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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
3年生

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35 興味あること

 不本意ながら、「ちゃらんぽらん」の烙印を押されたまま3年生になった。


 奇跡的にまたしても瑠々と同じクラスになれたけど、桐生くんとは離れてしまった。

 でも「実行委員はまた一緒にやろうよ」と言われていて、多分そうなるだろうなとは思っている。


「みなさんは3年生、つまり受験生です」


 今年も担任になった若ちゃんこと若林先生だけでなく、3年生のどの先生も今年の最初の授業の中でそんなことを言うから、正直うんざりしていた。

 大学のことが何も決まってないからこそ、うんざり度が人より高いんだろうなという自覚はあるけど。



 私はあれから、日々の生活の中で「興味のあること」「関心の持てそうなこと」を探そうとはしている。

 ただ、そう簡単に見つかるわけもなく。



「望月さん、ちょっと放課後残ってくれる?」


 そんなこんなで、とうとう担任に呼び出されてしまった。


「この前出してもらった進路希望調査なんだけど」


 担任の若ちゃんはそう言って、1枚のプリントを机の上に置いた。

 志望大学のところは、みんなに宣言した通り「東京の大学」としか書いてない。


 こうなってくると、この状態がいかにやばいかを再認識してしまう。


「志望大学なんだけど、もう少し具体的に書けないかな?」

「いやー、決まってなくて」

「行きたい大学とか、ない?」

「特に決まってなくて」

「そうなの? 何かやりたいこととか、興味あることとかはない?」


 また「興味あること」だ。見つからないから困ってるのに。


 はあ。



「あ、じゃあ先生はなんで先生になろうと思ったんですか?」


 自分に話せることが全くないのをごまかすために、ほんの軽い気持ちで先生に聞いてみた。

 先生は「え? 私?」と戸惑いながらも少し考えるように目を伏せて、


「うち、教員一家なのよ。両親も兄も、兄のお嫁さんも。両親は中学校で兄と義姉は小学校の教員なんだけどね」


 と笑顔で答える。


 淀みなく話す様子に、この人は自分の進路やこれまでの選択に迷いなんか一切ないんだろうなと思った。


 ふん。うらやましい。


「ご両親が先生だったから、自分もっていう感じですか?」

「そうね。2人とも大変そうだったけど、楽しそうだったからね。自分もああいうふうになりたいって思ったりはしたかな。でも、途中で中学校より高校の方が面白そうだなって思って。高校教師を選んだのは、ちょっとは親と違うことをしてみたいっていう一種の反抗というか反発もあったのかもね」


 若ちゃんは30代前半の若手教員で、わりと生徒と一緒になってきゃーきゃー騒いでるようなとこがあるから、親近感もあってみんなに人気がある。

 そんな先生の知られざる一面を垣間見た気がして、ちょっとどう反応したらいいのかわからなくなった。


「望月さん、ご両親は何て言ってるの?」

「うちですか? 特には何も。うちは私の言ったことにはほとんど反対しないので」

「あまりこういう話はしない?」


 私の心の奥の何かを窺うような目だった。


「そう、ですね。特に何も言われてないです」


 私はニッコリと笑った。

 先生の中に浮かんだだろうそこはかとない疑問の芽すら否定するように。


「まあ、まだ時間はあるからね、じっくり考えてみてね。ただ、じっくりと言っても時間は限られてるし、なるべく早く決めるに越したことはないからね」


 そして先生はプリントをしまおうとしてハタと手を止め、何かに気づいたような顔をして頓狂な声を上げた。


「あれ、もしかして『東京の大学』って」

「え?」

「藤野くんがいるからってこと?」


 わお、ストレートにきた!


 思いがけない精神攻撃にびっくりしてよろけそうになりながらも、私は何とか平静さを保ちつつ答えた。


「ああ、そう、ですね」

「あら、否定しないのね。ちゃんと続いてるのね、すごい」


 先生は目を丸くして私を見返す。その顔は案外素直に賞賛してくれているようだった。


「続いてるのはシンプルにすごいことよね。それで東京に行きたい意志が揺らがないのも納得はするけど、ただ行きたいってだけだとまわりは許してくれないんじゃないの?」

「まわり、ですか?」

「ご両親とかさ」

「何も言わないと思いますけど。ほんとに、反対されたことないんです」


 これまで私が言い出したことで、両親に反対されるどころか嫌な顔をされるなんてことは一度もなかった。

 習い事も、中学校の部活も、塾も、高校選択でさえ、両親は私の望み通りにさせてくれた。


 それが愛情なのか無関心なのか、すでに私にはわからないし今更どっちでもいいかなあなんて思ってもいる。


「じゃあもう、東京の大学を片っ端から調べて、行きたい学部とか興味の持てそうな勉強とかを探してみるっていうのはどう?」

「あー、そういう手もありますか」

「うん、まあ。王道のやり方ではないけどね。でも東京に行きたいんでしょ?」

「先生、さっきはそれだけだと『まわりは許してくれない』って言ってませんでした?」

「そうね、『まわり』はね。でも、私個人はその『まわり』に入ってないからね。東京に行きたいってだけでも十分理由になると思うのよね」

「寛大ですね」

「そう?」


 先生はおどけるように言ったけど、もしかしたらこの人の順風満帆に見える人生にもいろんな紆余曲折や葛藤があったのかもしれない、と思わせるような曖昧さの漂う笑顔だった。

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