30 初詣は一緒に
それからまた、私の日常が戻ってきた。
時々文化祭実行委員の仕事があったけど、桐生くんは私と適切な距離を保つようになった。「先輩に勝てないってわかったから。今はね」と微妙に不穏なことを言ってはいたけど。
変わったことといえば、私たちはあれから、数馬くんに会いに行くことが増えた。
特に、桐生くんと瑠々はしょっちゅう行っているらしい。
そうして、夏休みには先輩が帰ってきてまた一緒に過ごし、秋が来て文化祭も無事に終わり、あっという間に冬の足音が近づいていた。
年末に帰ってくることになっていた先輩といつものように通話していると、「初詣は一緒に行こう」と言われて思わず有頂天になったのも束の間、
「冬休み、俺ん家に来たとき親に会ってみない?」
思ってもみない言葉が急に聞こえてきて、自然に思考が停止してしまう。
驚いて次の句を告げずにいると、急に無言になったことに焦った先輩が慌てたようにちょっと必死な様子で説明してくれた。
「あ、そんな、深い意味はなくて。いや、なくはないけど、そんな改まったものじゃなくてさ。正月で親も家にいるし、乙葉と顔合わせることもあるだろうから、いい機会だし紹介しておこうかなと」
なんだ、そういうことか。
ちょっと、びっくりした。
「わかった」
「……嫌か?」
でも思いのほか硬い声になってしまったことは否めないし、当然そんな私のことなんか先輩はお見通しなわけで。
「嫌なわけじゃないけど。でも緊張はするよ。先輩の両親に会うってさ」
「まあ、でもうちの親、能天気だからあんまり気負わなくて大丈夫だよ。会ってみたいって前々からうるさかったし、乙葉が数馬とも知り合いになっちゃったからますます会いたいってうるせえんだよ」
そうなの?
世の中の男の子を持つお母さんたちというのは、そういうものですか?
「向こうも乙葉には悪い印象持ってないから大丈夫。むしろ俺と数馬の話聞いて、だいぶ期待してるっぽい」
そ、それは逆に……
ハードルが上がりすぎでは?
そうして年末には先輩が帰ってきて、夏には会えなかった昂ちゃんも帰ってきた。
卒業以来ずっと会えなかった雅さんにも久々に会えたけど、女子大生になった雅さんは今世紀最強の才媛になっていた。
「乙葉ちゃーん、会いたかったよー」
とは言え、曇りのない華やかな笑顔で私に抱きつく様子は去年までと一切変わらず、時間が経っても溺愛されていることを実感する。
「雅さん、元気だった? 大学はどう?」
「うーん、まだ1年だから今のところはちょっと余裕あるんだけど。来年からはそうはいかないみたいね。でも昂生もいてくれるし、楽しいわよ」
「俺の方が雅に頼りっぱなしだよ」
この美男美女カップルは同じ大学・同じ学部に行って、そのチートぶりを遺憾なく発揮しているらしい。
しかもここまで完璧な組み合わせだと、ほかの人がつけ入る隙など全くないんだろうなと思う。
その証拠に、なんか去年より2人の距離が近い気がするわけで。
気のせい?
いや、何があったとかは聞かないでおこう。
お正月、先輩と初詣に行った帰りに先輩の家に寄ることになった。
いよいよ、である。
「やっぱり緊張するんだけど」
「大丈夫だよ。むしろ乙葉の方がうちの親を見てなんて思うか心配」
「なんで?」
「乙葉が来るからって朝から大騒ぎだった。父親と母親とでどっちから話しかけるかジャンケンしそうになってた」
ちょっと、想像の斜め上を行く無邪気なご両親のようだ。
家に着くと、待ち構えるように玄関にスタンバっていたらしく、いちばんに出迎えてくれたのはお母さんだった。
「あー、やっと来てくれたのね、乙葉ちゃん! 会いたかったわー! さ、入って入って」
だいぶテンション高めである。
高めではあるけど、嫌な気はしない。
天真爛漫、という言葉がぴったりという気がした。
「伊織からも聞いてはいたんだけどね。でもこの子、数馬には写真見せても私には見せくれないし、詳しいことも何にも教えてくれないし、そうなるともう気になって気になって仕方ないじゃない? でもそのまま東京に行っちゃうし、そうこうしてたらスマホなくしたとか大騒ぎになって、いつの間にか数馬も乙葉ちゃんと仲良くなってるじゃないの。そんなのずるいわよ、私だって仲良くなりたいのに」
マシンガンすぎた。
息つく暇もない言葉の乱射にたじろぐ私を横目で見ながら、お母さんはなおも言い募る。
「乙葉ちゃんのおかげで忍くんもうちに来てくれるようになったでしょ? あと、瑠々ちゃんだっけ? かわいい名前の子よね。名前だけじゃなくてすごくかわいいわよね、瑠々ちゃん。忍くんと一緒に来て、数馬の相手してくれてね。数馬って、中学の途中で不登校になっちゃったの。聞いてるでしょ? それ以来家族以外の人間と会うのすごく嫌がって、外に出ることもあんまりなくなっちゃったのよ。高校も通信制だしなおさらね。だから家族以外の人が来てくれるのすごくありがたいのよ。しかも嫌がってないじゃない? 忍くんたちが来てくれるの楽しみにしてるから親としてはもう」
「その辺でやめてくんない?」
どこからか、やれやれと言わんばかりの困り顔をした数馬くんが現れて、手加減抜きでお母さんの勢いを一刀両断した。
「俺の話してる場合じゃないでしょ」
「いいじゃないの。もう帰ってきたの? 初詣は?」
「行ってきたよ」
「聞いた? ね、乙葉ちゃん聞いた? この子が初詣なんて何年ぶりかしら? 忍くんたちが誘ってくれたんですって。忍くんと瑠々ちゃん。3人で行ったのよね? さっき2人で迎えに来てくれたのよ。あら、帰りにも寄ってねって言ったのに来なかったの? 帰っちゃった?」
数馬くんが出てきてもお母さんの勢いが全く衰えないことに驚いたけど、3人で初詣に行っていたことにも驚いた。
いつの間にそんなに仲良くなってたんだろ。
しかも瑠々、私には何も言ってなかったんだけど。
「帰ったよ。瑠々ちゃんはこのあと家族で用事があるって。忍は乙葉が来るから邪魔しないってさ」
親友であるはずの私より、数馬くんの方がよほど瑠々の事情に詳しかった。




