39 メロメロ
次の日、私は早速昨日のことを瑠々に報告した。
瑠々は途中までニヤニヤと面白そうに聞いていたけど、すでに椎名さんに告白されているという展開に至るや否や完璧なしかめ面になった。
「桐生のくせに何なの? そういうことは真っ先にうちらに報告すべきでしょうよ」
「私、昨日実行委員で会ったけどそんな素振り全然なかったからね。信じられない」
「もともと腹黒だしね、言わないつもりなのかも。隠す理由がわかんないけど。もういいや、今日数馬くんとこに無理やり連れて行って問い詰めよう」
瑠々はすぐさまスマホを出して、数馬くんにLINEしていた。
放課後、何かを察して逃げようとしていた桐生くんを遠慮なく捕獲し、私たちは数馬くんの家に向かった。
「数馬くんには事情話したの?」
「言ってない。ただ、どうしても聞いてほしいことがあるから、桐生を連れて行くってだけ」
「なんだよ、俺が何かしたかよ」
「なーにが『何かしたか』よ。白々しいのよ」
このところずっと桐生くんに頭の上がらなかった瑠々は、以前の勢いを取り戻して水を得た魚のように絶好調だった。
数馬くんの家に着くと、少し前にバイトから帰ってきてリビングでくつろいでいた数馬くんが待ってくれていた。
「何かあったの?」
いつものように私たちに飲み物を出してくれたので、そのままみんな定位置に座る。
「あのね、数馬くん。びっくりしないでね」
「え、あ、うん」
「桐生がね、1年生に告白されたんだって」
「えっ?」
びっくりして目を大きく見開いたまま、ゆっくりと桐生くんの方に視線を移す数馬くん。
桐生くんはそわそわと落ち着かない様子で、視線を泳がせている。
「へえ、忍が?」
「そう。でね、私たちが怒ってるのはね、そのことを何にも教えてくれなかったことなわけ」
「そうなの? っていうか、怒ってるの?」
「そうだよ。だってこの話、桐生から聞いたんじゃないのよ。告白した子が、乙葉に突撃してきたから」
「えっ?」
今度は桐生くんが驚いて身を乗り出す番だった。
「え、乙葉ちゃんのとこに来たの? なんで? 何か言われた?」
「言われたというか、聞きました。一部始終を」
わざと芝居がかって大げさに、咎めるような目をして言ってみる。
桐生くんは「マジか」と放心したようにつぶやいて、それから諦めたように「まさかそっちに行くとは……」と項垂れた。
「みんなには言いづらかったんだよ。ていうか、こういうことってそんなにベラベラ話すことじゃないし」
ちょっと弱々しい声になりながら、桐生くんは遠慮がちに言い訳をする。
「で? 告白されてどうしたの?」
「断ったんだって。『今はそんな気になれない』とか言って。それでその子が去年のことを知り合いに聞いて、私とつきあってるのかと思って確認しに来たわけ」
椎名さんの突撃理由を話すと、桐生くんは首を傾げた。
「なんで乙葉ちゃんとつきあってるって思ったんだ?」
「知り合いに、桐生くんが私に告白したときの話を聞いたんだって。それでつきあってるのかと思ったみたいよ」
「もしそうだったらちゃんとそう言うよ」とはっきり言い切る桐生くんを見て、私はほらね、とちょっとうれしくなる。
「どっちにしても、忍はなんで断っちゃったの? まだ乙葉のこと好きなの?」
みんなが聞きづらいと思ってることに対して躊躇なく切り込んでくる数馬くんの姿に、私は勇者の片鱗を見た。
「いや、違うけど…」
桐生くんは何かとても言いづらそうな顔でこちらを見たあと、力なくはあ、とため息をついて続ける。
「乙葉ちゃんのことはもうそういうふうには見てないよ。さすがにね、ずっと見てればこりゃ無理ゲーだなってわかるよ」
「じゃあ何なの? 『今はそんな気になれない』ってのは。その子のこと、そういうふうに見れない感じ?」
「いや、そうでもないんだけど……」
「は? じゃあなんで断ったわけ? その言い方だと、何とも思ってないわけじゃないんでしょ?」
「うん、まあ」
バツが悪そうにしどろもどろになって、桐生くんは説明し出した。
「最初はなんか、小さくて、まあちょろちょろしてるのがいるなって思ってただけなんだよね……。それがだんだん、あれ、もしかしてって思うようになって……」
「お、気づいてはいたわけね」
「まあ、わかりやすい感じだったからね。それで、なんか可愛いな、とは思ってたんだけど、その……まだそんな段階でつき合ったりするのはどうなのかなって思って」
「気にはなるけど、まだそこまでじゃない的な?」
「向こうが一生懸命に想ってくれてるの知ってて、同じだけのものが返せないのは申し訳ないなと」
桐生くんの言葉に、私たちは難しい顔になったり驚いたり呆気に取られたり、三者三様の反応になっている。
私は、おととしのことを取りとめもなく思い出していた。
もうすでに、あの頃のことを懐かしく、そして少し微笑ましく思い出せる自分がいる。
「私とつきあうことになったとき、先輩は前に好きだった人のことまだ引きずってたよ」
「え、そうなの? それって軽くクズじゃない?」
多分私を溺愛する先輩しか知らない数馬くんは、嫌悪感を露わにして眉を顰めた。
いや、数馬くん、兄のことをクズって……。
「好きな人いたのに乙葉とつきあったの? 俺ちょっと、兄貴にがっかりするわ」
「そうだよな、そんな話あったよな。俺が乙葉ちゃんに教えたんだった」
「そうそう。でもね、始まりはそんなだったしそれで傷ついたりもしたけど、結局先輩はちゃんと私のこと好きになってくれたから」
今の椎名さんに対する桐生くんの気持ちとは比べ物にならないくらい、あのときの先輩は軽い気持ちで私とつきあい始めたのだろうと思う。
そこに誠実さがあったかといえば、かなり疑問ではある。
でもあの頃の私は、もしも別の人のことが好きだったとしても私を選んでくれたことが素直にうれしかったし、そんな先輩の気持ちを信じたいと思った。
そして、信じたからこその今がある。
それは確かだ。
「でも、もしも可能性があるなら、私はその1年生にチャンスをあげてほしいなあ」
ぽとりとつぶやくような瑠々の言葉は、きっと椎名さんに自分自身を重ねているからだろう。
知らず知らずのうちに、同じように片想いしている椎名さんに肩入れして、応援しちゃっている。
いつか瑠々の気持ちが、数馬くんに届いたらいいなと思う。
「まあ、忍の選択はその子に対して誠実だったとは思うけど、これからどうするかは忍次第じゃない? 世の中には兄貴みたいに来る者拒まずの人だっているんだろうし」
「試しにつきあってみたらかわいくなっちゃって、メロメロになるかもよ」
あ、それ先輩だ、と私は人知れず心の中で笑った。




