表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
1年生
5/75

5 え、今、なんて?

 夏休みが終わった。


 夏休み中はその後も何度か実行委員の集まりがあって、藤野先輩と一緒に帰ることも多かった。

 先輩の甘やかしはますます勢いを増して「かわいい」だの「癒し」だの「俺の乙葉」などと言われ続け、私は私で夏休みに気づいた先輩への気持ちを一層自覚するしかなくなっていた。


 2学期になると、文化祭の準備も本格化する。

 実行委員の仕事も毎日のようにあって、だから毎日のように藤野先輩とも顔を合わせる。でも文化祭が終わったら、先輩に会える機会は多分なくなってしまうわけで。

 今こうして先輩に毎日会えて、甘い言葉を浴びせられる生活を当たり前のように享受しているけど、そもそもそれって文化祭までなんじゃ、と思うと居ても立っても居られない気分になってしまう。毎日あんなふうに優しくされて、甘やかされて、それが突然なくなる生活に耐えられるんだろうか。

 このままで、いいんだろうか。

 でも、じゃあ、どうしたら。

 気持ちばかりが焦って空回りする日々を繰り返し、迫り来る終わりの時を簡単には受け入れられそうになかった。



 その日、文化祭の準備が終わって玄関に向かっていると、いつものように聞き慣れた声が聞こえた。


「乙葉、一緒に帰るか?」


 振り返ると、先輩の後ろに難しい顔の雅さんが見えた。最近一緒にいることの多い私たちにはっきりと何かを言うことはないものの、雅さんが不満そうな、それでいて心配そうな顔をすることが増えた気がする。

 私はそれに気づかないフリをして、先輩のあとを追った。



「文化祭まで、残り少なくなったな」

「そうだね」

「文化祭が終わったら俺たちは受験かあ。気が滅入るよな」

「先輩は、卒業したらどうするの?」


 話の流れで何気なくした質問に、先輩は少し首を捻って何か考える素振りを見せてから、ゆっくりと答えた。


「東京の大学受けるつもりだけど」

「東京?」


 私は思わず立ち止まる。


 東京?


「行きたい大学が決まってるの?」

「それなりにな。自分のやりたいことがいちばんやれそうな大学がその大学だったってとこかな。単純に東京に行ってみたいっていうのも理由の一つだけど」

「え? そうなの? なんで? そんなの初めて聞くんだけど?」

「まあ、初めて言ったからな」


 心臓がドクドクと今まで聞いたことのないような嫌な音を立てる。

 ひどく混乱して、だんだん頭が回らなくなる。

 

 先輩が東京に行く?

 何それ。聞いてない。

 どういうこと?いなくなるの?


 文化祭が終わったあとのことばかり考えていたけど、先輩が卒業したら本当に会えなくなってしまうんじゃ…?。

 指先からどんどん体温が奪われて冷えていく感覚がする。


「先輩が東京行っちゃったらどうしよう」


 動揺と混乱が一気に押し寄せてきて、心の中で思っていたことがつい言葉になって出てしまったことに気づく。

 私は慌てて口を押さえた。


「なんだよ乙葉、俺が東京行くのがそんなに寂しいのか? 俺も乙葉に会えなくなるのは寂しいけどな」

 

 先輩は軽い調子でおどけるように笑った。

 その返し方が平然としすぎていて、本心じゃないんだということが否が応でもわかってしまう。

 揶揄われているだけだと、そこに先輩の気持ちは1ミリもないのだとわかっているのに、私には先輩が目の前からいなくなる未来がもう耐えられない気がした。


「藤野先輩」


 その瞬間、先輩は確かに怯んだ、と思う。


「な、なに?」

「私、先輩が好きなんです」


 目を逸さなかった。

 勢いだけで、言い切った。言い切ってしまった。

 だけど今このときを逃したら、とても後悔する気がした。

 先輩はそんな私を見てふっと笑ったあと、


「そっか。じゃあ、つきあう?」

 

 と言った。

 でも、ずいぶんと、冷めた目をしていた。






「え、今、なんて?」


 次の日、登校途中に雅さんが合流したところで、私は先輩とつきあうことになったと話すことにした。

 私が藤野先輩を好きだということをこれまで2人には話していなかったから、話の展開に2人とも最初は唖然としていた。

 小さな頃から兄のように知っている昂ちゃんにそんな話をするのは恥ずかしかったし、雅さんは雅さんで気を抜くと先輩と不穏な雰囲気になっていくから言いづらさはあったけど、いずれバレるだろうし黙っているわけにもいかない。


 私が話しているうちに、雅さんの表情はどんどん硬くなり色を失っていった。


「藤野に言われたの?つきあってって」

「あー、それは……」

「乙葉ちゃん、やっぱり藤野のこと好きだったの?」


 「やっぱり」ってことは、バレてたのか。

 まあ、あれだけ一緒にいれば、そりゃバレるか。

 告白したときの先輩の反応がそれほど驚いてなかったところを見ても、私の態度でいろいろバレバレだったんだろうと思う。自覚なかったけど。恥ずかしいけど。


「あー、はい。好き、です」

「いいの?」

「いいの? って…なんで?」


 私の問いに、雅さんが落ち着きなく視線を彷徨わせる。


「だ、だって、藤野はほら…いつもなんかふざけてるし。それで乙葉ちゃんが酷い目に遭ったりしたら…」

「雅」


 珍しく昂ちゃんが、雅さんの言葉を遮った。


 てか、酷い目に遭う前提なの?私。


「どっちから言ったにしても、2人で話してつきあうことに決めたってことだろ」

「それはそうなんだろうけど」

「じゃあ俺たちが横からどうこう言ったってしょうがないよ」

「そんなことない! こんなのダメよ」

「伊織だって、ちゃんとわかってるって。そこまで馬鹿じゃないよ。多分な」


 急に始まった2人の不穏な会話の意味が、全くわからない。

 ただ、2人の中では私の想像以上に先輩の評価がとんでもなく低くて、私たちがつきあうことはほとんど歓迎されてないということだけはわかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ