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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
卒業後

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side伊織 ⑨ 

 あまり気乗りしない合宿の日になった。


 一日でも乙葉と離れるのが嫌だし一人で夜を過ごさせるのも心配なのに、乙葉と来たら「私のことより花梨さんファーストでお願いします」なんて冷たいことを言う。

 俺はため息をついて家を出るしかなかった。


 当の早乙女は「気にしないで、大丈夫よ」とは言うものの、その目が怯えのせいで揺れているのは明白で、多少強がっているのがわかる。


 それくらい甲斐のLINE攻撃は頻繁で、しかも不気味らしい。

 なんならこの合宿に関しても「飲み会の途中で話がしたい」「抜け出せないか?」とか言ってくるあたり、何か企んでいることは間違いないだろう。



「部屋は私と一緒だし、飲み会の間も私から離れちゃダメよ」

「大丈夫だって。そこまでしなくても」

「あのねえ。甲斐くんは正真正銘クズなんだから。油断しちゃダメ」



 水無瀬は俺たちの知らない甲斐情報を掴んでいるらしく、俺たちよりよほど警戒していた。


 いくら泊まりとはいえ、こんな状況でまさか犯罪まがいの行為に及ぶことはないだろうと言った夏目に対し、「あなたたちは甘い」と断言したくらいだ。


 でも「正真正銘クズ」って、一体何をやらかしたんだろう。




 夕方、大学所有の合宿所に集まってそのまま「前期慰労会」の準備をし、教授陣も来て宴会が始まった。


 はじめは各研究室ごとに座っていたのが、酒が進むにつれそれぞれ席を交換したり別の場所に移動したりして遠慮なく飲み続ける。


 早乙女の隣には水無瀬がぴったり張りつく代わりに、俺たちは4年生や教授たちや他のゼミ生とそこそこ交流しつつ、甲斐の動向の監視を怠らなかった。


 甲斐も俺たちと同じように教授や4年生と談笑している。



「なんか俺たちって」


 大我がだいぶ不愉快そうな声で、ローストビーフをつまむ。


「いつから早乙女親衛隊になったんだ?」

「親衛隊にはなってねえよ。でもあいつに何かあると乙葉が悲しむからさ」

「伊織の行動基準はいつもはっきりしててうらやましいね」

「俺たち、あいつのこと警察に突き出そうと思ったこともあったのにな。でもこうなってくると、何とかしてやりたいって思うよな」



 早乙女に関する事実を耳にして、いちばん態度を変えたのは夏目だった。

 会えば口論必至の関係だったのが、水無瀬の取りなしもあって今では普通に会話ができている。


 早乙女自身も、妙に突っかかってくることがなくなった。

 いつもどこか高飛車で、不遜な態度だったのが屈託なく笑うようになった。



 明らかに雰囲気の変わった早乙女を見ていると、あの鼻につく態度も結局はまわりにいる俺たちがそうさせていたのかもしれないと思う。



「あー、俺も普通に飲んだり食ったりしたかったよー」

「飲んだり食ったりすればいいだろ」

「監視しながらだと心置きなくゆっくり飲めないじゃん。俺がそんなに飲めないの知ってるだろ」

「そんなに飲めないのわかってるなら無理して飲むなよ」

「俺は楽しい酒が好きなの。あー、ごめん、あっちの子たちに挨拶して来ていい?」



 顔の広い大我は、同じ学科の中でも知り合いが多いようで声を掛けに行ってしまった。

 

 どうもあいつ、今回のことに関してはやる気が感じられない。まあ、気持ちはわからないでもないが。



 俺も乙葉に言われてなければ、ここまで骨を折ったり労力を費やしたりしていないだろう。

 もしも今日この場で早乙女が甲斐に言い寄られたとしても、嫌ならちゃんと断ればいいだけでは? などと思ってしまう。



 だが、俺はこのとき知らなかったのだ。

 水無瀬が甲斐を「クズ」と言う理由も、何故それほどまでに警戒しなければならなかったのかも。





 甲斐の監視を夏目に任せて急いでトイレに行き、戻ろうとしたところで焦った様子の水無瀬に呼び止められた。


「藤野くん、花梨ちゃん見てない?」

「は? お前がずっと一緒だったんじゃないのか?」

「それが、一緒にトイレに来たんだけど私が外に出たらいないの。中にももちろんいないし」

「先に会場に戻ったんじゃ」

「会場の中も見たけどいないのよ」


 嫌な予感に顔を蒼ざめる水無瀬を連れて会場に戻ると、こっちも慌てた様子の夏目が走り寄って来た。


「やばい、甲斐を見失った」

「は?」

「教授に話しかけられて、飲み物取りに行ってる間に見失ったっぽい。ちょっと探してみたけど見当たらない」


 水無瀬の顔色がみるみる失われていき、ますます焦りだす。

 取り乱したように「あの、ちょっと、電話してみる」とスマホを手にして操作するが、早乙女が出る気配は一向にないようだった。



「状況的に、甲斐が早乙女に接触を図ろうとしたと見てまず間違いないだろうな」


 何だか妙に硬い口調で夏目がつぶやく。よく刑事ドラマとかで聞くやつだそれ。


「飲み会の途中で抜け出して話したい、とかLINEも来てたんだろ? 甲斐が早乙女に告白でもしようとしてんじゃないの? 断るくらい、早乙女だってできるだろうよ」



 俺はつい、ぞんざいな言い方をしてしまった。


 早乙女をガードしたり甲斐を警戒したりすることに、内心煩わしさがあった。


 早乙女だって大人だ。しかも馬鹿じゃない。流されるようなことはないだろうし、もし万が一流されるようなことになってもそれはそれで自分の意志だろう。

 「男漁り」を否定しないくらいだし、むしろそういうことには慣れているはずだ。

 だいたい、水無瀬と一緒にトイレに行って姿が見えなくなったということは、自分の意志でいなくなったんじゃないのか?


 冷ややかな感情の見え隠れする俺の言葉に、水無瀬は怒りを込めた険しい目つきで声を荒げた。


「あなたたち、何も知らないからそんな悠長なこと言ってられるのよ。こう言っちゃなんだけど、甲斐くんは完全に体目当てなの。今までもそれで泣かされてきた人が何人もいるのよ」


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