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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
卒業後

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54 ふーん

「うわ、早乙女、なんだよ」


 大我さんがあからさまに嫌そうな反応をしたけど誰も咎めないし、なんならあとの2人もかなり煩わしそうな顔をしている。


 誰の登場なのかわからずきょとんとしていると、問答無用で女の人が私を見下ろす。


「その子が藤野くんの彼女なの? ふーん」


 私のことを意味ありげな目で無遠慮に見回したあとの、明らかに悪意を感じる「ふーん」である。


 さすがにカチンと来て何か言い返してやろうと思ったら、先輩が先手を打ってきた。


「そう。俺の大事な彼女。可愛いだろ? お前と違って」


 「お前と違って」の部分を殊更強調する先輩の辛辣さに、どこか懐かしさを覚えてしまう。

 前にもこんなこと、どこかであったような。



「乙葉ちゃんさ、覚えてる? 1年のとき伊織がスマホなくしたの」

「あ、はい、もちろん」

「あんとき伊織のスマホ盗ったのがこいつな」

「え?」



 目の前に立つ、ちょっと露出度高めながらも綺麗なおしゃれ女子大生を改めてじっと見返してみる。


 この人があの時の、と思い出そうとするけど、実はだいぶ記憶が薄れてしまっている。


 この人、先輩がちっとも靡かないことに痺れを切らして苛立ち紛れに先輩のスマホを持ち出した挙句、私のかけた電話に出て浮気を疑わせるようなこと言ったんだっけ。

 こんな声だったっけ? あー、こんな声だったような……いや、正直ほんと申し訳ないけどあんまり覚えてない。

 あの時の人ってこんな人だったのね、というあっさりとした気持ちしかない。



「ちょっと。いつまでその話を持ち出すつもり?」

「あのな、一生言われても仕方ないような話だろ? あのあと罰として『今後一切伊織に接触しない』って約束したのに、よりによってゼミが同じになるなんてなー」

「ゼミ生同士で接触しないってのも、不自然だしな」

「ほんとほんと。災難でしかない」


 3人の痛烈かつ手厳しい攻撃にさられるという劣勢にも怯むことなく、目の前の女子大生は噛みつくように言い返した。


「私だってあんたたちと一緒になりたくて選んだゼミじゃないわよ。やりたいことを選んだらこうなったんじゃないの。私の身にもなってよね、なんであの程度のことでここまで言われなくちゃなんないわけ? だいたい、彼女と別れたわけでもないし、むしろうまく行ってるんだったらもう時効ってことでいいじゃないの」

「お前な、言っただろ? お前のやったことは犯罪だって。あのまま警察に突き出すことだってできたんだから」

「最初から悪用するつもりなんかなかったんだから、いいじゃない」



 おお、この人、お強い。

 自分のやったことはすでに完全に棚に上げてるっぽい。

 それはそれで、なんか潔いっすね。



「ちょっとあなた、あなたからも藤野くんに何とか言ってよ」


 急に矛先が自分に向けられて面食らう。


「お前如きが乙葉に直接話しかけんな。乙葉が減るだろ」


 ちょ、減らないから、先輩……。


「あら嫌ねえ、男の独占欲って見苦しくない? 私、早乙女花梨よ。よろしくね」


 先輩たちの攻撃なんぞもろともせず、それどころか2年前の悪事がバレても全く悪びれもせず、早乙女さんはさも当然とばかりに挨拶する。



 はあー、さすがに東京はいろんな人がいるもんだわ。



 私はなんだか急におかしくなって、これ以上ないという笑顔で挨拶し返した。


「望月乙葉です。その節はお世話になりました。おかげで私たちの愛が深まりました」


 皮肉まじりの私の言葉に全員が一瞬驚いて、でもすぐに「ほほう」とでもいうような賞賛の眼差しを向けてくれた。

 特に、早乙女さんが。


「やだこの子、可愛いだけかと思ったら意外とやるじゃない。私気に入っちゃった」

「そりゃ、どうも」

「乙葉は俺のものなんだからお前はちょっかい出すなよ。乙葉もこんなやつに返事しなくていい」

「男の独占欲は見苦しいって言ったでしょ。乙葉ちゃん、また遊びに来てね」


 早乙女さんはそう言って私たちに背を向け、手をヒラヒラさせながら去って行った。




「あいつ、ほんとめげてないのな」


 だいぶ呆れたような目で、夏目さんが早乙女さんの後ろ姿を見送る。


「あのあと伊織にちょっかい出してくることはさすがになかったけどさ、全然反省してる感じじゃないし、何か腹立つんだよな。あいつに声かける連中もほんと何考えてるんだか」

「性格に問題あっても、見映えはいいし完全肉食系だし声かけやすいんじゃない? 簡単にやれるから需要があるんだよ」

「需要」

「おいお前たち、乙葉の前だ。口を慎め」


 先輩の刺々しい声が素早く飛んできた。

 ぞっとするような凄味のある視線が2人を容赦なく刺している。


「あー、ごめんごめん。乙葉ちゃんにはちょっと刺激が強すぎたか」

「そういう下品な単語は乙葉に聞かせないように」

「いやいや、伊織、過保護すぎない?」

「過保護にもなるよ。俺は乙葉を大事にしたいの」

「ははは、大事にされちゃってんね、乙葉ちゃん。いいなー、俺も乙葉ちゃんみたいな彼女ほしい」


 ふざけて軽い笑い方をした大我さんは、「俺は清純派な感じの子がいいな、上品な雰囲気の」とか勝手に自分の情報をつけ加える。誰も聞いてないんだけど。


「いろんな女の子と遊び歩いといてよく言うよ。彼女作る気なんかないくせに」

「うーん、今はね。特定の子に決めちゃうより、いろんな子と仲良くしたいなー、なんて。あ、そうだ、週末にも合コンあるんだけど、行かない?」

「誰が行くかよ」

「俺だって行かないよ。こんなに乙葉に夢中なのに」


 大我さんの誘いに、さっきとは正反対の甘い視線で私を捕らえた先輩がすかさず答える。

 そして左手で、私の右頬をさらさらと撫でる。


 あ、これ、今日もいろいろ甘やかされちゃうやつだ。


 先輩の目論見に気づいたらいろいろ限界が来てしまって、私は顔を真っ赤にして俯いた。

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