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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
3年生

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36 言われてない

 それから私は、3年生の教室の並びにある「進路指導室」にちょくちょく行っては東京の大学を片っ端から調べている。

ひとくちに「東京の大学」と言ったって数えきれないほどあるわけで、一応国公立大に絞って探してはいるわけだけど。


 ちなみに、先輩にこのことを言ったら「なるほどな」と感心したあと、


「じゃあさ、女子大にすれば?」

「なんで?」

「余計な虫がつかなくて済む」


 などと独占欲を丸出しにしていた。


 そんな話をしていると、先輩との未来がいよいよ現実的に近づいているんだなあなんて思ってニヤニヤしてしまって、結局大学探しは難航している。



「んで、数馬くんのバイトの方はどうなの?」


 今日は久々に、先輩の家、というか数馬くんに会いに来ていた。

 といっても久々なのは私だけで、桐生くんと瑠々は相変わらずしょっちゅう来ているらしい。

 そのうち「数馬くん大好きクラブ」でも結成しそう。


「まあ、何とかね。教えてくれる人がいい人でさ」



 数馬くんは、この春からスーパーの野菜売り場でいよいよバイトを始めた。


 少しずつ外出するようになってきたとはいえ、いきなりたくさんの人とかかわるのはやっぱり抵抗がある。

 かといって、人とかかわらずに済むバイトというのも実はそんなに多くはない。


 ということで候補に挙がったバイトだったけど、野菜売り場は商品の品出しの仕事が中心で、時間帯によっては直接客とやり取りすることがほとんどないらしい。


 あまり外に出ない生活が続いていたし、いきなり長時間だときついだろうから、今はまだ短時間のバイトではあるけど。

 体力づくりに筋トレなんかも始めて、生活全体が健康的になったとお父さんたちも大喜びなんだそう。


「今はまだ必死でいろんなこと覚えてる感じ? 野菜の名前とかさ。俺、何も知らないんだなってちょっとへこむけど、その教えてくれる人が『焦らないでいい』って言ってくれるから」


 そう言う数馬くんの表情は、以前に比べても力強さとかエネルギー感に溢れている気がする。

 精悍な顔つきになったというか?


 瑠々がどことなくうっとりと惚れ惚れした様子で見つめているのも頷ける。



「でも、乙葉は大学が決まらないんだって?」

「決まらないというかね。別にどこでもいいんだよね。東京だったら」

「どこでもいいって何だよ。ちゃんと考えろ」


 最近の桐生くんは何だかとても偉そうである。

 偉そう、というか、お父さんポジ?


 想定外に弱みを握られてしまった瑠々は、あれ以来桐生くんにあまり強いことを言えなくなってしまった。

 多少毒舌っぽい応酬はするものの、以前に比べるとだいぶ生ぬるい。生ぬるいことは数馬くん以外の全員が気づいている。でもお互いに暗黙の了解で、何も言わない。



「東京に行きたいだけなら、もう大学に行かないで兄貴のところに行ったらいいんじゃない? 結婚するとかさ」

「は!?」

「だって、兄貴はそのつもりだろうし」

「え!?」

「何、その反応。言われてないの?」

「言われてないよ!」


 異常なほど取り乱す私を目の前にして、その場にいた3人はみんながみんな意外そうな顔をした。


「とっくにそういう話になってるんだと思ってた」

「俺も。だから東京、東京って言ってるんだと」

「兄貴は兄貴なりに何かしら考えてるんだろうけどな」


 それぞれが腕を組んだり顎に手をやったりして、考え込むようにブツクサ言っている。


 そりゃ、私だって、今まで全く考えたことがなかったわけじゃない。

 つきあい始めて1年半、そのうちの1年は離ればなれで暮らしてはいるけど、ここまで概ね順調で、むしろ先輩の溺愛ぶりは加速する一方なのである。自分で言うのも照れるけど。


 一瞬、とかちらっと、とかは考えちゃったりするじゃない?


 あと1年がんばって晴れて東京に行けたとして、その先もずっと一緒にいられたとしたら、当然そういう未来もあるんじゃないだろうかという期待が心の中にほんのり浮かんでしまっても不思議じゃないと思う。


 でも一方で、あれだけいろんな話をしていても先輩との会話の中でそういう話題が出たことは今まで一度もなかった。掠ったこともなかった。

 だから現実として考えるのは、放棄してきたわけだ。


「それなら、もうほんとに兄貴と同じ大学の同じ学部に行っちゃうとかは? どこでもよくて、兄貴のとこに行きたいならそれでよくない?」

「うーん、実は、経済とか経営とかはあんまり得意じゃないっていうか、どちらかというと全く興味がないっていうか」


 そう。

 先輩は経済学部なのだ。

 どちらかというと経営の方に興味があってその学部を選んだと以前話していたけれど、そういった方面に全く興味のわかなかった私は別世界の話だなあなどと呑気に構えていた。


「やりたいことがわからなくてもやりたくないことはわりとはっきりしてるんだったら、消去法で探せばいいんじゃない?」


 数馬くんがすかさず絶妙なアドバイスを繰り出す。


 なるほど。


 いい考えかも、と思って瑠々を見たら、ポーッとした顔で目を輝かせながら数馬くんを見つめてる。


 あ、これは確かにすぐバレるわ。


 桐生くんを見たら、やっぱり声を殺して苦笑いしていた。

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