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溺愛のススメ  作者: 桜 祈理
2年生

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28 ただじゃ済まない

「それにしても、桐生くんに今回のこと話すくらい仲良くなってたのか?」


 私を腕の中に閉じ込め直した先輩は、思い出したようにだいぶ面白くなさそうな顔をした。


「うーん、仲良くしてたのはほんとにここ最近なんだけど。そもそもは私と瑠々が話してるとこを桐生くんが勝手に聞いてて」


 全ての発端であるあの月曜日、私と瑠々が衝撃の事態に混乱してひそひそと話し合っていたのに、桐生くんは「話が聞こえた」とか言っていきなり会話に入ってきたのだ。


 なんでだっけ。

 あ、遠距離なんて無理だって言って。


「それで、そんなの浮気だって言い張って、私たちの仲が壊れたら俺にもチャンスがとか言い出したんだった」

「は?」

「え?」



 あ。



 しまった。これは言ってなかった。

 しかも完全に、すっかり忘れてた。


「どういうことだ?」


 棘やら毒やらいろんなものを含んだ先輩の冷たい声に、否応なく詰め寄られる。


 気まずさにしどろもどろになって一度は視線を逸らしてみたけど、私を咎めるような鋭い目つきから逃げられるわけもなく。


 先輩がいろんなことを包み隠さず言葉を尽くして私に説明してくれるのなら、私だってそうすべきなのだ。そうしないとフェアじゃないし、何よりも私がそうしたい。


 観念した私は深く息を吐き、今日までに起こったことを全て話した。


「やっぱり俺の言った通りじゃねえか」


 話を聞いた先輩の目に、仄暗い怒りが芽吹く。


「しかも去年から気になってただと? もうほんとに全部俺の言った通りだっただろ」

「ははは」

「はははじゃねえ。だから嫌な予感がしたんだよ。俺がいなくなったら絶対お前にちょっかい出すやつが出てくるって。もうほんと忍のやつ、とんだ伏兵だったわ。油断も隙もねえ」


 先輩がどんどん怒りのボルテージを上げて荒れていく。

 語気を強め、非難や憎悪を露わにして、噛みつくように言い募る。


「でもほら、私もちゃんとすぐ断ったし。今回のことも浮気じゃないってわかったから、多分諦めてくれると……」

「それだけじゃ足りない」


 先輩は、無表情できっぱりと言い放った。


 な、なんか、非常にヤバい気がする。


「俺の乙葉にちょっかい出すことの意味をきっちりとわからせてやる」

「それは、どういう……?」

「ただじゃ済まないってことだよ。これから来るんだろ? 忍。しっかり落とし前つけてやるよ」


 先輩がとてつもなく悪い顔をして笑った瞬間、絶妙のタイミングで俄かに階下が騒がしくなった。


「お、来たんじゃね?」


 私は密かに、桐生くんの無事を祈るべく心の中で手を合わせた。





 階段を降りてリビングを覗くと思った通り桐生くんが来ていて、私たちに気づくと驚くと同時にぱっと顔を輝かせた。


「おう、忍」


 去年の文化祭実行委員で顔を合わせたときにはそんな呼び方したことないくせに、先輩はやけに親しげに、だけど有無を言わさない様子で座ってる桐生くんを見下ろした。


「あ、藤野先輩。さっきはどうも」


 返事をしながら、桐生くんは何となく不穏な空気を感じ取ったらしく、ちょっと狼狽えた。


 でも、どうやら何かを察したらしい。


「なんすか?」


 表情を変えずにすんなり臨戦態勢に入るのを見定めて、先輩が一瞬ニヤッと笑ったと思ったらまた無表情に戻って言った。


「お前、乙葉に告白したんだってな」

「えーっ? マジで?」


 すかさず驚愕の声を上げたのは数馬くんだった。


 あ、そっか。

 数馬くんには何も言ってなかったんだっけ。


「そうですけど。何か?」


 怖い顔の先輩にも、びっくりして椅子から落ちそうになってた数馬くんにも怯まない桐生くん、ある意味すごい。


「俺、ほんとは去年から乙葉ちゃんのことが気になってたんです。先輩が卒業したから、チャンスだと思って」

「でも速攻で振られたんだろ」

「そんなのはこれからいくらでも覆せますよ。俺の方が乙葉ちゃんの近くにいるし、実行委員の仕事もある。一緒にいる時間が長い方が有利でしょ」

「え、でも、浮気じゃないってわかったら諦めるって……」


 私は思わず口を挟んだ。


 桐生くんが「決着がつくまでは好きでいる」と言ったのは、浮気じゃないとわかれば諦める、って意味じゃなかったの?


「そんなことは言ってないよ。『決着つくまでは好きでいる』っていうのは、別に浮気かどうかってこととは関係なくて」

「え? じゃあ『決着』って、何?」

「まあ、自分の中では乙葉ちゃんと先輩の間にほんとにつけ入る隙がないんだなって実感したらって意味だったんだけど。それまでは好きでいるってことで」


 桐生くんは、多分最初から確信的だったんだろう。動揺する私を尻目に、余裕の表情で笑みを浮かべている。


 予想外の展開に、私はおろおろしてしまう。



「そうだよな」


 それでも、先輩は余裕綽々といった雰囲気を崩さなかった。


「そばにいられる時間が長い方が有利だ。それは認める。でも、それだけだよ」


 意外に穏やかな顔つきで淡々と話してはいるけど、先輩の声には静かな怒りと苛立ちが沈んでいた。


「は? どんなに好きでも、そばにいられなかったら気持ちだって離れていくと思いますけど?」


 桐生くんも言葉遣いは丁寧ながら、荒っぽい感情がむき出しになっている。


「離れてても気持ちは変わらないなんてあり得ない。理想論ですよ。会えなくて、寂しくて、近くにいる人につい気持ちが向いてしまうなんてこと、よくあるでしょ?」


 桐生くんは、もはや挑発的ともいえる態度で自分の主張に圧倒的な自信をうかがわせた。

 まるで「とどめを刺した」と言わんばかりのドヤ顔さえしている。


 でもその瞬間、先輩がけろりとした様子で不敵に笑ったのを私は見逃さなかった。

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