そのせいで泣いたこともバレてる?


 でも、そのことについてはここまでの時間の中ですでに自分なりの答えを見つけていた。

 ただ頭では整理できても、気持ちが全然追いついてこない。だから気持ちがちゃんと追いついたら、踏ん切りがつけられたら、またもとの場所にきちんと戻ろうと思っていた。

 これは私の問題で、先輩の気持ちには関係ないこと。

 私さえ覚悟が決まれば、あとは何も変わらない。


 そう思っていた私は、「覚えてない」とだけ答えた。

 ちょっとぶっきらぼうな言い方になってしまったのはこの際仕方がないと思う。


「誰に何を聞いたのか知らないけど、自業自得じゃない?今更何よ。とにかく乙葉ちゃんはあんたと話す気はないし、私たちもあんたと会わせたくもないの。いい加減、わかったら戻って仕事して」


 気づいたら、いつも以上に苛烈な物言いの雅さんだけじゃなく生徒会の他の面々も先輩を威圧するように睨みつけている。

 圧倒的に不利な雰囲気に押されたのか、先輩は後退りをした。


「乙葉」


 それでも、先輩が私の名前を呼ぶから、つい返事をしてしまう。


「何?」

「今日、一緒に帰るからな」


 それだけ言って、先輩は体育館から出て行った。

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