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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
3年生

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47 な、なんで

「みんなで泊まって、お泊まり会にしちゃいましょう。どう?」


 楽しくてしょうがないという茶目っ気たっぷりの笑顔で、おばさんがみんなの顔を見回す。


 数馬くんを除く私たち3人がどうしたものかとお互いの顔を見合わせていると、


「ほんとにいいんですか?」


 いち早く反応したのは瑠々だった。


「乙葉が泊まるなら、私もお邪魔したいです」

「どうぞどうぞ。大歓迎よ」

「え、じゃあ俺も」


 桐生くんも、ちょっと恥ずかしそうにおずおずと右手を上げた。


「そうよそうよ、こういうときはね、みんなで泊まって楽しく過ごしましょ。あ、乙葉ちゃんは制服しかないのよね。着替えがあった方がいいわね。伊織の部屋に着れる服がないか見てこなきゃ」


 おばさんはそう言って、見るからにウキウキしながら2階へ上がって行った。


「ほんとにいいの?」


 恐る恐る、私は数馬くんの方を振り返る。

 数馬くんは予想外にニコニコ、というかもはや吹き出す寸前だった。


「もちろんだよ。あの人、言い出したら聞かないしさ。今まで俺の友達が泊まりに来るなんてことなかったから、テンション上がっちゃったんだな、多分。急なことで悪いけど、泊まってくれた方が俺もうれしいかな」

「じゃあ、そうと決まれば私は一回帰るわ。着替えとかいろいろ持ってこなきゃだし、乙葉が着られそうな服も持ってくる」


 瑠々がすっと立ち上がり、帰る準備をし出した。


「じゃあ、俺も」


 桐生くんもそう言って、2人は一度帰ることになった。




 2人を玄関先まで見送ったあと、おばさんが先輩の置いていった服を抱えながらスキップでもしそうな雰囲気で2階から降りてきた。


 ハーフパンツはさすがにサイズが合わず、ひとまず制服のシャツを脱いで、先輩のTシャツを借りることにした。

 こんな状況なのに先輩のTシャツを手にしたら思わずむふふとニヤついてしまったのを、数馬くんに目敏く見つかって冷ややかな視線を投げつけられはしたけど。



 瑠々たちが帰ってくる前におばさんと2人でコンビニに行って、ほかにも必要そうなものを買ってもらった。

 おばさんは「今どきのコンビニってほんとにいろいろあるのねえ」と言ってしきりに感心していた。



 そして、涼しい顔でゆったりと口を開く。


「そうそう。乙葉ちゃんの家に連絡しないとね」

「うちにですか?」

「そうよ。黙って出てきてるんだし、このまま帰らないと心配するでしょ? さすがにそういうことはちゃんとしないとね。これから長いつきあいになるかもしれないし」

「は? いや、でも……」

「ふふふ。おばさんに任せなさいな」


 自信満々に自分の胸を叩くおばさんのことが、なんだか無条件に信頼できる気がしてしまう。

 おばさんはその場ですぐに私の家に電話をかけて、


「どうも初めまして。突然すみません、わたくし、藤野伊織の母の藤野美里と申します。そちらの乙葉さんとうちの伊織がおつきあいさせていただいているようで」


 とまるで台本でも読むかのように、流暢に話し出した。


 それから、「今日は気まずいところもあるでしょうし、このまま乙葉さんをうちで預からせていただけないでしょうか?」とか「そちら様に口出しするつもりは一切ございませんのよ」とか「うちは一向に構いませんし、ご心配なく」などと慣れた調子で手際よく話を進めていく。本当に、妙に慣れている。



 電話の相手は、どうやらお母さんだったらしい。

 話が終わって電話を切ったおばさんは、「はい、これでいっちょあがり!」と満足そうに微笑んだ。


 おばさんは間違いなく、この状況をいちばん楽しんでいた。





 瑠々たちが戻ってきてしばらくリビングで騒いだあと、晩ご飯を作るおばさんを手伝ったり、それぞれ泊まる部屋に布団を運んだり、帰ってきたおじさんにびっくりされたり、とにかく笑ってばかりの時間を過ごした。


 いつも遊びにきたときにはリビングで過ごすけど、この日初めて数馬くんの部屋を見せてもらった。


 思ったより何もなくてすっきりしすぎている気もしたけど、なぜか不思議と居心地がよくて、瑠々は小声で「住みたい……」とつぶやいていた。


 夜にはおばさんが「今日は特別」と言ってくれたこともあって、数馬くんの部屋で遅くまで話したりゲームをしたりして過ごした。



 楽しくて、温かくて、何の憂いもなくて、今自分が直面している問題を忘れてしまいそうになる。


 このまま、全部なかったことになればいいのに、と思いながら眠りについた。




 朝、みんなより先に目が覚めて1階に降りていくと、朝ご飯の準備をしているおばさんがキッチンに立っていた。


「あら、乙葉ちゃん。おはよう。早いのね」

「おはようございます。夜、うるさくなかったですか? 結構遅くまで数馬くんの部屋で騒いじゃってごめんなさい」

「あんまり気にならなかったわよ? むしろ私たちに気を遣って楽しめなかったんじゃない?」

「そんなことないです。ほんとに、こんなに楽しいお泊り会初めてでした」


 いろんな気持ちが一気に溢れて、すんなり言葉が浮かんでこない。


 「楽しい」なんて単純な言葉だけじゃ全然足りないくらい、たくさんの優しさや慰め、労わりを与えられた。

 傷ついた心がどれだけ救われたか、今の私は説明する術を持たない。



「あのね、今日の夕方には伊織が帰ってくると思うから、それまでゆっくりしてていいからね。伊織が帰ってきたらちゃんと話し合いなさいな」


 おばさんの言葉に、私はまた涙ぐんでしまうのを抑えられない。

 昨日この家に来てから、これまでの人生で流してきた涙よりずっと多くの涙を流している気がする。


 おばさんにそう言ったら、「あらあら」と言いながら私の背中をあやすように撫でてくれた。




 その後、おじさんとおばさんは仕事だといって8時過ぎには出かけて行った。


 4人だけになったあともまるで合宿か修学旅行かというノリで大騒ぎしながらみんなで笑い転げていると、玄関のドアがガチャリと開く音がした。


 おじさんかおばさんが忘れ物でもしたのかと思って


「おかえりなさーい」


 とおどけた調子で叫ぶと、そこには


「な、なんでいるの」


 お化けでも見たかのように、狼狽えて後ずさりする先輩がいた。

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