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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
3年生

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42 許さない

 次の日。


 学校へ行くと案の定若ちゃんに呼び出され、進路指導室に向かった。


「ほんとにね、言いたいことはいろいろとあるんだけども」


 すでに席に座って待っていた若ちゃんは、私が椅子に座ったのを確認してからため息交じりで困惑ぎみの視線を投げてくる。


「昨日はあのあとご両親と話はしたの?」

「それが全く」


 そう。

 昨日はお父さんの帰りが遅かったらしく、お母さんが私の進路の話をどこまでしたのかわからないのだ。

 朝になって顔を合わせたとき、相変わらずお母さんは何か言いたげだったけどお父さんはいつも通りで変わらなかったから、まだ話してないのかもしれない。


「めちゃくちゃ反対されてたじゃないの。東京に行くこと」

「そうでしたね。ほんと想定外でこっちもびっくりしました」

「しかも神田女子大なんて言い出すしさ。ひっくり返るかと思ったわよ」

「あ、あれはどうせなら有名どころをでっち上げようと思っただけです」

「あの場面で神田女子の名前を出すって、何なの、その肝の座りようは……。でも東京行きが反対されたままなら、神田女子どころの話じゃないんじゃない?」

「ああ、それは、大丈夫だと思いますよ。確かに今まで東京行きについて話してなかった私も悪いとは思うんで、ちゃんと話せば納得してもらえると思います」


 若ちゃんは怪訝な顔で私を見返した。


「あなたのその自信はどこから来るわけ?」

「うーん。今まで親に反対されたことがないからですかね。親が東京に行くのを反対する意味もわかりませんし」


 私の言ったことに反論しようとしてか口を開きかけた若ちゃんは、少し考えるような素振りを見せてから、あっさり話題を変えた。


「ご両親ってさ、藤野くんのこと知ってるの?」

「どうなんでしょう。言ったことないから知らないかも」

「え? 知らないの?」

「聞かれたことないから、話してはないですね。彼氏がいるのは薄々気づいてるとは思うんですけど」


 私の答えに若ちゃんは信じられないという顔をして、それから人差し指でこめかみをぐりぐりしつつ「マジか」とか「ってことは」とか「うーん」とか一人でブツブツ言っている。


「とにかく、昨日も言ったけどご両親とは一度きちんと話し合いなさい。何か困るようなことがあったらまたいつでも言って」


 若ちゃんはせっかくこう言ってくれたけど、先生の力を借りるような事態になんかなるわけない、と私は安易に考えていた。





 そして、夜。


「乙葉、ちょっと来て」


 何やら深刻な表情のお母さんに呼ばれてリビングに行くと、お父さんがテーブルのところで待っていた。

 仕事から帰ってきて、晩ご飯を食べ終えたところらしい。


 あー、いよいよ来たのね、と無意識に唇を引き結ぶ。


 お母さんが隣に座ったところで、お父さんが唐突に、しかもかなり露骨に不機嫌さを見せつけながら切り出した。


「神田女子大に行きたいそうだな」

「あ、うん」



 ウソです。


 ほんとは全く考えてないです、と内心思いつつも、そんなことはおくびにも出さずできるだけ平然とした顔で答えた。


「神田女子で何をしたいんだ?」

「何をって」

「何の勉強をしたいんだ?」


 マジか。いきなり本質というか痛いところを突いてくるとは。


「何って……」

「本当に神田女子に行きたいのか? 東京に行きたいだけなんじゃないのか?」


 ……あれ、なんかバレてる?

 いやいや、そんなわけない、と思い直し、冷静な態度を保ちつつお父さんを見返す。


 ここで迂闊に下手なことは言えない。慎重に、事を構えなければ。


「なんでそんなに東京に行きたいんだ?」


 もう一度聞かれる。


 何故、と聞かれたら当然答えは一つしかない。


 でもそれを言ってしまうのは、明らかに悪手だ。先輩がいるから東京に行きたいだけだと知られたら、さすがにうちの親も許してくれるかわからない。


 ここは落ち着いて、感情を露わにせず、これまで練りに練ってきた作戦を粛々と遂行するしかない。


 私は軽く深呼吸をして、ゆっくりと話し出した。


「神田女子には行きたいけど、今のままだと点数が足りないの。昨日三者面談でも先生が言ってたけど、だいぶがんばらないと厳しいって。でもあそこの大学は学部とか学科によって難易度が少し変わるから、これから勉強して点数を伸ばしていって、手が届きそうな学部を受けられればと思って」


 私は、渾身の「作り話」を披露した。

 若ちゃんに借りた悪知恵をふんだんに盛り込みつつ、こんな場面を想定して準備した完全なる「作り話」である。


 でも、それを聞いたお父さんは納得がいかないのか忌々しそうに語気を強めた。


「そんなに神田女子がいいのか? 何がそんなに魅力なんだ?」

「あー、それはまあ、女子大だし?」


 女子大を望んでいるのは、先輩だけどね。

 私もほんとは、神田女子じゃないとダメってわけでもないんだけどね。


 心の中では結構な悪態をつきながら、目の前の親には心にもないことを言ってその場をやり過ごそうとしていたのに、そう簡単にはいかなかった。


「女子大がいいなら、地元にもあるだろう? 隣県にもあるじゃないか。そもそも、東京に行くなんてダメだ。許さない」

「は?」

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