33 漢前
冬休みが終わって始業式の日、めんどくさそうな様子で登校してきた瑠々を見つけると、わざと能面のような顔をして捕まえた。
「おはよう。私になんか言うことない?」
「は? 何よ急に。てか何その顔。怖い」
「いやー、だって瑠々さー、私に何か言いたいことあるんじゃないかと思ってー」
今度はわざとらしく語尾を伸ばして言うと、瑠々は思い当たる節があったようで微妙にそわそわし出した。
「え、な、何よ。ないよ、何も」
逃げ場をなくした瑠々は、警戒した目つきでなおもしらばっくれようとする。
「そう? そういえば、お正月に先輩の家に行ったとき、先輩のお父さんが『瑠々ちゃんと忍くんは仲いいけどそういう仲なのかな』って言ってたんだけど」
「は? んなわけないじゃん、なんで桐生なのよ。え、勘違いされてんの? ちょっとやだ、あんたそれで何て答えたの?」
「違うと思いますって言っておいたけど」
「そっか、よかったー。え、待って、その話って数馬くん聞いてた?」
私の言うことに一喜一憂し、焦って饒舌になっている瑠々を見ながらニヤニヤしてしまうのを我慢できない。
自分の質問に答えず黙ってニヤついている私に気づいた瑠々は、慌てて口を開いたり閉じたりしたあと、結局は諦めたような顔をした。
「ごめん。すぐに言わなくて」
「いいけどさ。私もどっちなんだろうって、ほんとはわかんなくて」
「え、何が?」
「だって、桐生くんの可能性もあるかなーとは思ってて。だから私に言わないのかなって」
「違うから。ほんと、それだけは、全力で否定するから」
「目が怖いよ」
「単純に、恥ずかしかっただけ。先輩の弟だし。あと、ちゃんと気づいたのも、冬休みに入ってからだし……」
ほんのりと頬を染める瑠々を見て、恋する女の子というのはこんなにもいじらしく、可愛らしい存在なのだなあとしみじみ思った。
それから、瑠々は「冬休みが終わったらちゃんと言おうと思ってた」と言って、これまでのことを教えてくれた。
はじめは本当に暇だったから、面白そうだったから、桐生くんにくっついて数馬くんに会いに行っていたそうだ。
桐生くんとの毒舌の応酬を楽しそうに見ている数馬くんに気づき、それとなく優しい気遣いを見せる数馬くんに気づき、途中からは数馬くんに会いたくて遊びに行っている自分に気づいたらしい。
3人で初詣に行こうと誘ったのは瑠々だったそうだ。
桐生くんは、外に出たがらない数馬くんのことを知っていたから言い出せなかった、とあとで言っていたらしい。
「初詣は楽しかった?」
「うん、ちょっと緊張したけどね。考えてみたら3人でどっかに行くなんて初めてだったし、そもそも数馬くんは人がたくさんいるところなんて苦手じゃない? 自分で誘っておいて大変なことになったらどうしようって思ってたんだけど、3人で神社まで歩いていくうちに、いつの間にか大丈夫になってた。数馬くんも『久々に人がたくさんいる場所に行ってみて楽しかった』って言ってくれたし」
得意満面な様子の瑠々は、「でもさ」と続ける。
「数馬くんが『人に会いたくない』って思って学校に行かなくなったんだとしたら、私が告白なんかしたら困るだろうなって思うんだよね。友だちってものにまだ不信感みたいなものがあるとしたら、『好きです』とか言われたところでどうしていいかわかんなくない?」
「瑠々だったら、『私が数馬くんの人嫌いを治してあげる!』ってなるのかと思ったけど」
「それは私も一瞬考えたんだけどさ。でも数馬くんを見てると、そういうの厚かましいっていうか、そんな簡単じゃない気がするんだよね。数馬くんは人が嫌いなわけじゃないと思うし。だから、今はまず友だちとして仲良くなれたらそれでいいっていうか、むしろ友だちとして仲良くなるところから始めたいと思って」
「告白しないってこと?」
「今はね。今は数馬くんのいちばん近くにいる友だちの一人でいたいの。その方が数馬くんも気が楽だろうし」
自分の気持ちより、あくまでも数馬くんのことをいちばんに考えようとする瑠々の瞳は冬の朝日を纏ってキラキラと輝いていた。
たくさんの出会いが人と人との関係を少しずつ変え、傷ついたものを癒し、失ったものを補って、また次の何かを変えていく。
そういう循環の中に、私たちは生きている。
「あ、でも、もしかしたら桐生くんは気づいてるんじゃないの?」
「うーん、それはないと思うよ。あいつ、私にはほんと遠慮がないんだよね。もう少し女子として扱ってくれたら、数馬くんにそれとなくアピールすることもできるんだろうけど」
「気づいてないわけないだろ」
したり顔の桐生くんが、いつからいたのか堂々と立っていた。
この人なんでいつもこういう登場の仕方なの?
またしても盗み聞きからの乱入のわりに悪びれる様子もなく、桐生くんはさも当たり前のことを言うように、
「俺が気づかないわけないじゃん。お前、気づいてないみたいだから言ってやるけど、数馬の前ではめっちゃ乙女だからな」
「は? そんなわけ」
「適当でガサツなふうに見せて、数馬の言うことですぐ顔赤くしたり恥ずかしそうにしたりするだろ。わかりやすいんだよ。気づいてないのはお前と数馬だけ」
「え」
「知らんふりしてる俺に感謝しろよ。お前はお前のタイミングで、事を運べ」
「は、はい」
偉そうに言って偉そうに去っていく桐生くんの背中を見ながら、私は心の中で「よっ!漢前!」と拍手せずにはいられなかった。




