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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
2年生

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34 大好き

「俺、春からバイトするから」


 一足早い春休みに入った先輩は、すぐさま帰ってきてくれた。


 渡すのが少し遅くなってしまったバレンタインのチョコを受け取ったら、何度も手にとっては見返して、ずっとニマニマしている。


「来年には乙葉も来るし、大学も3年生になるといろいろ忙しくなると思うから、その前に貯めれるものは貯めておこうかと」

「お金貯めて何するの?」

「うーん、乙葉にプレゼントとか? 乙葉と旅行とか? 乙葉と贅沢とか?」

「私のため?」

「乙葉のためは俺のため」

「ふふ」


 うれしくて、抱きついて、つい甘えてしまう。


「大好き」

「うわ、お前、急にこんなとこで」


 慌てる先輩にはお構いなしで私は先輩の背中に腕を回し、自分の頭を先輩の胸にぐりぐりと押しつける。


 最近気づいたことだけど、先輩は自分が甘い言葉をささやいたり過剰なスキンシップをしたりするのは全然平気なくせに、私からされるとすごく照れる。


 そして逃げる。


「や、やめろ、ちょっと待て」

「なんで?」

「なんでって、せっかく人が我慢を」

「我慢?」

「何でもない!」


 自分の背中に巻きついていた私の両腕を掴んで、少し距離を取ろうとする。

 わざと不満げに頬を膨らませると、先輩はしょうがないなとでも言うようにふっと笑った。


「お前なあ」

「なになに?」

「待てなくなるだろ」


 不意に抱き寄せられて、耳元で言われて、固まってしまって、結局はまた私が先輩に翻弄されてしまう。


 あと1年。

 あと1年がんばれば。


「来年は乙葉も3年生だしな。どこの大学にするか決めたのか?」

「東京の大学ってことしか決めてない」

「は? やりたいこととか、勉強したいこととかないのかよ」

「うーん。特に?」

「おい」


 やりたいことって言われても。

 進路希望調査とかで、どこの大学がいいとか何の勉強がしたいとか聞かれても、いまいちピンと来ない私。

 場所だけは確定なんだけど、現状としては全くもって志望校を絞れていない。というか一つも候補がない。


「俺と同じ大学にしてもいいとは思うけど、自分のことなんだからちゃんと考えた方がいいと思うよ。将来何がしたいかとか、大学で何の勉強がしたいかとか」

「先輩が珍しく真面目」

「茶化すな」


 ちょっと諭すような、あやすような、甘い声が私を包んだ。





「私はもう決めたよ」


 次の日、ほんの軽い気持ちで瑠々にも聞いてみたら、意外なほどあっさりとはっきりした答えが返ってきた。


「何するの?」

「心理学の勉強したいの」

「心理学?」


 予測不能の答えが返ってきて、思わず目を見開いたまま凝視してしまう。


「数馬くんにね、友だちとしてどうしてあげたらいいのかなあって考えてたときに、ふと心の中のことがわかったらいいのにって思ったわけ」

「うん」

「人の心について勉強したら、数馬くんのことももっとわかるかもしれないなって。学校に行けなくなるとか私には想像もつかないし、どんな気持ちでどんなふうに思って、そのときどうしてあげたらよかったんだろう、とか考え出したら止まらなくなっちゃって。だったら、勉強してみたいと思ったのがきっかけかな」


 数馬くんへの純粋で真っ直ぐすぎる気持ちが眩しい。

 そしてそれを、自分の将来につなげてしまう瑠々の潔さに思わずじーんとして、そして素直に格好いいと思った。



 ついでに桐生くんにも聞いてみたら、


「俺は先生かな」


 こっちもちゃんと考えてた。意外。


「うち、父親が教師なんだよ。だからって訳じゃないけど、やっぱり見ててやりがいがありそうだなって思ってさ。あと中学のときの部活の顧問がいい先生だったんだよ。数馬が学校に来れなくなったときも、多分いちばん心配して、親身になってたの部活の顧問だったし」


 え、ちょっと、みんなちゃんと考えてる。

 びっくり。


「いや、考えてないあんたにびっくりよ」


 瑠々は完全に呆れ顔になっていた。


「進路希望とか今までさんざん聞かれてきたじゃないの。なんて書いて出してたの?」

「東京の大学。以上」

「以上、じゃないよ。何だよそれ」


 桐生くんのツッコミもいつも以上に手厳しい。そして慈悲がない。


「数馬だって、今後のためにもバイトしてみようかなとか言い出したんだぞ。乙葉ちゃんももうちょっと考えないと」

「やりたいこととか、ほんとにないの?」

「まあ、強いて言えば先輩と一緒にいることかな? あと先輩のサポート? 先輩のお役に立てれば何でもいいかな」

「それ、大学関係ある?」

「もう嫁に行け」


 2人はそろって大きなため息をついた。





「という感じでした」


 その日会えなかった代わりにと電話をくれた先輩に、「進路希望調査(自分調べ)」について報告したら、「だろ?」というどうにも面白くない返事が返ってきた。


 ちなみに、最後のくだりは話してない。

 さすがに、桐生くんに「嫁に行け」と言われたことは恥ずかしくて言えなかった。


「やりたいことって、ないとダメなの? 大学行ってから探すのは?」

「まあ、ダメってことはないだろうけどな。せめて興味があることとかもないのか?」


 興味。

 興味ねえ。


「今んとこ、興味があるのは先輩のことだけかな」


 スマホの奥から何やらうめき声が聞こえた。



 そうして、波乱(?)の3年生を迎える。

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