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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
1年生
6/75

6 片想い

 私と先輩がつきあうようになったあとも、私たちの生活はさほど変わらなかった。


 実行委員の仕事はラストスパートで毎日忙しいけど、当然先輩には毎日会えるし毎日一緒に帰っている。つきあう前からしょっちゅう一緒にいて、甘い言葉の羅列に晒されてきた私には「つきあったらどうなるんだろう」という恋愛初心者にありがちな、淡いけど確かな期待というものがあった。あったのだけど、つき合い始めても私と先輩との関係に決定的な変化が生じるなんてことはなかった。

 そのせいなのか、私としては「つきあっている」という実感があまりないまま、日々が過ぎている。

 「つきあう」ってこんなもんなの? という私の中の掴みどころのないモヤモヤを瑠々に話してみたけど、あまり興味のなさそうな視線を返されただけだった。


「しょっちゅう一緒にいられるんだから、いいんじゃね?」

「まあ、そうなんだけど」

「逆にさ、何が不満なの?」

「不満なわけじゃないんだけど」


 そう。不満なわけではない。

 先輩の態度は、つきあう前も、今も、ほとんど変わっていない。

 事あるごとに「可愛い」を連発し、優しげな目で微笑み、何かあればすぐ私のところに飛んで来て、助けるといなくなる。「無理すんなよ」と頭を撫でて行くことも忘れない。

 ほかの実行委員の人たちは、私が先輩に溺愛されていると思っている。「望月さんはいいよね、大事にされてて」とか、みんなが言う。


 でも、私はそこはかとない違和感を、ずっと否定できないでいた。


 傍から見れば、確かに大事にされているのだろう。でも、つきあう前と今とで、何も変わっていない。そこに依然としてある距離感は、ちっとも縮まらない。


 不満なんじゃない。

 不安なのだ。


 思えば、勢いで告白してつきあうことにはなったけど、先輩は私のことをどう思っているんだろう。

 つきあうことになってからも、先輩から「好き」という言葉を聞いたことはない。

 いつも一緒にはいてくれるけど、先輩の気持ちはさっぱりわからないままだった。


 それに。

 相変わらず、雅さんの態度も不可解だった。

 私たちがつきあうようになって、雅さんは先輩をあかさまに攻撃することはしなくなった。でも、私たちが一緒にいることを快く思っていないことはひしひしと感じるわけで。

 だって、雅さんは時々先輩を冷ややかな目で見ていたから。

 そこに心なしか憎悪のような感情が読み取れて、私はなんだかとても落ち着かない気持ちになる。

 昂ちゃんもあれこれ言うことはないけど、「何かあったらすぐ言えよ」とか意味深なことを言ってくる。何かって何?と聞いても、曖昧に笑って、答えてはくれない。


 壁があるのだ。

 

 私と、先輩や昂ちゃんたち3年生との間に、見えないけれどはっきりとした壁がある。

 私は知らなくて、3年生は知っていることがある。


 先輩がどんなに優しくても、どんなに甘くても、私の中で灰色の不安が影のように広がっていくのを止めることはできなかった。






「望月さん」


 実行委員の仕事をしていると、同じクラスのもう一人の実行委員、桐生くんに声をかけられた。


「文化祭当日のことなんだけど」

「うん」

「望月さんと俺の休憩時間が被らないようにしたいからさ。何時ごろ休憩したいとか、希望ある?」


 一見大人しい雰囲気だった桐生くんはあれ以降も意外なほどのリーダーシップを発揮して、1年生の実行委員を取りまとめる立ち位置になっていた。

 最初に話したときの憮然とした表情を思い出すと、ちょっと和む。

 本当に、人ってわからない。


「希望ねえ、特にないけど」

「いいの? 一緒に回ったりするんでしょ?」

「誰と?」

「え、藤野先輩と」


 言われて、はたと気づいた。

 あんなに一緒にいるのに、しかも文化祭実行委員なのに、文化祭当日のことは全く何も、言われてない。


「え、あの、逆に聞きたいんだけどさ。実行委員でも、自由に見て回る時間とかあるの?」

「まあ、確かにうまくやりくりする必要はあるけどね。でも実行委員なんだし、自分たちがここまで準備してきたものなんだからむしろ率先して楽しもうよ」


 あ、今なんか、桐生くんがみんなに慕われる理由がわかった気がした。

 いい人だ、桐生くん。

 なんて油断していたら。


「え、なんも言われてないの?藤野先輩に」


 徐に言われて私はギクっとした。

 いつもの私たちを見れば、文化祭当日も一緒に過ごすんだろうと思われていても不思議じゃない。

 特に、先輩は実行委員3回目だ。言ってみれば、文化祭のエキスパートだ。何がどういう流れで行われ、実行委員であってもどんなふうに楽しめる「隙」があるのか知らないわけがない。


 「不安」という違和感が、またしても私の中で存在感を増していく。

 何も言えなくなった私を見て、桐生くんが私の方を窺うように小声で言った。


「望月さん、あのさ」

「うん?」

「余計なお世話かもしんないけど」

「うん」

「あの人のことは、信用しない方がいいと思うよ」

「え?」


 桐生くんは、見たこともないような険しい顔をしていた。

 考えて考えて、それでも我慢できずに仕方なく言葉を発してるような、そんな表情。


「あの人って、もしかして先輩のこと?」

「そう」

「桐生くん、何か知ってるの?」

「知ってると言えば知ってる。そんなに詳しいわけじゃないけど」

「教えて」


 私は食い気味で桐生くんに言った。


 考えるまでもない。

 何かあるのはわかっていた。とっくに気づいていた。でも誰も、それを教えてはくれない。私のことを心配してくれてるからだと察しはついているけれど、それでも私はどうしても知りたい。


 懇願するように、私は桐生くんを見つめる。

 桐生くんは「はあ…」とため息をついて逡巡し、でも何かを決心したような目で私を見返した。


「俺も、部活の先輩からちらっと聞いただけなんだけど」


 私の様子を確認しながら、桐生くんは続けた。


「藤野先輩、ずっと好きな人いるんだって。親友の彼女にずっと片想いしてるって」


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