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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
3年生

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43 当然のこと

「は? なんで?」


 咄嗟に私は聞き返した。


 ここまで従順に、下手に逆らうことなく、両親に受け入れられそうな説明をしてきたにもかかわらず、「そもそもダメ」とか「許さない」なんて根本から一蹴されことに納得がいかなかった。


「東京なんて遠すぎるじゃないか」

「そうよ、せめて隣県とか、近県あたりで行きたい大学ないの?」


 お母さんも入ってきて、とんでもないことを言い出した。


「は? なんで隣県?」

「だってほら、橘さんとこの昂生くんもいるし」

「なんで昂ちゃんと同じとこに行かなきゃなんないのよ」

「だって、昂生くんがいれば安心だし……」

「いつまで昂ちゃんに頼ればいいわけよ」


 思わずムッとした声になってしまった。

 お母さんの言葉の裏に打算的な真意が見え隠れするような気がして、だんだんイライラしてくる。


「東京に行くことの何がダメなの? 反対される意味がわかんないんだけど」

「東京なんて遠いところに娘を1人で行かせるなんて、そう簡単なことじゃないんだ。何があるかわからないし、何かあったときどうする? お父さんもお母さんもすぐ駆けつけられるわけじゃないんだから。知り合いがいるわけでもないんだし、1人で何とかできるわけがないだろう? そんなところに」

「知り合いならいるけど」


 否定的で高圧的な言葉を矢継ぎ早に並べるお父さんに、つい被せるように言ってしまってハッとした。


 やばい、今、何言っちゃった…?


「知り合い? 誰かいるのか?」

「誰がいるの?」


 お父さんとお母さんが2人同時にこちらを見る。


 こ、これはまずい。非常にまずい。


 ここで先輩の存在を匂わすのは完全に悪手だとわかっていたのに。


 私は決まりが悪くなって一旦2人から目を逸らし、あちこちに視線を泳がせてしまう。


 でも答えを待つ2人の気迫から逃げられるわけもなく、結局降参するしかなかった。


「先輩が……」

「先輩? 高校の?」

「うん」

「なんて言う人? 女の先輩?」


 何故お母さんがわざわざ「女の人」かどうかを確認しようとするのか全然わからなかったけど、私は視線を落としたまま、むすりと答えた。


「彼氏」


 ……穴があったら入りたいって、こういうときの言葉よね。


 ちょっと、平常心を保つのがつらい。

 いや、だいぶつらい。


 永遠かと思われるほどの長い沈黙のあと、お父さんが叩きつけるような口調で言った。


「お前、彼氏がいるから東京に行きたいのか? それで神田女子だのなんだの言ってたのか?」

「うーん、まあ、そうかもね」


 なんて適当に返事をしながら、これはもう、いろいろ開き直るしかないなと思い始めた。


 目の前のお父さんは眉をしかめて黙り込むし、お母さんはもってのほかだという顔つきで私を凝視している。


 はあ。めんどくさ。


 私は完全に取り繕うのをやめ、これまで若ちゃんや先輩に相談しながら準備してきた言い訳や作り話をすっぱりと全部捨てることにした。

 ここはもう、覚悟を決めるしかない。


「先輩が、彼氏がいるから東京に行きたいと思うのはそんなにいけないことなの? むしろ当然のことじゃない? 東京が遠いからって何なの? 遠くても近くても、私がどこに行ったって大して変わらないと思うんだけど」

「は? そんなわけないだろう!」

「別にいいじゃない。だいたい、私のすることにずっと口出しなんかしてこなかったくせに、なんで今回はダメなの? なんでそんなに頭ごなしに東京を否定するわけ?」

「今までとは明らかに違うだろう? どこの高校に行くかとかそんなレベルの話じゃないんだ。東京なんて遠いし、何かあってもすぐ駆けつけたりできないんだぞ」

「何かなんてそうそうないし、もしあっても先輩がいるんだから大丈夫だよ」

「そういう問題じゃない。それに、彼氏がいるから行きたいという理由ならなおさら東京に行かせられるわけがない」


 お互いの睨み合った視線の先で火花が散っているのが見えるくらい、私とお父さんは一触即発の空気に包まれた。

 徹底抗戦も辞さないといった雰囲気の私たちを見て、お母さんが慌てて間に入る。


「ちょ、と、とにかく、今日のところは一旦落ち着きましょう。この話はまた改めて」


 お母さんが言い終わる前に私は勢いよく立ち上がった。


「どこ行くんだ!」

「は? 部屋に戻るだけだし」


 いちいち鬱陶しい。


 私はお父さんの方を見ることもなく怒りに任せて乱暴に答えてから、無言でリビングを出た。




 どうしようもなく、頭の芯が興奮しきっていて腹立たしさを我慢できない。


 なんでダメなの?


 鬱積した怒りや不満を鎮めるべく、今すぐ先輩に全部話してしまいたいとは思うけど今日は先輩から電話が来ないことになっていた。

 これまではほぼ毎日のように電話していたけど、先輩がバイトを始めてからはバイトの都合で夜に電話できない日が時々あって、今日もそうなのだ。

 私は自分の部屋に入ってわざと乱暴にドアを閉め、荒々しくため息をつきながらベッドの上に座り込んだ。


 ほんとにさ。今更なんなの?


 まるで魔王然として立ちふさがる思いもよらない強大な敵の出現に、私は声も出ないほど打ちのめされていた。

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