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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
3年生

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41 おいおいおい

「東京の大学に行きたいなんて、一言も聞いてないんだけど」


 お母さんが私から目を逸らさずに、強い口調で問い詰める。


 これまでこんなふうに迫られたことがなかった私は、思ってもみなかった反撃に焦ってしまって「確かに言ってなかったけど……」としか返せなかった。


 何とか取りなすように、全く動じる様子のない若ちゃんがお母さんに水を向ける。


「あの、すみません。お母さんは今の乙葉さんの希望というのは全くご存知なかった感じですか?」

「あ、はい、そうですね。初めて知りました」

「東京の大学ということには反対なんでしょうか?」

「そう、ですね。全くの初耳で、考えたこともなかったですが……。主人も反対すると思います」


 若ちゃんが一瞬、非難するような目つきで私を見た。


 「おいおいおい、話が違うだろうよ」という声が聞こえた気がする。


「そうですか。ではお母さんのご意見はあとで伺うとして、先に乙葉さんが考えている第一志望の大学を教えてもらってもいいですか?」


 え、この流れで私に振るの? マジで?


 縋るような表情をしても、若ちゃんは一向に張りつけた笑みを崩さない。怖い。


 私は仕方なく、恐る恐る、用意していた大学の名前を口に出す。


「あー、はい。今のところ、第一志望としては神田女子大を考えてます」



 ……完全なるでっち上げである。


 結局どこにするのか全く決められなかった私は、若ちゃんの「でっち上げろ」という指令に従って超有名どころでも言っておくかと思ったにすぎないのですよ。

 まさかこんな状況でこんな大それたこと言う羽目になるとは思わなかったんだけど。


 若ちゃんもさ、「マジか」みたいな顔すんの、ほんとやめてよ。


 気づかれないようにため息つくとか、ほんとやめてって。


「……では改めてですね、お母さんのご希望というか、どの辺りの大学を考えてらっしゃったかうかがってもよろしいですか?」

「希望というわけではないですけど、地元の大学とか、あと隣県か近県の大学に行ってもらえると……」



 お母さんが名前を挙げた県は、昂ちゃんや悠ちゃんが行ってる大学があるところだ。もっとも、悠ちゃんはもうその大学も卒業して、就職しちゃってるけど。


 きっと私が何も言わないから、また2人の真似をしてその辺りの大学に行くことを考えてると思われていたんだろう。


 確かに、何も言わなかった私も私なのかもしれないけど、でもこんなにびっくりして反対されるとは思わなかったから正直自分でもこの展開には戸惑いしかない。


「なるほど。お2人の意見にだいぶ食い違いが見られるようなので、ここはもう一度お家の方でしっかり話し合いされた方がよろしいようですね。是非ご家族でじっくりと、今後のことや大学選びについてお話ししてみてください。あとですね、乙葉さんの志望する神田女子大に関してですが、今の乙葉さんの成績を考えると正直ちょっと厳しいです。もし志望するのであれば、これからだいぶがんばってもらうしかありませんね」


 さすが先生だけあって話をまとめるのはうまかったけど、若ちゃんの顔には明らかに呆れた様子と疲労の色が見えた。





 お母さんにいろいろ言われるのを覚悟して帰宅したけど、そうはならなかった。


 晩ご飯のときも終始何か言いたげな顔はしていたけど、結局何も言わなかった。

 お父さんはまだ帰ってきてないし、こういう大事なことはお父さんに話してから、とでも思ってるんだろう。


 不穏な空気を察してか、弟も食べ終わると早々に自室に退散してしまった。


 私も自分の部屋に籠って、先輩から電話が来るのをひたすら待つ。




「マジか」


 三者面談でのことを話すと、先輩はため息をつくように一言つぶやいた。


「そもそもお前、東京に行きたいって親に話してなかったのか?」

「話してなかったかも。聞かれなかったし」

「『聞かれなかったし』って……そういうことは聞かれなくても言っておくべきことだろ」

「だって、反対されると思ってなくて。どうせ反対されないんだから、前もって言わなくてもいいかなって思って」

「いや、あのなあ。……まあ、いいや。じゃあ高校選ぶときはどうだったんだ?」

「そのときは『ここを受けたい』って言ったら『どうぞ』的な感じだったよ。昂ちゃんたちの高校だったから、多分予想してたんじゃないかな」

「あー、だから今回も?」

「多分ね。自分で言うのもアレだけど、私って昔から昂ちゃんと悠ちゃんの真似ばっかりだったから。だから大学もそうだろうって勝手に思われてたんだと思う」


 そう思い込んでしまったのも不思議じゃないとは思うけど、いつまでそんなことを言ってるんだろう、とも思う。


 いつまで昂ちゃんや悠ちゃんに私のお守りをさせる気でいるんだろう。


「でもさ、ちゃんと話せば大丈夫だと思うよ。今回は自分たちが考えてたことと違ってたからびっくりしただけなんじゃないかな。私が言ったことで反対されたことなんて、今まで一度もなかったんだし」

「ちゃんと話せばって、行く大学も決めてないのにどう話すんだか」


 先輩にしては珍しくちょっと突き放すような口調になっていたけど、私はまだどうにかなるだろうと高を括っていた。


 それがあんなとんでもない大ごとになるだなんて、このときの私には知る由もなかった。

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