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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
1年生
7/75

7 大丈夫

 それは、3年生の一部では有名な話のようだった。


「俺、実は藤野先輩と中学が一緒でさ。藤野先輩の親友って言われてる速水先輩も同じ中学だから知ってるんだけど」


 私は桐生くんが発する言葉を、ただ黙って追いかけている。


「その速水先輩と彼女さんって、今まで何回も別れたりよりを戻したりしてるらしくてさ。速水先輩、ちょっとチャラいんだよ。それで悩んだ彼女さんが藤野先輩にいろいろ相談してるうちに、藤野先輩が彼女さんを好きになっちゃって、ってことらしい」


 そっか。

 ふうん。

 そうなんだ。


「望月さん」


 桐生くんは、気遣わしげな目で私を見た。


「ごめん、余計なお世話だった」


 申し訳なさそうな顔をしている。

 そんな顔、しなくていいのに。


「教えてって言ったの、私だからさ」


 私は完全にフリーズした頭の中を必死で再起動し、精一杯にっこりと笑った。

 大丈夫。ちゃんと笑えてる。


 そしたら桐生くんがバタバタと自分のポケットの中を探り始め、かと思うと急に立ち上がって小走りでどこかに行ってしまった。

 どうしたんだろ?って思ったらまたすぐ戻ってきて、唐突に箱ティッシュを差し出した。


「?」

「拭きなよ」

「え?」


 箱ティッシュを差し出したまま、じっと私を見つめる桐生くん。

 そこで初めて、私は自分が泣いていることに気づく。


「あ、だ、大丈夫だよ」


 私はごまかすように笑いながらティッシュをもらって、乱暴に涙を拭いた。


「なんか、そんな気はしてたんだよね。あ、いや、そこまではっきり予想してたわけじゃないんだけど。なんか、うん、すごい納得した」


 涙を拭きながら、必死で取り繕うようにぺらぺらしゃべり続けていたらわりとすぐに落ち着いてきた。


 大丈夫。

 私は大丈夫。


「こっちこそごめんね。気を遣わせちゃったね。ありがと」


 心配をかけないように、できるだけ何でもない風を装う。

 桐生くんはまだ何か言いたそうに口を開きかけたけど、諦めたようだ。

 「休憩時間の希望が決まったら教えて」とだけ言って、去っていった。



 そのあとのことは、実はあまり覚えていない。

 体調不良を理由にして、私は文化祭準備の仕事を途中で抜けて帰った。これくらいのことで、と思いながらも、先輩と一緒に帰ることを考えたら逃げるしかなかった。

 今はまだ、先輩の顔を見れる気がしない。

 かといって、明日になったら大丈夫になるかどうかもわからないけど。


 わからない。

 頭がぼーっとして、何も考えられない。


 帰り際、「具合が悪いから今日は先に帰る」と連絡すると、「大丈夫か?」「気をつけて帰れよ」とだけ返事が来て、それっきりだった。





 次の日の朝。

 起きてすぐ、予想通り何ともない自分の顔を見てホッとした。

 まあ、昨日の夜は涙が止まらないなんてこともなかったし、いろいろ考えて眠れないなんてこともなかったし。だから、まぶたも腫れてないし、クマなんかもない。

 至って普通。

 いつも通り。


 ただ、ため息は出る。気を抜くと特に。


「なんかあったのか?」


 玄関を出たら、昂ちゃんが私の顔を見るなり眉を顰めた。


 なんだろう、この人。

 鋭い。鋭すぎる。


「なんもないけど」

「ふうん」


 見るからに納得していない様子で、昂ちゃんは私の顔を覗き込む。


「お前さ」

「なに?」

「お前が思ってる以上に、俺はお前の兄だ」

「は?」

「兄的存在だ。いやもはや兄以上かもしれない。わかるか?」

「わからん。何を急に」

「お前がここに引っ越してきて、小さいうちはしょっちゅううちに来てたよな」

「まあ、そうだね」



 私は、4歳のときにこの家に引っ越してきた。

 新しい家は新しくて大きくて、うきうきしながら隣の家に挨拶に行ったら、自分より少し年上らしい男の子が2人いた。

 急に恥ずかしくなってろくに挨拶もできなかったけど、うちのお母さんと昂ちゃんたちのお母さんがすごく仲良くなったこともあって、何かあるとすぐ隣の家に預けられるようになった。


 昂ちゃんのお母さんは、すごく優しくしてくれた。

 昂ちゃんの3つ年上の兄の悠ちゃんも、すごく優しかった。


 私が小学校に入学したとき、学校まで毎日一緒に行ってくれたのは悠ちゃんだった。悠ちゃんは6年生で、1年生の私と一緒に登校するなんてめんどくさかったと思うのに。


「乙葉と一緒だと、女子が『乙葉ちゃんかわいい』って寄ってくるだろ?」


 俺が女子に人気あるみたいで気持ちいいんだよな、と悠ちゃんは楽しそうに笑っていた。



「俺にとっては、いや兄貴にとっても、お前はずっと妹みたいな存在だった。いや、妹だと言っていい。いつも俺たちの後ろをついてきて、俺たちと一緒になってはしゃぎ回るお前を見て、俺たちはずっとお前の味方でいるって決めたんだ」

「は?なにそれ」


 初耳だった。

 てか、なんで急にそんな話をし出すのか。

 しかも内容が、ちょっと重い。

 ずっと味方でいるって何?まるで私がずっと一人だったみたいじゃん。


 そこまで考えて、私は思わず泣きそうになり俯いた。

 昂ちゃんや悠ちゃんがそんなこと思ってたなんて知らなかったけど、2人が幼いながらにそう決めた理由は、なんとなく察しがついたからだ。


「一人で我慢するな」


 いろいろ、気づいているんだろう。


 でも。


「大丈夫」


 私は笑った。


「何もないし。だから大丈夫」


 私の笑顔を見て、昂ちゃんはますます眉を顰める。


 言いたくない。

 言いたくなかった。

 言ってしまったら、多分壊れてしまう。

 だから私は、何もなかったことにした。


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