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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
3年生

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44 心配する気持ち

 朝、両親と顔を合わせる気になれなかった私は、ご飯も食べずいつもよりだいぶ早い時間に登校した。

 たまたま教室に顔を出した若ちゃんに「どうした?」と聞かれるまで、自分が随分とひどい顔をしていることに気づかなかった。


「親に反対されました」

「え、何? 大学?」

「東京に行くことそのものをです」

「あらま」

「あと、彼氏が東京にいるってバレました」

「え、このタイミングでバレたの? なんで」

「勢いで言ってしまって……」

「あらー。自分でハードル上げちゃったんだ?」


 若ちゃんは、片眉を下げながらどこか笑いを堪えきれないといった様子で、それがどうにも癪に触った。


「先輩が東京にいるってバレる前から、そもそも東京はダメだって頭ごなしに言われたんですよ? 意味わかんないです」

「まあ、交通の便はよくなったしネットも普及して東京が身近になったように感じるけど、物理的に距離があるのは確かでしょ? 1人で行かせて大丈夫なのかって心配するのも無理はないんじゃない?」

「今更心配とかされたくないです。放っといてほしい」

「親だから、それは難しいと思うけど」

「さっきから、どっちの味方なんですか」


 つい責めるような口調で睨み返してしまった私に、それでも若ちゃんは慌てず騒がず怯むこともなく、どんと構えていた。


「どっちのって聞かれたら、そりゃあなたよ、望月さん。でも最初から、あなたが言うほど簡単じゃないだろうなとは思ってたのよね。特にあなたの場合は、あなたが大丈夫って言えば言うほど大丈夫じゃないだろうなって」

「なんでですか」

「うーん、あなたが親を軽く見すぎてるような気がしてたからかな? 今までがどうだったとしても、東京に行く行かないは親にとって大問題だと思うのよね。何かあったときすぐ駆けつけられないし、娘を一人で行かせることを躊躇する親ってやっぱり少なくないもの」


 そういえば、お父さんもそんなことを言っていた。

 でも、今更だ。

 何かあったとき、私が頼りたいのは先輩であって、両親じゃない。


「ま、私としては逆によかったと思うのよ」


 若ちゃんは不満やイライラを全身に纏った私を見て、苦笑しながら言った。


「ちゃんと話し合えって言ったでしょ? これでやっとスタート地点に立ったようなものよ。あなたが本当に東京に行きたいのならこれからいくらでもご両親を説得していけばいいんだし、私だって協力するわよ」

「説得ってどうやって……東京って言っただけで反対されてるのに……」

「そうねえ……東京ってだけで毛嫌いする人もいまだにいるからね。東京もそれほど悪いところじゃないし、あなたを東京に行かせても大丈夫だってわかってもらえればいいんだろうけどね」


 「私も少し考えておくから」と余裕の笑みを浮かべて、若ちゃんは職員室に戻って行った。


 そうは言っても楽観的な見通しなど到底抱くことができない私の中には、行き場のない悔しさがくすぶり続けていた。




 瑠々も桐生くんも、親に東京行きを反対されたことを話したらそれほど驚いていなかった。

 むしろ、今まで先輩のことはもちろん東京に行きたいことを一言も親に話してなかったことに驚かれた。


 親に何も言ってなかったのってそんなにおかしいこと?


 先輩も、若ちゃんも、瑠々や桐生くんまでもが「親に何も言ってなかった」と話すと驚いたり呆れたり、まるで私の落ち度のような言い方をする。


 自分の味方がどこにもいないような、苛立ちにも似た疎外感がひたひたと私を侵食し始めていた。

 




「何かあったのか?」


 夜、いつも通り先輩からかかってきた電話に出る。


 声の調子で何かあったとすぐに気づいてくれる先輩に安心感と愛しさを感じつつ、昨日のことをそのまま話した。


「反対、されたのか」


 私が散々大丈夫と言ってきたのにそうはならなかったせいか、先輩の声にも戸惑いの色が混じった。


「東京に行くのがそもそもダメだって。もう頭ごなしに言われて」

「そっか」

「先輩がいるからってバレたら、なおさらダメだって言われて」

「まあ、そりゃそうだろうな」

「なんでなの? 東京なんて遠くてダメとか何かあったらどうするとかそんなことばっかり。何かって何よ、何があるっていうのよ」

「まあ、心配する気持ちはわからないでもないかな」

「今更心配なんてしてもらったって」

「乙葉だって言ってただろ? 愛されてないわけじゃないって。だったらまあ、親としては心配するのが普通なんじゃない?」

「だとしてもよ。今まで放ったらかしだったんだから、今度だってそうしてほしかったのに」


 今日一日だけで、もはや何回目かわからないため息をつく。



「東京に行けないってなったらどうしよう」


 ふと、不安が声になって漏れた。


「もし親がこのまま東京に行くこと許してくれなかったら、どうすればいいの?」


 一度言葉にしてしまうと、不安という化け物ははどんどんどんどん際限なく大きくなって、容赦なく襲いかかってくる。


「先生は説得すればいいって言うけど、『東京はダメだ』の一点張りなのにどう説得しろって言うのよ。全然話を聞く気がないんだもの。話し合おうって言ったって平行線だよ? 無理なんだよ。もうこうなったら大学なんか行かないで、家出して東京に行っちゃおうかな」

「どうすんの、それで」

「え、先輩がいるし、何とかなるでしょ。大学なんか行かなくても、先輩がいれば」


 半分は投げやりな気持ちだったけど、半分は本当にそれでもいいと思った。


 先輩がいるから東京に行きたいんだもの。大学進学とか就職とか、そういう大義名分がなくても、東京に行きたいならいくらでも行けるじゃない。

 先輩だって、待っていてくれる。


 そう、思っていたのに。


「乙葉、親がダメだって言うなら、東京には来るのは無理だよ」

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